第65話レ・サン・キュロッティード⑤・創造神
降臨した創造神はわたしの前に降り立つと跪いて頭を垂れた。わたしは全く状況を理解できずに疑問が浮かぶばかり。時を止めた人だかりに囲まれたわたしは姿勢を変える事も出来ずにただ神様を見つめるしかなかった。
言いたい事は沢山あった。私にメインヒロインの役柄を与えたのは貴女か、ジャンヌに幾度となく断罪と破滅を味わわせるのはお前か。その目的は何だ、今姿を見せたのは何の為だ、ここはそもそも本当に『双子座』に準じて現実化された世界なのか、などなど。
ようやく少し冷静になれたわたしが口を開こうとした直前、神様は面を上げた。どんな美女だって有象無象に貶めるぐらいの美貌は悲しみに満ち溢れていて、わたしに向ける眼差しは希望を求めて親に縋る子のように思えてならなかった。
「お母様……」
神様は確かにわたしをそう呼んだ。
お母様、お母様ですって……!? わたしが? 神様の?
それでようやくわたしは色々と察した。彼女は別にわたしにもメインヒロインにも会いに来たわけじゃあない。彼女を生み出した私に救いを願っているんだ。そしてわたしが私の知識と経験を得ている事を知っているなら、もしかして神様が私をここに導いたのか?
「どうか私の子に救いを――」
涙をこぼす神様の御身が光り輝く。あまりに眩いから手を自分の目の前に持ってくると、直後には光は収まった。すると今まで途切れていた周囲の音が映像機器を再生したみたいに鳴り始めた。手を退けた私の視界に移る祭壇にはもう誰の姿も無かった。
「姉さん、どうかしたの?」
「ちょっとカトリーヌ、何をぐずぐずしているのよ。早く行くわよ」
「え、ええ……そうですね……」
わたしは今起こった出来事を現実だったって信じられず、ただ茫然としながらその場を後にするしかなかった。
■■■
その後も妹達やサビーネ様方と建国節のお祭りを見て回ったのだけれど、脳裏からは神様との邂逅がどうしても離れなかった。ロクサーヌから心ここにあらずだよって指摘されても曖昧な返事しか返せなかったものだから、相当な衝撃だったみたいね。
夕方になったのでさすがにサビーネ様方をこれ以上徘徊させるわけにいかないって判断したわたしはまずお二方をオルレアン邸まで送り届けると申し出た。ところがサビーネ様はむしろわたしの家を案内しなさいよって言って聞かなかった。
「へえ、中々良い所に住んでるじゃないの」
「最近引っ越ししましたので。全てはオルレアン家より受け取っている賃金のおかげです」
「あらそう、精々オルレアン家に感謝してこれからも一層奉仕に励む事に」
「畏まりました、お嬢様」
さすがに公爵令嬢お二人を招いたらお父さんもお母さんも酷く驚いてしまった。普通はそうだよなあなんてどこか他人事のように思いながらも家を案内する。これで満足したと思いきや、サビーネ様は夕食もここで取っていくと仰ってきましたよ。
「サビーネ様、うちには公爵家のご令嬢に出せるような料理は作れません」
「そんなの気にしなくたっていいわよ。あたしが好奇心で食べたいって言っているんだから、普段通りになさい」
「……ではそのように」
どの道客人を招く予定が全く無かったから食材が足りない。保存が効かない食品の買い出しをすべく家を出たわたしは、ふと思い至ってまだ人通りの多い街道の只中でとある手振りをさせた。すると通行人の中から二名ほど女性がこちらへと歩み寄ってくる。
「お疲れ様ですニコレットさん、ティファニーさん」
二人ともわたしの同僚で、共にオルレアン公爵家に使える使用人だった。ニコレットさんはサビーネ様付きの侍女でティファニーさんはマリリン様付きの侍女。二人ともお忍びで街へ繰り出したご令嬢方を密かに護衛していたんだ。とは言えわたし自身は彼女達の姿を目撃したわけでも気配を感じたわけでもない。多分いるだろうなあと思ってオルレアン家メイド独自の合図を送ったら案の定姿を現したわけだ。
わたしが一礼すると二人ともお辞儀をする。
「ご苦労様ですカトリーヌさん。お嬢様は?」
「それがわたしの家で夕食を取りたいと言い出しまして……」
「……お嬢様の気まぐれはいつもの事ですから今更驚きません。ティファニーさん、お屋敷に戻り旦那様と奥様にご報告を」
「分かった、そうする」
ティファニーさんはカーテシーをさせるなり駆け出し、大通りを走っていた乗合馬車にその身体を滑らせた。ティファニーさんを見届けたニコレットさんは再びわたしへ向き直り、その目を鋭くさせる。ニコレットさんったら生真面目だから叱られないか内心戦々恐々だったりする。
