Chapter - 2 セージ・ナイト

エリアⅢ,人魚 /1

 俺はエリアⅢのヴィッツェへと来ていた。 


 ここはアマゾンかと思うほどに木が生えていて、とても蒸し暑い。

 大きな泉がそこらじゅうにあったが、魚はいなかったな。

 それに、ジリジリと照る日差しのせいで、肌が焼けそうである。

 

 ティアナと一緒に来たのだが、彼女は近くの木陰で休憩中だ。

 翼をもった白い馬は、モシャモシャと草を食べていたな。

 結局、馬の名前はペガサスらしい。


 ……そして、とてもマーメイド人魚とは言い難い存在が目の前にある。

 そのおっさんは半透明の泉に浸り、しかめ面になり言った。


「おい若造、さっきからワシの話を聞いておるのか? エルリエ様から頼まれていなければ、このような弦と矢は工作しておらんのじゃぞ?

 それに若造、さっきから視線をそらしておるようじゃが、人の話を聞くときは目を見んかい!」


「はい、申し訳ありません」


 人魚と聞いていたから、可愛い女性をイメージしていたが、全然違う。

 髪の毛はないし、ヒゲは生えているし、土方どかたの人みたいにイカつい。

 上半身は筋肉ムキムキでゴツいし、下半身はマグロみたいなデザイン。

 どうやって泳いでいるのか不思議である。


「でじゃ。その弦は土魔法の原理を利用し、強度と柔軟性を重視した素材で工作しておる。職人であるこのワシが作った、世界でただ一つの弦じゃ。ありがたく思うように。

 それと、若造が背負っておる筒の中に入っておる矢も同じく、土魔法を原理にした特注品じゃ。

 矢の強度もそこらの石みたく硬い、なぜならこのワシが工作したからじゃ。どうじゃ若造?」


「はい、めっちゃ感謝してます!」


 この気持ちに嘘はない。

 弓に弦を張った感じもすごくいいし、強度も申し分ない。

 矢羽やばねも白くて綺麗だ、職人の腕は超一流だと思う。

 早く試し射ちしたいところだが、話がめちゃ長い。


「矢が十本ほど入っておるが、ワシが工作したその筒にも土魔法を仕込んである。これは使用者の声を認識し、お主の声ひとつで矢がこの筒の中へと戻る仕組みじゃ。正直いって職人であるワシだからこそ成しえた仕事よ、凄いじゃろ!!」


「はい、めっちゃ感動してます!」


「ワッハッハ。そうじゃろう、そうじゃろう!」


 人魚のおっさんは腕を組み、空を見ながら笑う。

 泉に浸かっている、マグロっぽい半身がクネクネと動いた。

 生きがいいと例えたいが……正直不気味だった。


「でしゃ、何か質問はあるか?」


「いえ、ないです」


「若造、なんでもいいから質問くらいせぬか!」


 いきなりしかめ面になった、怖い。

 質問することなんて何もないのだが。

 

「そうじゃな、なら逆に質問してやろう。お主はワシら守護者についてどう認識しておるのか、答えてみよ」


「え……そうですね、エリアを守っている。とかですか?」


「バッカもぉぉぉん!!」


 怒号と共におっさんの唾が散ってきた、勘弁してほしいものである。


「よいか、ワシらが守っておるのはミシェルじゃ。ミシェルには意味もなく背の高い塔があるじゃろ、そこに秘めた宝を守っておるのじゃ」


 秘めた宝?

 映画だと、そこには何かを封印しているパターンだな。

 その言葉に、俺はおっさんの目をしっかりと視た。


「ほう、良い目じゃ。興味があるようじゃの。ここだけの秘密じゃ、誰にも言ってはならんぞ、絶対秘密じゃ、よいな?」


「え……いや、でも──」


 俺はティアナがいる木陰に顔を向けた。

 ……彼女は伏せているペガサスの背にもたれかかり、首を傾けている。

 最近気が付いたのだが、ティアナは長い時間その場でじっとしていると、何回かほわぁ、と欠伸をする。

 そして最終的に寝るのである。


 でも不思議なことに、俺が移動しようとするとすぐ起きる。

 そして何事もなかったかのような態度で俺を怒ってくる。

 理不尽だが、そんなティアナも結構癒しだったりする。

 視線を戻した。


「それはじゃ……その塔に封印された、恐怖の大魔王が蘇るという伝説がある。また、ある言い伝えでは、新たな世界が誕生すると言われておる」


「そ……そうなんですね」       


 はっきり言って意味ワカランかった。

 ……なんだよ恐怖の大魔王って。

 あの王女はともかく、このおっさんはその話をどこで聞いたんだよ。


 そもそも、俺がエリアⅡで出会った守護者はドラゴンだぞ?

