第64話レ・サン・キュロッティード④・大聖堂

 創造神ソレーヌ。

 神は六日間で天地創造を成し遂げ七日目で休息した。そして選ばれし聖者達に神の子である人々を導けと使命を与えた。ただしソレーヌは人々が生きる指針だとか教訓は伝えなかった。あくまで人を導くのは人自身だから。その在り方は母のようだとされた。

 そんな感じなので教典に記載される人々への戒めはソレーヌから天啓を授かった聖者が定めたものらしい。それでも今の時代まで続く宗教になったんだから他の教えと比較してもよほど人々の救いになる教えだったんでしょうね。


 そんな創造神の偉大さを視覚化したいのか、村や町に点在する教会はわりと豪奢に作られがちになる。ステンドグラスやらパイプオルガンやら天井絵画やらで人々を圧倒た上で聖者の教えを伝えていく。布教に欠かせない舞台装置って言い換えていいかしら?

 王国の中枢である王都に築かれる大聖堂はその中でも権威の象徴でしょうね。普段はソレーヌを信仰する教徒しか入れないけれど、建国節だけは一般公開される。普段の生活ではまずお目に描かれない別世界が見れるとあって毎年大賑わいを見せているんだとか。


「サビーネ様。物凄く混んでいますし、さすがにお止めになりませんか?」

「はあ? 何を言っているのよ。折角ここまで足を運んだのに馬鹿じゃないの?」


 わたしの進言を一蹴したサビーネ様だったけれど、さすがに凄まじい長さの行列を目の当たりにして顔が引きつっていらっしゃった。わたしを見つめてくるロクサーヌの瞳が訴えてくる。別の所に移動しようとって。

 わたしは私の経験、夏と冬に開かれる某薄い本イベントを参考に人の列をざっと数えた上で待ち時間を計算する。……連休中での某夢の国の大人気アトラクションと同等かな? もしこの場がジスレーヌとロクサーヌとの三人だった真っ先に選択肢から除外していたと思う。


「おそらく長時間並ぶ破目になると思われますが……」

「じゃあカトリーヌだけ並びなさいよ。そろそろ入場出来るって頃になったら呼びなさい」

「今日のわたしは非番なのですが?」

「今日のカトリーヌって本当に言う事聞かないのね」


 列に並んでいる間は友達と雑談するから暇つぶしも楽しいんであって、何が悲しくて一人で寂しく待っていないといけないのよ。例え本とか携帯ゲーム機を持っていたってごめんね。ましてやジスレーヌとロクサーヌをどこに連れていくつもりなのかしらね、こちらのお嬢様は。

 とは言えこのまま諦めるのはまだ早い。例えば裏技を考えるとしたら人を雇って代わりに並んでもらとかどうかしら? 勿論わたしはびた一文払う気なんて無い。それに同じ手を使う輩は少なからずいるだろうから費用も高騰していそうだし。


「じゃあどうにかして優先的に入れる方法考えなさいよ」

「そこまで仰るのであればあちらをご覧ください」


 まだ諦めきれないサビーネ様へわたしが指し示したのは大聖堂の入口付近だ。多くの一般大衆が作る列と満足そうな様子で出てくる人達、それから行列を待たせておきながら大聖堂内へと通される人達、計三種類の人の流れが出来ている。


「ねえカトリーヌ。どうしてあの者達は優先的に通されるの?」

「噂でしかありませんが教会に多く寄付している者が先に案内されるらしいですね。並んでいる人達からすると割り込みでしかないのでたまったものではありませんけれど」

「じゃああたしも教会に恵んだら通してもらえるのかしら?」

「恐れながら申し上げると、お子様でどうにか出来る金額ではないかと」

「……そうみたいね」


 意外にもサビーネ様は素直に無理を認めてくださった。優先される人々の洗練された身なりと物腰から察するに名のある富豪や大商人、貴族が大半を占めているようだから。オルレアン公爵令嬢として訪問しているならまだしもサビーネ様もマリリン様もお忍びのようだし。

 諦めて他の場所に行きましょう、と言おうとしてお二方の様子に言葉を紡げなかった。サビーネ様は悔しそうに大勢の人だかりを見つめ、マリリン様は何とか出来ないのかってわたしに希望を託すよう瞳を潤ませていた。


 ううむ、『双子座』の場合は攻略対象がメインヒロインを伴ってさっさと入れてしまうから全く参考にならないのよね。かと言って今の状況だと大人しく並ぶ以外に手段は無い。悩んでいたって状況が改善される訳じゃあないし。

 あーあ、数日間のうちたった一日だけって割り切るしかないかー。


「仕方がありません、不本意ですがわたしが並んで――」

「もし、そこのご令嬢方」

「えっ? あ、はい」


 思考を巡らせていたら不意に声をかけられた。わりと素っ頓狂な返事を返して見上げた先にいたのは黒い修道服に身を包んだ初老の男性だった。わたしが深く被った帽子の庇を上げると男性は朗らかな笑みを浮かべてきた。