「カトリーヌさん。言っておきますがお嬢様に粗末な料理をお出しするようでしたら……」
「失礼に当たらないよう最善を尽くします」
「では私めは引き続き遠くよりお嬢様を警護いたしますので、くれぐれも粗相の無いよう――」
「何でしたらニコレットさんも食べていきます?」
「お断り……もとい、遠慮いたします。私めとお嬢様は貴女とジャンヌお嬢様のような間柄ではございません。自分の身を弁えておりますもの」
「批難はジャンヌにお願いします。彼女が望むよう振舞うだけですので」
互いに一礼してニコレットさんは持ち場に戻り、わたしは市場に駆けていく。
さすがに祭りの最中でも日々の生活が変わるわけでもないので市場は賑わっていた。わたしは顔なじみのお店で適当に食材を買っていく。会話を交わすんだけれどみんなしてわたしを美人になったなあって褒めてくるのよね。ジャンヌに似てくればそりゃそうかと言わざるを得ない。
家に戻るとサビーネ様とマリリン様はジスレーヌとロクサーヌと一緒に遊んでいた。わたしが休日中にジスレーヌ達に教えた私世界の盤上遊戯とかにはまっているみたい。余談だけれど最近教えたわたしがロクサーヌに勝てなくなっているのよねえ畜生。
「ねえカトリーヌ。これ遊び方広めちゃっていいかしら?」
「構いませんがあまり公にしていただかない方が助かります」
「どうして? いいじゃないの、きっと商品として売り出せば流行るわよ」
「少し事情があるんです。どうしてもと仰られるなら来年の春以降であれば」
「何よそれ。まあいいわ、広めるにもあたし自身がやれるようになっておきたいし」
チェスやバックギャモン、マンカラ、ナイン・メンズ・モリスはまだいい。『双子座』世界でも広まっている筈だし。オセロは非常に困る。確か考案されてから五十年も経っていないから。ブロック積みは……どうだろう? アレの歴史知らないのよねえ。
まあいい。わたしは夕飯の支度を手伝わないと。ただでさえ六人家族で大所帯なのに更に二人増えているんだから多量に作らないといけない。お母さんばかりに苦労は掛けられないし。わたしは姉妹の部屋を後にして台所に向かう。
「手伝うよお母さん」
「ああ、悪いね。じゃあその肉切ってもらえる?」
「うん分かった」
大人数の場合は一品料理を沢山作るんじゃあなくて鍋料理に限る。ジャンヌがこの間行ったばかりのマッシリアならブイヤベースなんだろうけれど、王都はポトフの方が主流なのだ。コショウが超が付く高級品だから塩しか使えないのは痛いけれど。
ぐつぐつ煮えたぎる鍋ごとテーブルに持っていき、個人個人の受け皿に分けていく。もうすぐ夕ご飯だって呼び寄せたサビーネ様とマリリン様が目を丸くされていた。はて、ポトフは一般的な家庭料理だからオルレアン邸でも出されている筈だけれど。
「どうかなさいましたか?」
「あ、ううん。何でもないわよ」
あー、言いたい事は何となく分かる。貴族の方々が取る料理って味は元より芸術性や気品すら求められるから。晩餐は基本フルコースを想像すれば合っていると思う。オルレアン公爵家は財政面で裕福だからその辺り妥協しないだろうし。肉ないしは魚料理の前に出すスープの意味合いが強いポトフを肉野菜全部煮込んで主食にしていないのか。
いや、これでも奮発したんですよ? 普段ならソーセージを入れてお終いな所を牛肉まで入れているし。一昔前だったら絶対にしなかった贅沢っぷりだ。まあ、サビーネ様にはかえって雑多に見えてしまうかもしれないのは否定できないわね。
神に祈りを捧げてから食事を始める。マリリン様が大変驚いていたのはわたし達家族間で会話が全く途切れない事だった。今日の話題は建国節の祭りについて。どこそこに行ってどの演目が楽しかった、とかを各々が披露していくんだ。
「マリリン様、皿をこちらに。お注ぎします」
「あ……うん。お願い」
最初は黙って聞いていたマリリン様もロクサーヌから話題を振られると徐々に口数も増えていった。サビーネ様は始めこそ庶民の食卓であってもテーブルマナーを厳守していた。でもマリリン様が楽しそうに会話に加わるのを見て我慢出来なくなったのか、次第に会話に加わっていった。
和やかな、和気藹々とした食卓。サビーネ様はどこか羨望が滲む眼差しを送っていた。
「これが庶民の食事風景、か。まあ……悪くないわね」
サビーネ様の独り言がどうしてか最大限の賛辞に聞こえてしまい、思わず顔がほころんだ。
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