エリアⅡ,氷の竜 /2

 * * *


───風宮は竜の方向へと、ロケットのように飛んでいく。

   弓を杖のように掲げ、詠唱する。


ポンプユニット直結加圧式の創造──吐水量10.0(㎥/s)の選定──角度は水平勾配水平方向──放水!」


 ガチャリッ──と、論理詠唱陣ロジックの稼働音。

 ヴヴゥン──電子音が鳴る。

 風宮の前方に土色のサークルが出現。


 サークルは爆発する勢いで間欠泉を噴射。

 ──円柱状の流水は竜をとらえ、一直線に押し戻す。

  

 その様子を傍観していたフィーニックスは、ニヤリと口元を細くした。


「へぇ、見よう見まねで〝ロジック論理詠唱陣〟を使うかい。今まで何人もこの世界へ転移してきたけど、みんなやられちまったからねぇ。

 そう考えれば、彼はかなりイレギュラーだね。原理も知らないで、どこまでロジックを使いこなせるんだい?」


───凍てつく風が、氷河の斜面を吹き上げる。

   シルバーグレイの髪は巻き上がり、ローブはひるがえる。

   そして、フィーニックスは肩まである髪をかき撫でた。 


 風宮はまるで雷のように、空を屈折しながら飛行。

 竜は谷底から咆哮する、ビリビリと氷河の絶壁が震えた。


 おぉーーーーーーん。


 閉じた竜の口元から、ギリリと擦れた音が鳴る。

 ──両翼を広げ飛翔、狂風のごとく空を舞う。

 竜の眼はギロリッと、殺気をまとった。 

 風宮は弓を槍のように持ち、詠唱する。


「10枚のシート・パイル鋼材の板を創造──長さ5メートル──板厚t=20ミリ──耐衝撃防護──扇状に展開!」


 ガチャリと音が鳴り───土色のサークルを放射状に展開。

 茶色い鉄の板が出現、それは扇のように広がる。


───それは風宮の前方を覆い、鉄の壁となる、

               竜は鉄の盾に激突───


───甲高い破砕音、半透明の破片が飛散する。

   まるで散る雪のように、それはキラキラと輝いた。


「よし。あれだけの速度で、これだけ分厚い鉄の板にぶつかったんだ。砕け散った左の翼はボロボロ、もう飛べんだろ!」

 

 フィーニックスは氷河の上から、飛ぶ風宮に言った。


「アイス・ドラゴンはまだ生きてるよ、アイツが体勢を立て直す前にトドメをさすよ!」


「トドメ!?」


「そうだい、あたいが詠唱する時間を稼いでほしいのさ! とにかくアイツを引きつけるんだよ!」


「くそっ、無茶苦茶だな!!」


 おぉーーーーーーん。


 落下した竜が着地した瞬間、ビキリと割れる音が鳴る。

 片翼のみを広げ、大きく口を開いた。──寒風が吹く。

 ──竜の足元は、蜘蛛の巣のように亀裂が伝線した。


───狙うは天、急降下する黒髪の青年

                ──最後の一撃ブレスを放つ。


「ドラゴンが吐くのはビームっぽいな、それならば!」


 詠唱──風宮の弓は土色に灯った。


単純梁力の盾を創造───支点Aa支える支点Ab支えるによる二本の垂直反力逆向きの力──集中荷重一点集中砲火に対する支持力防御──確保!!」


 ガチャリッ──ヴウゥン──土色のサークルが出現。

 風宮の前方に、アルファベットの「アイ」のような模様が描かれた。

 幅広い板の平面部で、竜のブレスを支えるように受け止めた。


「よし、いけえぇぇ!!」


 フィーニックスは、風宮を見て高笑った───


 * * *


───「あっはっは!! ロン毛の青年、やるじゃないかい」


 正直、あたいは驚いたよ。

 彼をこのエリアⅡに放り投げたあと、懐へと忍び込んでおいて正解だったねぇ。チュートリアル品定めとはいえ、まさかここまでやれるなんてなぁ。

 今回の転移者は類を見ないくらい才能があるねぇ。

グラシアレスエリアⅡの守護者〟と互角にやりあってんだ。


 まだこのロジック論理詠唱陣の仕組みを理解していないのに、感覚と思考でやりあってる。

 たまげたもんだねぇ、やっと巡り合えたよ。


───〝キー〟───だね。


「これでエリアⅡの守護者は消滅だねぇ、燃えな!」


 *   *


 あたいは両手を前方に突き出し、腕を交差させる。

 ぐるりと大きなリングを描いた───。

 

