建築弓使い/ボウ・マン

もっこす

Episode -Ⅰ【仮面結晶】

Chapter - 1 序

エリアⅡ,氷の竜 /1

 これは仮定の話である。

 

 世界線を越えた人の転移が、神の力によるものだとしたら。

 それは、権利を行使した神のパワハラである。

 だが、転移や転生を機械的な仕組みによって可能とした場合。


 ─── それでもその世界せかい

        異世界いせかいと呼べるのだろうか? ──


       ◇  ◇  ◇


 ダイヤモンドのように輝く氷河が、途方もなく広がっていた。

 ひしめくような音を奏でる、凍てつくような寒風。

 見上げれば、スカイブルーに染まった天が、そこにあった。


 落下していく氷の塊が、蒼い海面に没する。

 轟音ごうおんが響き、水しぶきは跳ね、大きな波紋がたつ。

 ここはまるで、海に浮かぶグランドキャニオン。


───エリアトゥー、グラシアレス。

   ここはファンタスティック異世界である。


 断崖絶壁に挟まれた、細長い道がある。

 その谷底を走る青年は、納得がいかないと叫んだ。


「うぉぉ、これ仕込んだ神まじ許さん!」


 目を凝らせば、弓を片手に全力疾走する青年。

 彼は日本という国から、突然転移してきたのである。 


 服装は白い胴衣、腰から下は墨色の袴姿。

 ──漆黒のような長髪が、なびいていた。  

 その背後から空を切る竜は──咆哮ほうこうした。


 おぉーーーーん。


 美しい硝子のような翼をもち、琥珀色の瞳孔を持つ竜。

〝グラシアレスの守護者、アイス・ドラゴン〟


 そして彼の懐からひょっこりと現れた銀色のフィーニックス不死鳥

 青年は仰天しながら、視線を下に向けた。

 手のりサイズほどのフィーニックスは言った。


「よっ!」


「はぁ!? なんだおめぇは!?」


 美青年こと風宮かぜみや門十郎もんじゅうろうは、理解不能だと叫んだ───


 * * *


───俺の懐から、なんか鳥がでてきやがった。

   なんだコイツは、銀のハトか?


 つか、いきなりわけワカラン世界に飛ばされて、なんかでっけぇ鳥にいきなり吠えられたかと思いきや……このハトだよ!


「どうなってんだよぉぉぉ!!」


「それよりあんたさ、戦おうよ。じゃないと初見で召されるぜ?」


「あんたじゃねえ、門十郎だ! それに戦えるわけねぇだろ、俺は普通の大学4年生なんだぞ、内定はもらってねぇけどな」


「うんにゃ、そんなことは聞いとらんよ。なんでその弓持って転移してきたんだい? ちょっとは考えようなぁ。

 この世界は弱肉強食。無事に生きたきゃ、素直にあたいの言う事を聞くんだね。まずは左手で持っている弓をよく見てみなよ、なんか感じるっしょ?」


 くそ、可愛い声で喋るハトだけど、なんか偉そうなやつだな。

 とりあえずハトが言ったように、左手で持っていた弓を見る。


 背丈より長いし、いつも使ってる和弓わきゅうだな。

 見たところ、つるは張ってないようだ。なんで?

 なのになぜ三日月みかづきみたいに反ってんだ?

 ……ある意味セクシーかもしれない、でもな。

 疑問に思ったそのとき、背後から不気味な鳴き声が聞こえた。


 おぉーーーーーーん。


 咆哮と同時にビリビリと体に伝わる痺れみたいな感覚。

 緊張するというかドキドキするというか、とにかく恐ろしい。

 矢が飛ばせない弓で、どうやって戦えというのか。


───その時。


 弓の両側面が光った、それは上から下まで白く発光する。

 蛍光灯をさらに細長くしたようなものが埋め込まれている。

 俺の弓は全部黒色だ、こんな弓じゃない……じゃあこれは?

 ハトは目を細めて、ポリポリと頭をかいていた。


「気がついたかい? それがあんたの武器さ。そのまえに、後ろ」


「うしろ?」


 振り向くと、大きな口を開けた鳥。

 歯がサメみたいに生えていて、噛まれたら即死しそうだ。

 図体の大きさなんか、大型トラックの約2倍はある。

 ガバっと開いている口から、何かを吐き出そうとした。


「なんだよこいつ、鳥じゃねぇのか!?」


「こいつはアイス・ドラゴンだよ、あたいがコイツをひきつける。あんたはこの世界に転移してきたんだ。だったら心で感じるはずさ、それが出来なきゃあんたは偽物の弓使いだよ」


