第63話レ・サン・キュロッティード③・ただの家名なし

「な……何よ何よ! うちが雇っている使用人の分際であたしの命令に逆らうってどういう事よ!」


 わたしが姉の公爵令嬢ジャンヌではなくただの使用人カトリーヌだってようやく分かったサビーネ様は声を張り上げてわたしを批難する。いくら賑やかな広場の中でもさすがに人の注意を引いてしまうわね。


「ちょっとカトリーヌ聞いてるの!? そこに跪きなさい!」

「サビーネ様。先ほども申し上げましたが折角妹様が楽しまれているのに興を削ぐご命令を下すのはいかがなものかと」

「この……っ! お前なんかクビよ! お母様に言いつけてやるんだから!」

「あいにくジゼル奥様がそうなさろうと旦那様とエルマントルド奥様がお許しになりませんよ。高貴な生まれだからと何でも思い通りにいくと思ったなら大間違いですので」


 ううむ、サビーネ様は少なくともロクサーヌよりは年上の筈なのになあ。旦那様もジゼル奥様も些細なお願いなら叶えるかもしれないけれど、決して娘の我儘を全て実現させるような親馬鹿じゃあない。誇り高き公爵令嬢として相応しくない振る舞いを許しはしないと思う。

 とは言え、どんな形であれ先に頼んできたのはサビーネ様。彼女を蔑ろにしてマリリン様を背負ったのは嫌がらせの意味合いもある。さすがにこれ以上の突き放しは悪意でしかない。……仕方がないから少しわたしの真実の一端を密かに披露してしまおう。


「サビーネ様、とりあえずそこで立っていてもらえますか?」

「ふ、ふん。ようやく素直に従う気になったようね。このあたしの命令を直々に受ける事を光栄に――」

「喋っていると舌を噛みますよ」

「思い……うわわっ!?」


 機嫌を少し良くしたサビーネ様の身体が突然持ち上げられた。体勢を崩しそうになったサビーネ様は何とか堪えて自分を安定させた。彼女の目線はわたしよりも高くなって大体大人の男の人と同じになる。さすがにロクサーヌとマリリン様ぐらい高くすると後ろの人の邪魔になるし、この辺が限界か。


「い、一体何が?」

「足元は見ないでください。魔法が切れてしまうので」

「ま、魔法?」

「そうです。魔法で足場を準備したと思っていただければ」

「そ、そう。分かったわ」


 彼女は思わず自分の足元を見ようとしたのを先手を打って阻む。今は観衆が多くいて足元がほぼ影で埋まっているからごまかせているけれど、さすがに足元を凝視されたら一発で何をしたかが分かってしまうもの。

 わたしは影を操作してサビーネ様を下から持ち上げているんだ。彼女からしたらいきなり地面が盛り上がったように感じただろう。まだサビーネ様がわたしが闇の担い手だって知るのは早い。今は正体不明の原理で視界を上げていてください。


「あのぉ、カトリーヌ?」

「はい、何でしょうかマリリン様?」

「重くはない、ですか?」

「大丈夫ですよ。一応それなりに力はある方ですから」


 真っ赤な嘘だ。純粋な体力でロクサーヌを支えるジスレーヌと違ってわたしはインチキを噛ましている。影を固定する事でその影の主の動作を制限する魔法。私風に言うなら影縫いのちょっとした応用でわたし自身の姿勢を固定しているんだ。壁に寄りかかるより楽しているのよね。

 わたし達が見ている芸人が一芸を終えた所でロクサーヌとマリリン様が視線を合わせた。と言うかジスレーヌもマリリン様とサビーネ様が気になる様子だし、サビーネ様も眉をひそめて妹達に視線を向けている。


「それでカトリーヌ、彼女達は誰? どうしてお前と一緒にいるの?」

「その……初めまして」


 と口にしたのはジャンヌの妹であるサビーネ様とマリリン様。


「姉さん、この子達は誰なの?」

「あの、お姉ちゃん。この人達は……?」


 と言葉を発するのはわたしの妹であるジスレーヌとロクサーヌ。


 あー、まずはお互いを紹介する所から始めるとしようか。


 ■■■


「マリリン様とはあまり親しくしていませんでしたが、あんなにも元気溌剌な方だったんですね」

「あたしもあんなにはしゃぐマリリンを見るのは久しぶりかしらね」


 結局わたし達とサビーネ様方は今日一日一緒に祭りを見て回る事になった。と言うのも年齢がとても近いロクサーヌとマリリン様がすぐに仲良くなったおかげでわたし達が何も言えなくなったからだったりする。