「やはりジャンヌ様であられましたか。本日はこちらへお越しくださりありがとうございます」

「えっ? いや、わたしはジャンヌでは……」

「ちょっとそこのお前。急に声をかけてきた挙句に名乗りもしないなんて無礼でしょうよ」


 どうやらジャンヌと顔見知りらしいけれどわたしの記憶には無い。勘違いを正そうとしたらサビーネ様が言葉を割り込ませてきた。大変失礼しましたと男性は目の前の教会に務める神父だと自己紹介する。王宮にもお祈りのために頻繁に足を運んでいるらしい。

 サビーネ様は優雅に堂々と名を名乗り、マリリン様を妹、ジスレーヌとロクサーヌをオルレアンで召し抱える侍女の家族だと紹介する。なおわたしについては何も言わなかった。勝手にジャンヌだって思い違いさせたままにするつもりらしい。


「オルレアン家からは長年多額の援助を頂いており感謝してもしきれません。その御恩をわずかに返せるのであれば優先的に大聖堂へ案内させますが、如何でしょう?」

「是非そうして頂戴。あんな多くの者共と長く時間を一緒にするなんてうんざりだもの」

「つきましては今後とも教会をよろしくお願いいたしますと公爵閣下にお伝えいただければ」

「ええ伝えてあげるわよ。仕事へ相応に報いるのも貴族の義務だもの」


 サビーネ様は単に家柄を笠に着るばかりではなくその生まれの責務も背負って当然だと受け止めていらっしゃるようだ。マリリン様が勝手にオルレアン家の名を出したらまずいんじゃあないかって心配していたけれど、サビーネ様はオルレアン家の者として堂々としなさいと逆に叱っていた。


「うわぁ……」


 一般市民に先駆けて大聖堂へと通されたわたし達の視界に厳かな内装が飛び込んでくる。噂では聞いていたけれどステンドグラスやイコン、天井絵画や照明器具等随所で嗜好を凝らしていて、わたしはただただその壮大さに圧倒された。

 普段は神へお祈りを捧げる場も今日ばかりは大いに賑わいを見せていた。祭壇の前では誰もが祈りを捧げているようで多くの人が密集している。普段は世俗より隔離された空間を演出するこの場は観光名所に成り下がって……は言い方が悪かったわね。


「姉さんは主にどんな祈りを捧げるの?」

「みんなの幸せ、なんてどうかな?」

「私は家族の健康かな。何か願いがあれば自分で叶えたいし」


 ちなみに私視点で言わせてもらうと神に祈りを捧げたからって神がその者の願いを聞き届けるなんて滅多にしない。その慈悲を子に向けるとしたら神の名が偽られて罪深い所業がされる場合や自然の摂理ではどうしても救いがもたらされない場合に限ってになる。

 なお、『双子座』本編だと神様の出番は全くありません。舞台裏の小コーナーで解説するとかゲームオーバー時にヒントをくれるとかの役回りになるのよね。ある意味私達製作陣にとっては一番身近な存在だとも言えるかしら。


 そんな事情を知ってしまったわたしが神様に祈りを捧げる、ねえ。親が子に何か恵んでって言うようなものだから凄く気が引けるんだけれど。とは言えわたしは『双子座』の世界を創造した私じゃあなく、今この世界を生きる一介の娘に過ぎない。なら少しは頼ってもいいよね?


 決して少なくない時間を待ってわたし達はようやく祭壇の前に辿り着いた。手を組んで目を瞑り、これまでの日々への感謝と祈りとして捧げる。その上でこれからもどうかわたし達を災厄から守りたまえと願いを込める。


「どうか悪役令嬢のジャンヌに幸せを」


 それは創造神を誕生させた私にも叶えられなかった願い。そんな無茶を神様に押し付けようなんて思っていない。これは私の、そしてわたしの決意なんだ。必ずジャンヌを悪役令嬢から解き放って幸せにしてみせる、って。


 ――直後、時が止まった。

 比喩ではなく文字通りに。


「えっ……?」


 わたしが祈りを終えて辺りを見渡してみたら誰もが動きを止めていた。微動だにしない。隣にいるジスレーヌもサビーネ様も、ロクサーヌもマリリン様もだ。不自然な体勢で固まる人もいたし照明の蝋燭の火も全く動こうとしない。音もわたしの吐息と鼓動がうるさく感じるぐらい。

 何が起こったんだと驚き戸惑うばかりのわたしを更に驚かせる現象が起こる。祭壇に掲げられた聖者の像より上、神の後光を示す淡く黄色に染まった丸い硝子窓から強烈な光が大聖堂へと注ぎ込まれる。眩さに目を奪われたわたしは思わず手で目元を覆った。


 光と共に、その存在は降臨した。


 その者の纏いし衣は純白か、金色か、はたまたは白銀か。その者の長き髪も黄金と白を混ぜ合わせた様に輝き、肌はほのかに紅色に染まる白。しかし眼下のわたし達を見つめるその瞳は海を思わせる程深く青い。浮かべる微笑みはどんな名画や彫刻も色褪せる程に慈悲深く優しかった。


「創造神、ソレーヌ……」


 決して表舞台に姿を現さない筈の神様が今わたしの前に降り立った。

 そして、あろうことか彼女は次にはわたしの前に跪いたんだ。

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