第66話レ・サン・キュロッティード⑥・庶民の晩餐会

 あっという間に鍋は空になって晩餐は終了。外はすっかり暗くなっていた。それでも間違いなくオルレアン邸での食事より早く食べ終わったと思う。毎回思うけれど貴族の格式ばった食事って無駄に長く時間取られるのよね。

 それでもまだ成人していないご令嬢が社交会でもないのに夜間外出しっぱなしなのはまずい。くどいようだけれど夜は王都とは言え治安が悪化するから。まだわたしの妹達と遊んでいるようだけれどお開きにしていただかないと。


「サビーネ様、そろそろオルレアン邸にお戻りになられないと。わたしばかりでなくサビーネ様方が旦那様や奥様に叱られてしまいます」

「そうね。心配させてはまずいわね。カトリーヌ、馬車を手配なさい」

「既に準備は出来ております。ニコレットさんとティファニーさんがお待ちです」

「嘘。いつの間に?」


 種明かしすると食事が終わったと同時に大通りに面した窓辺に立ってこちらを監視するニコレットさん達に合図を送っただけよ。サビーネ様方が食後で寛いでいる間にティファニーさんが御者を務める馬車が家の前まで来てもらう手筈になっている。

 わたしの促しを丁度重なるように玄関のドアノッカーが叩かれる音が響き渡った。わたしが扉まで近づいて相手の声を確認、鎖を外して閂を抜いた。玄関の先で待ち構えていたのはニコレットさんとティファニーさんだった。


「お嬢様。お時間になります。そろそろ戻って頂かないと奥様が何と言われるか」

「わ、分かったわよ。すぐに行くわ」


 サビーネ様とマリリン様は今日のお祭りで購入した品物を包んだ布袋を二人に侍女に持たせる。ニコレットさんがこれは何ですかとわたしを睨んでくるのだけれど、わたしは苦笑いをしてごまかすのが精一杯だ。だって批難されても困る。

 今日一日を通じてサビーネ様方御姉妹はわたしの妹達と随分仲良くなったみたいだ。お別れの時間になってもそれぞれで喋っているし。ニコレットさんが困った様子で二人を馬車へと誘導していく。馬車に乗り込んでも窓を開けて四人は言葉を交わし続けるものだから最終的にニコレットさんが軽くご令嬢方を叱っていた。


「カトリーヌ!」

「はい、何でしょう?」

「また来るわ。今日は楽しかったわよ」


 いざ出発、って最中にサビーネ様からそのように言われた。馬車が遠ざかるのを家族みんなで見届ける。まさかご満足どころか次の機会を貰うなんて思ってもいなかったから軽く驚いてしまう。そんなわたしを余所にジスレーヌとロクサーヌが一番別れを惜しんでいた。

 ジャンヌの妹様方とわたしの妹達。本来住む世界や課せられた義務が全然違い、接点も無かった四人が最後には打ち解けた。それがわたしにはたまらなく嬉しく思えたし、これからもああした関係が続けばなあって願う。

 そう、まるで本当の姉妹のように。


 ■■■


 ――って一日が締め括られていたら良かった。

 けれどあいにくわたしはどうしても今日中にやっておきたい事があった。


 わたしがいる真っ暗闇の部屋の中に扉を勢いよく開け放って入ってきたのはクロードさんだった。彼女は姿を見せるなりこちらに向けて手にした剣を投擲しようとして、侵入者がわたしだって気付いて思い留まったみたいだ。


「……カトリーヌさん。まずは言い分を聞きましょう。それ次第では厳罰も辞しません」

「今日中にジャンヌに話しておきたい事が出来ました。二人きりの時間を頂いても?」

「だ、そうですが如何なさいます?」

「非番なのにこんな夜間に私の部屋に無断で潜むなんてね」


 わたしは魔法を使ってオルレアン邸のジャンヌの部屋に忍び込んでジャンヌの帰りを待っていた。誰かがいると察知したクロードさんが侵入者を排除しようと動き、今に至ると。クロードさんは部屋の照明に灯りをともしていき、ジャンヌは微笑を湛えたままわたしの傍の椅子に座る。


「それでカトリーヌ。何の用かしら? よほどの事態でも?」

「悪いけれど今回ばかりはクロードさんにも聞かれたくない。ジャンヌがクロードさんに話す分には構わないけれど、まずは聞いてもらって判断して欲しいの」

「……ですって。部屋を明るくし終えたら一旦退室してもらえる?」

「畏まりました」


 クロードさんはわたしに不満一つ漏らさずに淡々と明かりを灯して、ジャンヌを部屋着に着替えさせ、恭しく一礼してから部屋を後にした。クロードさんは信用が置けるし信頼出来るのは重々承知しているけれど、こればかりは荷が重い。


「今日、わたしは神様と会ってきたの」

「……は?」


 まず最初に結言から語ったらジャンヌから間の抜けた反応を返された。

 とりあえずわたしは今日の出来事を掻い摘んで説明した。特に大聖堂での神様との邂逅を重点的に。創造神ソレーヌの降臨まで喋るとジャンヌの顔から笑みが消えて険しくなってくる。最後まで説明を終えると彼女は冷え切った眼差しでわたしを見据えていた。