 今も目的地に向かいながら二人はわたし達の前で楽しく露店の食べ物を買い食いしていた。 公爵家で大切に育てられたマリリン様にとっては街中の全てが新鮮らしく、露店のどの品にも目を輝かせていた。ロクサーヌはそれを一つ一つ自慢げに説明していき、マリリン様が「凄い」と尊敬の眼差しを向けていた。

 あれ、確かマリリン様の方が年上だったような気がしたんだけれど、こう見ているとロクサーヌの方がちょっと背伸びしたお姉ちゃんっぽく見える。ロクサーヌったら末っ子だから弟か妹が欲しかったんだろうなあ。


 わたしが微笑ましく二人の少女を見つめていたのとは対照的に、ジスレーヌはどこか浮かない顔をさせて二人を眺めていた。どうしたの、と伺ってみたのだけれど何か思考を巡らせているらしく反応が無い。


「……やっぱり、マリリンの方が姉さんに似てる」


 口を開いたかと思えばそんな不穏な言葉を漏らしてきたんですが。


「あら、それを言うならお前達姉妹って似ていないのね」


 しかもその独り言をサビーネ様は聞き逃さなかったらしく、追撃を加えてきた。売り言葉と捉えたのかジスレーヌがサビーネ様を恨み骨髄で睨みつけ、サビーネ様が堂々とした様子で簡単に釣られた妹を嘲笑う仕草を見せる。


「ジスレーヌ。わたしとマリリン様が似ていてもおかしくないでしょう。アレだけわたしとそっくりだったジャンヌの妹なんだもの」

「……っ。そう、ね」

「サビーネ様。わたしは養子なので妹達と血の繋がりはありませんよ」

「養子?」

「……養子!?」


 養子って単語にいち早く反応を示したのはジスレーヌだった。……思い返せば妹達にわたしの事情を打ち明けていなかった。まさかお母さん達も黙っていたとか? ジスレーヌにとっては今までの世界が打ち砕かれた感覚なのか、愕然としていた。

 一方のサビーネ様もその単語の重みに何か思い当たったらしい。わたしの生みの親が他にいるならそれは誰か? わたしはただ生意気にもオルレアン家の長女と偶然瓜二つなだけか? どうしてエルマントルド奥様がお母様と呼ばせる? 旦那様が仕事場でわたしを従える? そして何よりジャンヌとわたしは手を取り合っている? それらが一本の線で結びついて答えにたどり着いたのかしら?


「そんな……姉さんが姉さんじゃあ、ない……?」

「嘘……じゃあお前は……じゃない、貴女はまさか……」

「残念だけど真実はそんな深刻じゃあないよ」


 わたしはわたしを挟んでいた二人の妹達の頭を少し乱暴に撫でる。ジスレーヌは驚きを露わにしてサビーネ様は髪が乱れると非難する。


「わたしはただのカトリーヌ。それ以上でもそれ以下でもないもの」


 うん、これまで色々とあったけれどこれだけは今でも断言出来る。この骨子さえ揺るがなければわたしはひた走れる。わたしが笑顔で頷いてみせると、ジスレーヌの表情が和らいで、逆にサビーネ様は少し不機嫌そうに目を逸らした。


「姉さん……。うん、やっぱり姉さんは姉さんだね」

「……ふんっ。だったらそれらしく振舞いなさいよね。生意気よ」


 んー、妹が増えた気分。ジャンヌに打ち明けたら「いえ実際に妹でしょうよ」って言われてお終いでしょうね。むしろ「そっちだけ不公平よ。なら私にもジスレーヌ達との時間作って頂戴」って言われるかもしれない。

 何にせよ今まで近くて遠かったジャンヌの妹達に少しは近づけた。そんな気分がした。


「ところでサビーネ様。これからどちらへ?」

「ん? もう言わなくても見えているでしょうよ」


 ところでこの一行、実はサビーネ様の案内で動いている。ただ単に三人で見て回ろうって漠然とした計画しか立てていなかったわたし達に呆れたサビーネ様とマリリン様が付いていらっしゃいとわたし達を連れ回しているんだ。

 ここから見える場所が目的地……。王都の中心でそびえ立つ宮殿と王都に時を知らせる鐘を設けた塔ぐらいで……とまで考えてようやく気付いた。そうだ、大鐘の塔は基本的に各教会に設けられるもので、王都に点在する中でも一際目立つほどそびえる塔の下には……。


「一般公開されている大聖堂に行くの」


 この世界を作ったとされる創造神を崇め奉る教会、その中でも王国内総本山がある。

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