エリアⅢ,騎士 /3

 木々は霧をまとう、地はモスグリーン。

 灰色の朧雲おぼろぐもが、刹那にうごめいている。


 ──這いずる音は1つ。

   蹴り進む音は2つ。


 ティアナは両手を交差させ、忍者くノ一のように短剣を構えた。

 ヴぉん──緑色の魔法陣が出現。

 詠唱した──「Schwert剣は wind kegelデルタ


 鋭敏なナイフが舞うような旋風、雲は円錐を描き、粉は散る。

 金属質の鱗は虎模様のように裂け、同時にミルフィのローブが裂ける。


───ヴィッツェの守護者、マーメイドは覇気ある声で叫んだ。

 

「ワッハッハ! 素直な小娘よのう。あの若造にケツを叩かれたか。だが良い、良いのだ。それでこそ賢者の騎士セージ・ナイトよ。もうワシはもたん。

 ならば───あのミルフィを滅するためのにえとなろう───奴をワシの左側面に誘導する」


「承知した」


 ティアナは風宮の策を理解していた。

 ミルフィを捉えれないからこそ、粉で視界を封じたのだと。

 速度で負けているからこそ、二対一で戦えということを。


───それは、守護者のマーメイドと共に戦うため。


 舞う灰色の粉は、ミルフィが駆ける軌跡を残す。

 マーメイドの体は太く、長く、そして紅い。

 鞭のようにうなる胴は、軌跡を頼りに樹木ごと薙ぎ払う。


 木々が折れ、轟音が鳴る。

 粉塵が舞い、徐々に濃度が薄まっていく。

 ……だが。

 ティアナの耳が、ピクりと動いた。

 ──鉄の階段を駆け上がるような音がなり、守護者の鱗を蹴り進む。

 空へと翔んだティアナは、両腕を交差させた。


Schwert剣は bogen弧を zeichnen描く


 ティアナはミルフィの首を叩き落とすため、短剣を振り抜く。

 矛と短剣が接触し──乾いた金属の音が響く。

 ──交わる気流は粉塵をかき分け、くり抜いたように視界が広がる。


───片手を胸にあて、ミルフィは咳き込んだ。

   

「かわり……ましたの……?」


「いいえ、これが私です」


 ティアナの動きは最短距離をう、ミルフィにまとわりつくように距離を詰め、短剣を振るう、捨て身の剣技に変化した。

 ミルフィは短剣を弾き、槍の筋は多角形を描いた。

 

「ほんとうに……ティアナですの……?」


「ええそうです、貴方の教え子です!!」


───ミルフィは、瞬きをした。

 

 ミルフィの視界がぐらりと霞む。

 異物が混入した違和感から、痛覚へと変わった。──激痛。 

 付着した粉の性質を、彼女は理解してなかったからである。


 ──セメントは水と反応するこで、熱を発し、硬化する性質を持つ。

   それは、眼の水分でも同じことである。


───ミルフィは悟った。


 ティアナがさっきまで、片目を閉じていた理由を。

 捨て身のように至近距離で短剣を振るう理由を。

 ──ティアナの片目のみ、激しく充血していたのだ。   

 ミルフィは口元を僅かに細め、矛を杖のように持った。

 

 * *


───ミルフィは両手を突き出した、

        黒色のサークルが出現。

          Frontフロント  richtungリヒトゥング Rauchラウホ───



───ティアナは両手を突き出した、

        緑色の魔法陣が出現。

          Hinterヒンター  richtungリヒトゥング beschleunigungベシュロイニグング───

  

 * *


 ミルフィーは黒煙を撒くことで、身を隠そうとする

 ……だが。


───ヴィッツェの守護者は、空に向かって神々しく咆哮した。


 轟音ごうおんが響く。

 全ての泉から吹きあがる間欠泉、空に伸びた長い首。

 それは牢獄のごとく、ミシェルの退路を封じた。


 守護者に、もう力は残っていなかった。

 霞む視界、脱力する身体。

 その瞳は、その視線の高さで矛を持つ。

 ──ミルフィ―をギロりと睨んだ。


───けたたましい爆風。


 一瞬にして視界は晴れ、ティアナは短剣を構えた───。


 * * *

 

───私は詠唱する。

 

Frontフロント  richtungリヒトゥング beschleunigungベシュロイニグング

 

 緑の魔法陣を突き抜け、世界が変わった。

 私はあなたを斬らなければなりません。

 それは、この国の王女である、エルリエ様を守るため。

 ですが……胸を締め付けるようなこの感じはどうしてでしょうか。


 かつて私に剣を教え、優しく微笑んでくれていた、ミルフィ様はもういないのでしょうか?

