ミシェル,王女 /2

 俺は王女に言われて、城の最上階にある中庭へと案内された。

 ポカポカとした気候に、ふんわりと吹く風がとても心地よい。


 周囲をぐるりと見渡す。

 背の低い木々が規則的に並んでいて、その外側はレンガの壁。

 足元は緑の芝生で、広々とした庭園である。

 

 そして白いテーブルの対面に、威厳を感じない王女が座っている。

 王女はティ―カップを受け皿ごと持つと、俺に言った。


「モンジュウロウ、あなたが転移者であることに間違いはないわ」


「はい、さっきの話でだいたいは理解しました。ちなみにですけど、元の世界に戻る事も出来るのでしょうか?」


「それは知らないわ。それよりも、この世界で生きていこうと考えたほうが賢明だと思うけど?」


 結局、俺はロジック論理詠唱陣を使えたことから、王女に転移者として認められ、首をはねられてない。といっても、その処分は保留。

 俺と話がしたいらしく、王女とこうしてティータイムを楽しんでいる。


 ローレインは離れた場所から俺を監視しているが、その視線は鋭い。

 あんなに警戒し続けて、気疲れしないのは凄いと思う。

 ……それにしてもだ。


 この王女、レモンティーを口に含むとやんわりと淫らな表情になる。

 そして「あぁ…」と、へんな声を発する。

 正直なところ、これほど分かりやすく乱れる人はそういないだろう。

 おそらくこれが本性なのだろうな。

 王女という立場も、色々と縛られるものがあるのだろうと察した。


「生きていくのはいいんですけど、働き口だってないし。言葉だって時々伝わらないときもあるし、不安なんですよね」


「そうねぇ~。そういえば、弓の練習はよくやっているって言ってたわよね。じゃあ愚兵となるなら、弓使いとしてわたくしが雇ってあげる」


「それは……確かに弓の腕には自信がありますが」


「あぁ言っとくけど、もし賢者の騎士セージ・ナイトを目指そうと思っても、無理よ」


「無理とは?」


賢者の騎士セージ・ナイトはこの国で一人だけなの。ティアナはまさにそれなんだけど、もともとローレインのネームを持つ騎士がいてね。その人の志を継承したのがティアナなのよ。どう、素敵でしょ?」


 ネームとかよくわからんが、〇〇〇・ローレインってことだな。

 つまりローレインが名前じゃなくて、称号って意味にするならば。

 門十郎・ローレイン?

 ……さすがにそれは変だ、どうせならボウ・マンがいい。


「継承したって事は……あ、これは聞いてもいい話ですか?」


「うふふ、もちろん駄目よ」


 あっさり拒否されてしまった、俺が何を言おうとしたのか理解したのだろうか?

 洞察力が凄いな、この王女様。

 ◯◯◯・ローレインはまだ生きているのか聞こうと思ったのだが……。


 視線を動かす。

 ティアナが、ほわぁ、と欠伸あくびをしていた。

 ……可愛いけど、かなり意外だった。

 

 しかしこの王女さん。

 お城で働く兵士の事を愚兵と言うし、自分を中心に世界を回すタイプの女性だと思う。

 立場的には女王なのに、なぜか王女と呼べと言うんだよな。

 まぁ、別にどっちでもいいけど。


「そもそも、セージ・ナイトって騎士団長の事ですよね? 俺はそれを目指す気はありませんが、この世界で戦う敵がいるんですか?」


 王女はカップを置くと、胸をバストアップするように腕を組んだ。

 キイキイ───と椅子を前後させ、音を鳴らす。

 楽しそうである。


「戦う相手はいるわ、その名はリベルツィオーネ革命軍

 このミシェルが管理する3つのエリア、その守護者を消滅させ、ここを占領するのが目的とした存在。ほんと困るわ~そうまでしてわたくしを辱めたいと思ってるんですもの」


「それ、本当なんですか?」


「嘘に決まってるじゃない。案外と純粋なのね、その顔つきは美形だけど、心は少年って感じね。うふふ、わたくしを抱きたい?」


「首をはねられる可能性があるので、遠慮します」


 ……いま確かに金属音が鳴った。

 その方向にはローレイン、地獄耳か?


