ミシェル,日常

 この世界で何日目の朝を迎えたのだろうか。

 カレンダーがないので、まったくワカラン。

 でも2週間くらいはここで寝た気がしている。


 俺はどこにでも売ってそうな布団を、両手ではねた。

 起き上がると、ベージュ色の草履を履く。

 ギシ──とベットから音が鳴った。


「あぁ……最近規則正しい生活しているな、俺」   


 結局、王女の出した条件をのんで騎士団へ入隊した。

 ……なのに、これといって何もやってない。

 どうせなら弓を引かせてほしいものだが、王女が駄目だと言う。

 理由はなんとなく、だそうだ。正直意味ワカラン。


 俺は梅干しの入ってそうなツボから、茶色いひしゃくで水を汲んだ。

 電気・ガス・水道がない生活に慣れてきたが、彼女がそこにいることだけは慣れんな。

 王女の命令ならなんでも聞くんだもんな、ある意味凄いよ。

 そして下着姿のティアナに言った。


「ティアナさん。今日は白色なんですね」


「そうです」


 縛ってない水色の髪を背に垂らし、羞恥心を感じないその光景にいつも通りの朝を感じた。

 控えめの胸、小さいお尻がキュートだと思っていた時期が懐かしい。

 なぜ生活を共にし、寝床まで一緒になる必要があるのか。


 あの王女の、「素敵でしょ?」と言わんばかりの表情が脳裏に浮かんだ。

 これはある意味、罠を仕掛けられていると認識しているが、間違ってないと思っている。

 おかげでティアナの性格が超ド真面目なのは理解したが、それでもこの共同生活には慣れない。 


 ティアナは服の袖に手を通す、衣装は白色をベースに水色のラインが入った、清楚なロングコートのような感じである。

 その上に、両肩と胴のみを保護する、金属質の鎧を身に着けた。

 最後に水色の髪をゴムで束ねると、茶色い皮のベルトを腰に巻く。

 枕元に置いてあった短剣を二本、その腰にひっさげた。

 

「モンジュウロウは、今から顔を洗うのですか?」


「はい、俺も着替えますけど、やっぱり今日も監視するんですか?」


「当然です。王女陛下には貴方の監視を徹底するようにと、指示を受けておりますので」


「では顔を洗います」


 俺は水で洗顔をすませ、バスローブみたいな茶色い服を脱ぐと、部屋の隅に干してあった袴へと着替えた。

 白い胴着を羽織り、黒色の袴に着替え、着付けを確認する。

 やはり俺にとってこれが最高の衣装だ、とても落ち着く。


 一着しかない弓道衣を毎日着れるのも、毎晩遊女がやってきては俺の衣装を洗濯してくれているからだ。そこは素直に嬉しい。

 まぁ、遊女といっても無骨なオカマにしか見えないのだが。

 初日は掘られそうになったし、必死に抵抗したものだ。


「朝ごはんを食べにいきます」


「わかりました、ではついて来てください」


 俺が何をするのか、いちいち報告しなければならんのは面倒だがな。

 それに入浴中まで監視するのは、正直やめてほしい。  

 俺は石張りの廊下を歩き、ティアナと一緒に食堂を目指す。


「そういえば、以前モンジュウロウが言っていた、ツルと矢の件ですが、入手する目途がたちました」


「え。それは本当ですか?」


「はい、場所はエリアⅢ。ヴィッツェの守護者が準備しているはずです」


「おぉ!! 朝飯食ったらすぐに行こうぜ、ティアナ!!」


 待ちに待っていたこの時が来た、俺はガッツポーズする。


───すると、目の前で揺れていた水色のポニーテールは突然静止した。


 ティアナが振り向くと、ムスっとした表情だ。口を尖らせている。

 名前を呼び捨てにすると拗ねる顔が、とても可愛い。

 凛々しさの中にある、おちゃめな一面は素敵だと思う。

 唯一、俺がこのド真面目な騎士団長に癒される瞬間である。


「また呼び捨てにしましたね? 感情的な喜びを表現するのは結構ですが、節度をわきまえる必要があることを理解してほしいのですが」


「まぁそう言うな。俺は弓道に関することだと嬉しくなっちまうんだ。それに、俺はそんなティアナの表情も可愛いと思っている」


「そうですか、ではモンジュウロウの朝ご飯は抜きにしましょう。部屋に戻ります」


「ごめんなさい、反省してます」


「わかればいいのです」


 誠意をこめなくても、謝ると許してもらえるのは素晴らしいと思う。

 形が大事ってことなのだろうと、勝手に思っている。

 ティアナは前を向き、また歩き始めた───。


 *


「今日の朝ごはんはなんだろうな~」


 俺は期待で胸をいっぱいにし、扉のない入口をくぐった。

 天井は高く、すがすがしい陽光が差し込む食堂。

 貴族とまではいかないが、クリーム色の空間が心地よい。

 いい匂いもしているし、実際この城で出てくるご飯は美味しい。

 一流シェフが作ったというより、豪華な家庭料理って感じなんだよな。


 細長いテーブルの一番奥へと歩いていく。

 ほどよく歩き進み、ティアナが椅子へと座った。

 俺はその隣に座ると、豊な胸を強調するその人に視線を向ける。

 紅い着物がずり下がっているときは、確実に遊女モードである。


「王女陛下、おはようございます」


「あら愚兵、ちゃんと髭は剃ってるみたいね、感心するわ~。美意識が高いのはいいことよ。どう、今夜わたくしを抱いてみない?」


「抱きません」


 王女は腕を組み、ティアナに顔を向けた。


「あら、つれない言葉ね。ティアナのボディのほうがいいってことかしら? ねぇティアナ、この愚兵とトギはやったの?」


「いえ。その必要はないと認識しております。ですがご命令とあれば、今すぐにでもトギをいたしますが?」


「うふふ。そうねぇ、どうしようかしら。誰かに見られながら、満たし乱れるその姿を観察するのも快楽よね。あぁ、なんだかわたくしの身体が疼いてきちゃうわぁ~。そうね、考えとくわ」


「はっ、御意」


 御意じゃねぇだろ、ほんっとイエスマンだな。

 それに、なんでティアナにそんな事言うんだよこの王女は。

 凄腕の剣士、セージ・ナイトが乱れてどうすんだ。

 ……これ絶対楽しんでるだろ。

 ほれみろ、眉毛が垂れ下がってキイキイと椅子を鳴らしやがる。

 つか、なんでどこいってもそのロッキングチェアに座ってんだろうなこの人は。


 はよ朝ごはん食べてぇ~……なんで今日に限って来るのが遅いんだよ。

 ティアナのはもう来てるのに、なんでだ?

 いつもならメイドっぽい人がすぐ持ってきてくれるのに。

 

「ああ愚兵。言い忘れたけど、朝ごはんが食べたいならわたくしを満足させてちょうだい。こう見えて結構、愚兵と会話するのが気に入ってるの。どう、素敵でしょ?」


 その言葉を聞いた途端、俺は絶望した。

 この王女、俺が朝ごはんを楽しみにしているのを分かってて仕込んだな。

 なにか言い返したいが……言い返せば確実に召される。

 どうやって切り抜ければいいんだろうか。


「王女陛下、どうすれば満足して……いや、やっぱりいいです」


「うふふ。困るわよね、そんな事言われちゃ。だってあなたは愚兵、どう頑張ったってわたくしには何も言えないものね。あぁ……なんて理不尽なのかしら。束縛されるってどんな気持ちなのかしら? ねぇ、教えてほしいのだけれど?」


───俺は、朝ごはんを諦めた。

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