「……なんだと?」


 聞き捨てならない台詞に、イラっときた。

 俺は弓道部、弓の使い方なら誰よりも詳しい。

 なのに偽物だとは聞き捨てならん。


「逃げるんだよ!」


───ハトは俺の懐から飛び出すと、背に向かって飛んでいく。


「おいハト!!」


「大丈夫、あたいを信じな!」


 小さなハトは霧のようになり輝いた。

 ……信じられない現象が起きたと思った。


「映画かよ……やっぱりここは日本じゃねぇ」


 なぜならハトの体は霧状の気体となったあと、瞬時に個体になった。

 そんな風に変身したからだ。

 銀色の髪は肩より長く、赤いローブを羽織る人の姿となる。


モーメント力曲がるを創造───ベクトル方向は時計回り──障壁!!」


 ガチャンッ──、と何かの機械が作動したような音のあと──

 ヴウゥン──と電子音が鳴った──。

 少女の前方に巨大なサークルが出現。 

 黒色のサークルは肥大化、まるで盾のようだ。


等分布荷重範囲攻撃を分解──ベクトル方向は障壁効果を継続──回転!!」


 氷の吹雪を弾くサークル。

 目まぐるしい速度で回転するそれは、軌道を円方向に変えた。

 弾いた氷は、俺の左右にある氷の壁に激突していく。

 甲高くも砕け散る音が、怒涛どとうのように響いた。


「なんだ……魔法なのか?」


 少女は切れ長の目をつりあげ、ニヤッと笑う。

 正直なところ、めっちゃ可愛かった。

 たぶんそこらの芸能人より可愛い、というかカッコいい。


「あたいに見惚れてる場合じゃないよ。正直あたいのロジックじゃ防ぐのが手一杯。あんたは魔法が使える世界に転移してきたんだ。だから冒険してみなよ、今のあんたは───」


 おぉーーーーーーーん。


「あ、ヤバイかも───」


 鳥の体がグルんと回り、長い尾を少女に叩きつけた。

 少女は上空へと吹っ飛ばされ、声が遠のいた。


 ビュンと凍えた風が吹き、ドラゴンは翼を真横に広げ飛翔。

 見上げれば、再び黒色のサークルが出現。

 ……だが、鳥が突進すると同時に、少女は再び弾かれた。


───気のせいじゃない。

   あの少女が顔をひきつらせていたのが視えた。


 鈍い打撃音がこだまして、俺の額には嫌な汗が吹く。

 弓をギュッと握りしめ、とりあえず思いついたことを言う。


「空中飛行──移動開始! ファイヤーボール!」


 だが、なんの反応もない。

 くそっ、なんだこの弓……でも俺は偽物じゃねぇ。


「こんなわけワカラン世界で召されてたまるかよ。なら俺の希望を叶えろ! 俺は、外国映画に出てくるような、スーパーヒーローになりたかったんだよぉ!!」


 俺は弓を両手で持ち、なんかカッコいいポーズをとってみた。


───そして思考する。


 理屈と思考は得意だ。

 大学では、建築系のテストはいつも100点、知識はある。

 それにあの少女はモーメント力とか言っていた。

 その用語は大学で学んでいた構造力学に出てくるやつだ。

 なぜその言葉が具現化するのか、それはワカラン。


 ここが異世界であるがため、実現可能な現象だとしたら。 

 ……矢が射てない俺の戦い方はこれしかない。

 それは、建築用語を使った理屈で戦うこと。


「俺は建築弓使い、風宮門十郎。つまりこの弓は、俺の思考を具現化するものだな……どうだ!」


 弓に光が灯った──だが力は何も感じない。

 でも身体には高揚感がみなぎった、気がする。

 なんか良くわからんが、なんとなく使い方が分かる。

 ……そうか、ならば解放しよう。 

 秘めた心理を、ヒーローになる夢を。

 ──弓を杖のように掲げると、茶色く発光した。


「直進する力を創造──ベクトル向きは垂直方向──飛行!」


 ──ガチャンッと機械音が鳴り

   ブウゥン──と電子音が鳴る

   俺の頭上に土色のサークルが出現。


 そして痛いくらい冷たかった氷の地を蹴り上げた。

 ──サークルをくぐった瞬間、数秒で百メートルほどを飛翔。

 いまの俺は陸上選手の世界記録よりも速い、しかもこの弓を使えば空も飛ぶことができる。使い方によっては戦えそうだ。

 ……でもなんか、真っ直ぐにしか飛べん。


「直進する力──ベクトル向きは水平方向──飛行!」

 

 ……曲がった。そうか、これなら俺でも使いこなせる。

 少女が黒色のサークルを盾にして鳥と戦っているんだ。

 鳥、いやドラゴンと言っていたな。


 なぜかドラゴンは原始的な戦闘法、体当たりをしている。

 激しい激突音が鳴るその場所へ、でも恐怖は感じない。

 なぜなら、あの子を助けることがヒーローだからだ。

 俺の心がそう言っている──弓を構えた。


───なぜなら今の俺は。


「スーパーヒーロー、〝ボウ・マン〟だからだ!!

 これ仕込んだ神まじ許さん、大事なことだから2回言った。

 弓道部をなめるなよ、鳥みたいなドラゴン!!」 


 俺は高度テクノロジーで改造されたような和弓を両手で握る。

 そして杖のように掲げ、建築用語を連発した───。


 * * *

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