 王女は残念そうに口元を細める。

 まるでチーズをエサに罠を設置され、さぁおいで、と言われているような気分になった。


「その、戦う相手がいるとしてですよ。もし俺がこの街、ミシェルの騎士団に入ろうと思ったら、何か入団試験のようなものはありますか?」


「ないわ。普通なら訓練されてから愚兵になるのだけど、モンジュウロウはロジックを使える。わたくしの決断一つで簡単になれるわ。でも条件がある───」


───ひとつ、ティアナの監視下にいること。

   ふたつ、このお城に住むこと。

   みっつ、ユマを救うこと。      


「ユマ? ユマって誰のことですか?」


 ティアナの監視下におかれ、お城に住むことは理解出来る。

 俺が転移者だからだろう、行動に制限を設けるためだとも理解出来る。

 むしろこの場所に住めるなら、その条件はむしろ助かる。


───だがユマとは誰だ?


 王女はわかるでしょ、と言いたげだ。

 そして隣りに立っていた、修道女っぽい姿をした女性に言った。


「コレと同じものを」

 

「御意」


 俺がこの世界で出会った他の人物は限られている。

 ……つまり、そうだとしか思えん。

 ユマという人物は。


 あの銀色の髪をした、少女のことではないだろうか───


 * * *


───ユマ、それは過去の思い出。

   そう考えたら、どれだけ美しいのかね。


 枯れた色に包まれたミシェルでは、住宅街ですら人の活気がある。

 ───飲食、娯楽、医療、贅沢、快楽。

 それはどれをとっても、不自由のない楽園なんだろうね。


 ビルの屋上のようなこの場所。

 見下ろせば、そこらじゅうに多種多彩な種族がいることが分かる。


───猫みたいな耳は獣の証。

   耳がないのは別種の証。

   識別するのはその色の違い。


 数えりゃキリがないし、数えたってなんの意味もありゃしない。

 あたいはフィーニックスとして。

 いや、一羽の小鳥としての観光、ただそれだけ。

 

「相変わらず、統率のとれた街だね〜ミシェル。争いが起きるなんて、これっぽっちも考えてないね。やっぱりあの王女、エルリエはやり手だね。

 街に住まう連中は、平和ボケして阿呆面あほうづらひっさげて、よくもまあ、のほほんと生きているもんだね」


 ねたましいと思えばそれまでさ。

 あたいの目的は生物の観察じゃないし。

 そもそも、エリアⅠとエリアⅢの守護者はまだいる。

 そいつらを消滅させなきゃ、あの青い三角屋根のお城には程遠い。


「そんでも、ホントに結界は弱まってるのかねぇ〜。グラシアスの守護者が消えてさ、見に来てみたのはいいけどさ、ちっとも変ってないように思える」


 空まで届きそうな青い三角屋根にじっと目を凝らす。

 周囲には飛竜がウジャウジャ飛んでる。

 ……なんにも見えやしないよ。


 エンペラーが言うように、力の力場みたいなのがあるんだろうねぇ。

 あたいには感じることすら出来ないけどさ。


「残る守護者は2体。そいつらを消滅させ、青い三角屋根に秘めたモノを開放する。そうすりゃ元の世界に帰れる。そうと思うと、ウキウキしてしょうがない」


 あの転移者。生きてたらエルリエに渡せとのことだったけど。

 なんでかねぇ〜。あのロン毛、そんなに凄い存在なのかい?


 そもそもミシェルの守護者程度なら、あたいらリベルツィオーネ革命軍の幹部3人でかかりゃ瞬殺。

 な〜んか野菜炒めて、黒焦げになるのを待ってるみたいに焦らすんだから、困ったもんさ。


 にしても、あの時の詠唱魔法を防いだのは驚いたね。

 どちらにせよあの男はキーだ。

 やっと確率の壁を越えてきたって感じかい?

 ガチャガチャでもないだろうにねぇ。


「まぁでも、セージ・ナイトとやり合うのは嫌だねぇ。なんだいあの化け物みたいな強さ、ありゃ〜あたいじゃ無理だ」


───風が吹いた。


 なんてぬるい風だよ、あー気持ち悪。

 どうせならさ、嵐のように吹いてほしいもんだね。

 そうすればさ、潔く心が晴れるってもんなのに。


───あたいはその場から飛び立った。

   嫌味のように澄んだ空へと。

   元の世界に帰れるのであるなら。

   どんな血しぶきだって味わうさ。

   だって、あたいにとってこの世界は。

   なんの魅力もない、つまらない。

   どうでもいい世界だからね。

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