 このおっさんは言葉を喋る、それだけでも不思議なのに、なんで都市伝説みたいな話を俺にするんだよ。

 絶対内緒じゃ、とか言う奴に限って、あることないことを言うからな。

 そこで、俺は素朴な質問を問うてみた。


「その、守護者ってどうやってなるんですか?」


「なんじゃ、若造は守護者を目指しておるのか? それは無理じゃぞ」


「いえ、目指しているわけではないんです。その、気になったんですよ。俺がエリアⅡで出会った守護者は氷の鳥みたいなドラゴンで、エリアⅢではマーメイドさんじゃないですか。

 マーメイドさんは言葉が喋れるのに、氷の鳥は喋れなかったので、守護者によって違いがあるのかなって、ふと疑問に思ったんですよ」


「マーメイドさん? 何を言うておる。それは守護者を名乗る場合のネーム。ワシの実名はメイゾウじゃ。もう消滅してしもうたが、グラシアレスの守護者はコオレン。氷の鳥とは竜の姿であったことを言っておるんじゃろうが、ワシと同じように言葉を喋る。

 ワシも変身すれば違う姿になるわい。それに、ワシらは監視塔のような存在。リベルツィオーネ革命軍とドンパチする時にしか変身せぬわ」


「───え?」


 いや、だって……あの時。

 ティアナに連れられ、王女と初めて会ったあの王座の間で、俺の話を理解してくれてたんじゃないのか?


───ティアナが《……なんだと》、と言ったのは、

   俺がロジック論理詠唱陣を使えることに対してじゃないのか?


 俺は、何か勘違いしていたのだろうか?  

 もし、そうだとしたら。なんで俺は追いかけられていたんだ?


「メイゾウさん、教えてくだ──」


「──若造、逃げる準備をせい」


 一瞬で場が静まり返った。

 金属が擦れるような音が鳴り、首筋をなぞる嫌な風が吹く。


───ちゃぽん、と。半透明の波紋が立つ。


 目の前のイカつい男の表情が、真剣なものとなった───


 * * *


───風宮門十郎は、目を見開いた。


 メイゾウが身体を霧状に変え、変異するその姿に。

 金属質の鱗、太く長い蛇のような胴。ギラつく無数の牙。

 みなはこう呼ぶ、ヴィッツェの守護者〝マーメイド〟


───エリアスリィ、ヴィッツェ。

 

 エメラルドグリーンの木々が生い茂る、大森林。

 大小と入り乱れた、様々な大きさの泉。

 空から見下ろせば、まだら模様である。


 マーメイドは木々より高く伸びた首をうねらせ、琥珀色の瞳孔で風宮を見つめた。

 呆然とする彼に、覇気のある声で言った。


「若造よ、ミシェルへ逃げろ。ドンパチを心得ぬお主では正直足手まといでしかない。良いか、ここはワシとティアナでリベルツィオーネ革命軍にかちこむ。相手は3人いる幹部の中で最強と呼ばれる女。

 今まで呆けておったようだが、ついに動き出した。グラシアレスの守護者がやられたと聞きまさかと思ったが、やはり若造がキーであることは間違いない。もう一度言う、あの馬に乗り逃げろ」


「い、いや……俺も戦います!!」


「ワッハッハ! その心意気は気に入った。だが若造よ、お主は何の迷いもなく人を殺める事が出来るのか? いやできまい、その優しさの溢れた瞳では無理であろうて。

 良いか、その弦と矢は、お主がこの世界で生きる力となる。その使い方、〝心〟を習得することを第一と考えよ。そして戦う心意気があるのであれば、エルリエ様を守れ。

 塔に眠るあの宝を解放させてはならん、──ゆくぞぉ、セージ・ナイトよぉ!!」


 風宮は心を見抜かれたことに対し、押し黙った。

 何も言えなかった彼を突き放すように、守護者は咆哮した。


〝おぉぉーーーーーーーーーん〟

 

 爆音と共に泉の底へ没したマーメイド。

 ──ペガサスは地を蹴り、風宮のもとへと駆けた。


 風宮は速くなる脈拍を感じながら、交差する戸惑いと葛藤する。

 いたたまれなくなった青年は、水色の髪を背に垂らす彼女に伝えた。


「ティアナ!!」


 ティアナ・ローレインは風宮に背を向けたまま、静かに笑った。


「モンジュウロウ、今日の晩御飯は私が貴方の分まで食べます、残しておくように、いいですね」

 

 ──風宮の瞳は潤んだ。

   ぼやけた視界で、その背を見つめて。


 もう一度会えるのだろうかと、もう一度怒ってくれるのだろうかと。

 彼にとって、彼女の背中がいつもより小さく視えた瞬間だった。

 まるで儚い夢を追い求めるように、風宮はギュッと和弓を握りしめた。


 ティアナは抜いた二本の短剣を構えた。 

 ヴォん──と低い音が鳴り、緑色の魔法陣が出現。

 詠唱する──「Beschleunigung加速


 ティアナを地を蹴り込み前進──大気を切る。

 その目標───ミルフィのもとへ。


 *


「ティアナを……まって……ましたの……」


 ミルフィは、わずかに口元を釣り上げた。

 瞬きすらしないその瞳の先は、虫の羽音すら聞こえぬ無音の森。


 青葉が、ひらりと落下した。


 ◇

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