 どうして……こんな事になったのでしょうか……。


「───迷うな、斬れ!」


 鉄の鱗を踏み蹴り、垂直に駆け上がる──飛翔。

 ミルフィの頭上で両手を交差させ、狙うはその首。

 私が剣を振りぬこうとした、その時だった。


「……ティアナは、いつも欠伸をしてましたの」


「え───ミルフィ様!?」


 ほんの一瞬だった、その言葉に、また同じことを繰り返してしまった。


「だから弱いですの。ティアナは」


「そんな……どうして───」


───激痛に襲われた。


 ミルフィ様が振るった矛に、斬られた。

 身体が痛い──血が吹き出てくる──。

 あばら付近……骨もいかれた……くそ、くそくそ。 

 落下していく時、目が合った──まるで私を見下すかのように。

 充血した紅い眼なのに……でも、でも。


「くそぉおおおおおおおおお!!」


 憎むような叫びしか出なかった。

 地に叩きつけられた痛み、あばらを斬られた痛み。

 気を失えたら、どれだけ楽かと考えてしまうほど、激痛だった。

 ミルフィ様……今までは演技だったのですか?


 どこまでも……どこまでも……私は、私は。

 伏せたまま、空を見上げた。

 ラベンダーのローブ、黒いリング───。

 か細かった声が、声量が……変わった。


Accelerationアクセレレイション


 動きが、ケタ違いに…なんですかその黒い魔法は?

 ミルフィ様が振るった矛は、マーメイドを裂く。

 切り刻む音は、凶悪で凶暴だった。

 ……雨のように紅が降ってくる。


 私はどこにぶつけていいかわからない悔しさに、気が狂いそうだった。

 傷口に手を添え治癒魔法を詠唱する。

 ただ、ミルフィ様は矛を振るい続けた。

 私が何度治癒しても、結果は同じだと言わんばかりに。

 その凶暴な矛が止まる事はなかった。


「さよなら、ですの」


「………若造」


「わかぞう?」


「いまじゃ……やれ……」


───その時、泣き叫んだような声が聞こえた。


 戦え、賢者の騎士セージ・ナイトと言われた気がした。

 見上げれば、今まで見たことないような表情をした彼。

 とてつもなく悲しんでいるのが分かる。


 なのにモンジュウロウ……どうしてこっちに飛んでくるのです?

 無謀だと、言いたかった。

 声を張り上げ、来るなと言いたかった。

 でも声がだせない、自分を呪った。

 なんて情けないのか……なんて惨めなのか……。

 そして聞こえた、彼の声が───。


「プファイル!!」

 

 ざわ、と。何かの気配を感じた。

 私は治癒を辞め、落下していた短剣を手に持った───


 * * *

 

───風宮門十郎は泣いていた。


 それはメイゾウが変異した後のこと。

 ヴィッツェの守護者と約束した事を成す、その辛さと悲しさを感じていたからである。

 例えようがない悲哀、それは風宮にとって、人生で味わった事がないものだった。


 それでも彼は、ペガサスに乗りミルフィに接近していく。

 その場からミルフィを動かさまいと、ほんの数秒のために、彼は必死だった。


───その距離、十メートル。


 ミルフィは言った。


「意味が、わかりませんの。クスッ──」

 

 ミルフィは矛を構え、風宮に向ける。

 ティアナは斬られた部位を片手でおさえ、マーメイドの頭上に立つミルフィを目指した。

 風宮の叫びに、ティアナは足をとめた。


「ローレインは欠伸でもしてろやぁぁぁぁ!!」


「──モンジュウロウ?」


 〝ヴィッツェの守護者マーメイド〟は最後の力を振り絞り言った。


「若造よ……王女を……守れ」


 風宮は持っていた筒を、ミルフィに向かって放り投げた。

 それは、円形にクルクルと回転するものだった。

 ミルフィが矛を振るおうとした瞬間──森はざわつく。


───散っていた矢が、一か所に集まる。


 数多の音を鳴らし、風を切り、それは集う。

 わずか数秒で緑を越え、泉を越え、天へと駆けた。


 かつてミシェルの賢者の騎士セージ・ナイトとして矛を振るった。

 ミルフィ・ローレインを──ズバン──射抜いた。    

 

 その矢は、ミルフィを串刺しにした。

 だが、ミルフィは気迫で持ちこたえた。

 吐血をし、それでもなお矛を構える。

 瞬きすらなかったその瞳は細く、風宮を睨んだ。

 

「この幽霊野郎!! 弓道部なめんなぁぁぁぁ!!」


───その距離、2メートル。


「楽にして、あげますの!!」


「させるかぁぁぁぁぁ!!」


 その刃は、捉える。


───血の花が咲いた。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る