───ヴぉん──と低い音が鳴り

        ───赤い魔法陣、、、、、が出現、

               魔法を詠唱する───


Drehung回転の richtung方向は spirale螺旋 flamme火炎の kraft力よ


 *   *

 

 蛇行する螺旋らせんのように火炎を放つ。

 氷河すら瞬時に溶かし、気体へと変えるほどの熱量。

 ──表面温度ですら軽く二千度をこえてんだ。

 鉄すらも簡単に溶かしちまうあたいの炎、燃えちまいな。


「守護者を───蒸発させるよ!!」


「うぉ!? ───あっつ!! 熱風で溶ける──」


 うるさいねぇ、あんだけ離れてりゃ燃えないってのに。

 ……それにしても、なんだいあの着物みたいな服装は。 

 今まで転移してきた中でも特別変わった服装だね。

 上は白、腰から下は黒。最初は巫女服かと思っちまったよ。

 まぁ、あたいの想像以上にその耐久力、防御力は高いだろう。


 それに、あの変わった形の弓は、特別な何かを持ってる。

 じゃなきゃ、彼はとっくに死んでるさ。

 なんたって、守護者に追っかけられて生きてんだからなぁ~。

 だいたい初見で召されて、それで終わりなんだけどね。

 

 おぉーーーーーー…………。


 守護者に直撃した火炎は、絶対零度の体を溶かしていく。

 ありゃ~スライムみたいにどんどん小さくなってくね。


 あたいは守護者の横につっ立っている彼を見下ろした。

 なんだいその目は、混乱してんのかい?

 ……そうかい、もしかして気がついたかい。


「あーはっはっは、なにか言いたげだねぇ、門十郎!」


「なんでだ? さっきとはまるで雰囲気が違う……」


「アンタに言ったところで、どうしようもないと思うけどねぇ」


「俺は──お前を助けるために!」


「おおそうかい、ありがとよ。ついでに言っとくけどさ、もう用事は済んだから」


「……………」


 はっはっは、何も言えないかい。

 プルプルと震えてるようだけど、怒り狂ってるって感じかい。

 ……なんなら、ちょいと試してみるかい。

 あたいは両手首をくっつけて、手のひらを前方に突き出した。

 赤い魔法陣が出現───詠唱する。


Feuer火の regen


 火の雨を放つ───さぁどうするんだい。

 これを防ぐロジック論理詠唱陣は青色かい?

 でもそれじゃ、蒸発させちまうけどなぁ~。

 門十郎は弓を構えた。


「10枚のシート・パイル鋼材の板を創造──板厚t=20ミリ──ロック・ウール火耐性を追加──吹き付け厚さt=45ミリ選定──展開!」


「あん? なんだいその灰色のフカフカした板は。あたいの火は氷すら瞬時に溶かし、水すら蒸発させる熱さだよ。そんなんで防げると思ってるのかい?」


「おまえは分かっているようで分かっていない。日本の建築物は火事でも耐えるように設計されている──防護!!」


「なっ……あたいの火で、燃えないだと?」

 

 なんだいありゃ、火が煙になっちまった。

 ……あたいの知らない建築知識があるっていうのかい

 建築知識……うんにゃ、あたいはなんで知ってたんだっけ?

 

───その時、他の気配を感じた。 

   背筋がピリリっとこそばゆい。


 この感じ……そうかい、守護者が消えたからかい。

 面倒くさいねぇ~セージ・ナイト賢者の騎士かい。

 

「逃げるとしようかね、また会おうや!」


「なんだ、俺を消すつもりじゃなかったのか?」


「そのつもりだったんだけどねぇ、どうも英雄さんのご登場なんだよ。ま、そう焦らずとも、また会うことになるさ。元の世界に戻りたいなら絶対に、そうでないならそのうちになぁ。あ~はっはっは!!」


 あたいは気配がする方向とは反対方向へと飛んでいく───。

 はやくこの場から退散するよ、まずは報告しなきゃな~。

 あたいは両手を交差させ、黒色のリングを描く。


 詠唱──「Verbergen身を隠す


 リングに突っ込むと、エリアⅡを去る。 

 また会おうや、美青年。

 出会った転移者の中じゃ、あんたが一番美形だったよ。


 ◇ 

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