「彼女は本当に創造神ソレーヌだったの?」

「それは間違いない、と思う……多分」


 それを聞かれるとイマイチ自信が無い。一応『双子座』で設定されたソレーヌの姿と声をさせていたけれど、この世界でも共通なのかどうか。少なくとも万物を創造した女神であっても不思議じゃあない佇まいだった、としか言えない。


「じゃあそのソレーヌが言っていた創造神の子って誰?」

「わたしの憶測でしかないけれど……多分ジャンヌを指すと思う」


 神の子の定義は三つ。一つは神様の姿形を模して創造された人間全体。もう一つは神様から人類を導くべく天啓を与えられた聖者。最後は神様の奇蹟を宿して生を受けた光の申し子。神様の言い方だと特定の人物を指すようだったから、わたしが思いつくのは光を宿すジャンヌぐらいだった。

 神様がジャンヌに救いを願う? しかもわたしに? 理解が追い付かない……って言いたかったけれど、わたしだからこそ神様が選んできたに違いない。しかもメインヒロインに脚本家としての知識と経験を上書きするとんでもない改変をしてきて。


「で、カトリーヌ。聞いていいかしら?」

「……いいよ。いつか話さなきゃいけなかったのが今日になっただけだから」

「――どうして創造神から母って呼ばれたの?」


 最後まで黙っていようとも考えた。今までもごまかせていたから。けれどもう嫌だ。ジャンヌがわたしに全て打ち明けたようにわたしもまたジャンヌに全て曝け出そう。その結果ジャンヌから恨まれても憎まれても全部受け止めるわ。


「それは、私が前回の人生でメインヒロインと悪役令嬢の物語を創造したから」


 だって、それが悪役令嬢を破滅させた創造主としての責任でしょう?


 わたしはジャンヌに洗いざらい喋った。わたしが以前私の頃は物書きだった事。メインヒロインと悪役令嬢が織り成す幾つもの物語を綴って一つの作品にした事。そして悪役令嬢はどう足掻いても救いが無い事。ジャンヌと初めて出会った時に全てを思い出した事。そして私の悲願、とか。

 ジャンヌはその間黙って聞いてくれた。滑稽無双だと笑わなかったし馬鹿にしているのかと怒らなかった。粗方の説明を終えてもジャンヌはわたしを批難しようとしなかった。ある意味ジャンヌが断罪と破滅を繰り返すのは私のせいなのに、よ。


「じゃあ今の私もカトリーヌの筋書き通りなのかしら?」

「いえ、もう大きく外れているかな。お母様とアルテュール様がその最たる例だと思う」


 もう今は『双子座』のどのルートとも合わない。ジャンヌとわたしとで悉くひっくり返してしまったから。もうここまで来るとどう転ぶかは見当もつかない。断罪へと収束する懸念を少しでも払拭したいから二学期からも脱線しまくるつもりではいるけれど。

 あえて断言するとしたら……そうね。もうジャンヌもわたしも創造主の筆の上じゃあない、かな。


「じゃあ貴女はメインヒロイン? それとも創造主? どちらなの?」

「どちらでもないよ。ジャンヌが悪役令嬢でなくなったのと同じだから」


 だからハッキリ言える。わたしはメインヒロインには当てはまらないし、もう創造主だった私でもなくなった。わたしはわたし、今を生きるただのカトリーヌなんだから――!


「それじゃあ駄目かな?」


 ジャンヌはしばらく黙ったままわたしを見つめていたけれど、不意に普段通りの、けれどどこかほのかに満足げな微笑を浮かべる。

「ふふっ。私好みの答えよ」


 私を追求する剣幕は鳴りを潜める。ジャンヌは元の優雅さと余裕を兼ね備えた公爵令嬢に戻っていた。


「そうよね、カトリーヌがメインヒロインだとか創造主だとかそんなつまらない存在の筈がないもの」

「うーん、さすがにつまらないって一蹴するのもどうか――」

「カトリーヌはカトリーヌ。私の半身でしょう?」


 ジャンヌはわたしの頬に手を添えてじっと見つめてくる。わたしと同じ顔をさせたジャンヌの瞳がジャンヌと同じ顔をしたわたしを写す。夜で静かだからか、ジャンヌの息吹がはっきりと聞こえるようだった。

 まるで合わせ鏡、って春先から思っていた。でもここ最近わたしとジャンヌはより近寄っている気がする。単に双子だからじゃあなくてわたしとジャンヌの境界が曖昧になっているんだ。たまに今目の前にいるのが本当はメインヒロインでは、と錯覚を覚えるぐらいに。


「半、身……?」

「そうよ。過去も育ちもどうだっていいの。だって私達は今こんなに分かり合えるぐらい傍にいるんですもの。カトリーヌはそう思ってくれないの?」

「ジャンヌ……うん。そうだね」


 目の前のジャンヌが微笑む。わたしも笑みが浮かぶ。絡み合った両の手は決してほどけず、お互いの温かさを伝え合った。

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