エリアⅡ,氷の地 /3

 ◇ 


 俺は呆気に取られていた。

 やがて小さくなった少女の姿を見届け、ため息を吐いた。

 今さらになって気が付いたが、吐息は白い。

 なんともいえない悲しさと、気の重さに支配された。


「なんだよ……弓道の試合中に突然目の前が真っ白になったと思いきや、いきなり氷の鳥に襲われるし、ドラゴンでもなんでもいいけど……いったいどうなってんだよ。みんなはどうしているだろうか……今頃、どんな事になっているのだろうか?」


 一緒に試合に出場していた友達の姿を思い浮かべた。

 仲もすごい良かったし、あの試合が引退試合だったのに。

 ……あいつらと弓を引く事が、唯一の楽しみだったのに。

 スマホも無いし、これじゃ暇つぶしの映画すら見れない。

 引退したら、本格的に就活しようと思っていたのだが。

 

「そういやこの場所はえらい寒いけど、今は春なのだろうか。俺の世界では春だったけど……でも、考えてもしょうがないか」


 というより、この世界でどうやって生きていけばいいのか。

 あの少女が言っていたのは、俺が転移してきたってこと。

 俺の大好きな袴姿であるのは嬉しいが、履いている足袋の裏は冷たく、まるで孤独を煽るように吹く風が冷ややかだった。


 この場所にいても、また襲われたどうしようと思ってしまう。

 周囲を見渡しても、動物がいない……魚もいなさそうだ。


「とりあえず人が居る場所を探そう。生きようと思うなら、まずはそれが最優先だろう。お腹も空いてきたし──ん?」


 ばさっばさっ──と、何かの音がしている。

 でも周囲に生き物はいない、もしかして海からか? 

 ……いや、やっぱりそれはありえん。


───俺は空を見上げた。


 そこには凛々しい表情をした、女性の姿があった。

 水色の空を背景に、つややかな水色のポニーテール。

 ペガサスのような白い馬が、羽ばたく音だったらしい。

 彼女と視線が合う。

 優しい瞳をしているが、目尻が吊り上がってる。


「そこの貴方、こんなところで何をやっているのですか?」


 不思議と、やっぱり言葉が理解できる。

 完全に日本語だ。


「俺も分からないんです。たぶん俺は異世界から来ました」


「異世界から来た? なにを……言っているのです。もしや、グラシアレスの守護者を消したのは、貴方なのですか?」


「いえ、消したのは俺じゃなくて、銀色の髪をした少女です」


「銀色の髪……」


 彼女は距離を保ったまま、警戒する目つきで俺を視ている。

 俺があの鳥を倒せるほど、強そうに見えるのだろうか?

 溶けて消えたような氷河の一部を見つめ、俺は肩をすくめた。

 そんなことよりも、俺は気になっている事を尋ねた。


「嘘じゃないです。それに、もし町があるなら教えてもらえませんか? お金は持ってないんですけど、食べるものがなくて……」


「オカネ?」


 彼女は何か考えている様子だ。

 もしや、通じてないのだろうか?


 すると、彼女は納得したのか、優しい瞳となる。

 こうやってみると、この人は凛々しくも、美人だ。

 声や喋り方の雰囲気が、より誠実さを引き立てているように思える。

 軽そうな鎧みたいなのを着用しているし、賢明な女性騎士って感じだ。


「街を探しているのであれば、私に拘束されることを条件とし、案内しましょう。おそらく貴方は事実を言っているのでしょう。

 ですが念のために身動きは封じさせてください、約束は守ります、セージ・ナイト賢者の騎士の誇りにかけて」


「……わかりました。お願いします」


「承知しました。私の名はティアナ・ローレインです」


「俺は風宮門十郎です」


「カゼミヤモンジュウロウ? もしや、ネームを教えて頂けますか?」


 一瞬理解出来なかったが、雰囲気で門十郎と名乗った。

 外国風な感じでいけば、これが正解だとは思う。

 つまり、苗字はローレインさんってことになるのだろう。


Festhalten拘束


 彼女の言葉のあと、俺の頭上に出現した緑色のリング。

 高級な絨毯じゅうたんみたいな模様が描いてあった。

 俺が使う魔法とは違うのだろうか?


 そして俺の上半身はヒモで縛られたように、圧迫感を感じた。

 彼女に言われるがままに、白い馬にまたがる。

 背中に回した和弓を、落とさないように握り持った。

 

「両手が使えないから、落下してしまいそうなんですけど?」


「ご安心ください、落下したら拾います。なので、私の背中にくっついていてください」


「……え? あ、はい」


 彼女の小さな背中に身を預けた。

 触れた感触は金属質な鎧で、しかも冷たい。

 俺の顔、そのすぐ横には肩ほどまである縛った水色の髪。

 視線を落とせば、その両腰には短剣が二本、刃が剥き出しの状態でひっさげてあった。

 そして……その頭上には、チョンと生えた、猫みたいな耳。


「あの、なんで耳が生えてるんですか?」


「私が獣人だからです。それではミシェルに参ります」


 空を飛びながら、彼女にセージ・ナイトについて聞いてみた。

 簡単に言えば街を守る騎士団の団長。

 卓越した剣術を備えた精鋭たる騎士とのことだった。

 映画でよくあるパターンだと、めっちゃ強いやつだな。


 そして魔法について尋ねたところ、首を傾げられてしまった。

 使えて当然です、と言われたのである。

 やはりここは日本じゃない。

 ……むしろ俺の中で別の世界であることは確定した。

 空を駆けながら、ローレインは言った。


「私が守る街には王女エルリエ様がおられます。様々な知識を有していらっしゃるので、モンジュウロウの事も何か存じているかもしれません。

 先ほども言いましたが、貴方の正体がハッキリと分かるまでは拘束者として扱いますので、ご了承ください」


「拘束者ですか……でも、ご飯は食べれるのでしょうか?」


「それはエルリエ様が判断なさいます。それにしても、モンジュウロウは緊張感がありませんね。いまの自分が置かれている立場を、ちゃんと理解しているのですか?

 エルリエ様の判断次第では、貴方は一生解放されませんよ?」


「まぁ……別に解放されたところで特にやる事ないんで。ご飯食べれるなら、別にそれでもいいかなって思ってます。欲を言えば、弓道がやりたいんですけどね」


「キュウドウ?」


「弓道ってのは日本の伝統武芸、和弓を使って、あ───」


 ──そして案の定、何度目かの落馬をした。

 俺が落下するたびにローレインは口を尖らせ、ムスっとするんだよな。

 でも、ちゃんと拾ってくれることに、俺は感謝した。

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