第62話レ・サン・キュロッティード②・四人の妹

 いよいよ始まった建国節のお祭り。まず開会とばかりに国王陛下が王宮前の広場に集った民衆に向けて色々と述べたらしい。別に有難いお言葉とかどうでも良かったし人ごみに紛れるなんて酔狂だと考えるわたしは聞いていないけれど。


「お待たせ姉さん」

「ごめんお姉ちゃん、遅れちゃった」

「ううん、わたしに構わずゆっくり身支度してくれて良かったのに」


 ジスレーヌとロクサーヌは台所で食器を洗っていたわたしに元気な声をかけてきた。わたしも最後の食器を洗い終わったので手を拭いてからテーブルの上に置いていた帽子を深く被った。既に服はお出かけ用にしているからこれで準備完了っと。


「って、その服どうしたの? 随分と可愛いんだけれど」

「あー、その、ごめん姉さん。姉さんが稼いでくれたお金でお母さんが……」

「全然問題無いよ! わたしが家に入れているお金だもの。それでジスレーヌ達のお洒落な服が買えるんだから嬉しいよ」

「……ありがとうお姉ちゃん」


 ジスレーヌとロクサーヌは身に纏う服は王都市民御用達の、けれど貧民街に住んでいた頃は決して手が届かなかった立派な生地で頑丈に仕上がっていて、しかも流行を取り入れて見栄えがする出来だった。我が妹ながら実に可愛く仕上がっている。

 良く観察するとうっすらとだけれど化粧もしているようだった。全体的に少し大人びた印象を覚える仕上がりになっている。普段化粧とは縁のない生活を送っていた筈だから、やり方はお母さんに教わったのかな?


「うん、わたしが男だったら絶対に口説いちゃうよ」

「もう、姉さんったら」

「でもお姉ちゃんの方はどうしていつもより気合入ってないの?」

「目立ちたくないから」


 一方のわたしはロクサーヌの指摘通り化粧も最低限に済ませている。ジャンヌのように伸ばしていた髪をまとめ上げて深く帽子を被っているし、かなりぶかぶかで野暮ったい服を選んだ。ジャンヌと出会う前の昔なら少年って言ってごまかせたぐらいの地味さだ。

 そもそも着飾る理由は男性の気を惹くか見栄を張るかだ。わたしは別に豪奢なドレスで自分を際立たせたい気持ちはさらさらないし、そもそも殿方から離れようとしている真っ最中。祭りだからと浮かれる気にはならない。


 しかしいつもよりかぁ。そりゃあオルレアン邸で奉公するには最低限身だしなみを整えて見苦しくないように振舞わないといけないし。何よりだらしなくすると他でもないジャンヌが一番怒る。自分と同じ容姿を持つんだから手抜きは許さない、ってね。


「じゃあ行こうか」

「うん」


 お互いの仕上がりの評価もそこそこにわたし達は賑わう街へと足を踏み出した。


 王宮へと続く表通りは数多くの露店が開かれて盛大な賑わいを見せていた。普段学園への通学でも使っているけれど、同じ場所なのに全く違う雰囲気でわたしの目を楽しませる。ジスレーヌ達も同じ感想を抱いたらしく、せわしなく左右に目移りしていた。


「まずはどこに行こうか? 建国節の間って王立図書館とか美術館とかの入場料が凄く低くなるから行ってみたいんだけれど」

「姉さん、そう言った所はまず間違いなく混むから止めようよ」

「それよりわたしは露店とか見て回りたいなぁ」


 うぐっ、やっぱそうですよねえ。個人的には普段行っていない場所に足を運ぶ絶好の機会だから好奇心が湧くんだけれど。まあ建国節は始まったばかりだし、今日はジスレーヌ達と付き合うとしようか。明日以降のんびり一人でぶらつけばいいし。


「ならそうしよっか。よーし、お金はお姉ちゃんに任せなさい。欲しい物があったら遠慮なく言っちゃって」

「本当に遠慮なく言っちゃっていいの? 言質取るよ?」

「ごめんなさい少しは手加減して」

「あの、お姉ちゃん。本当に大丈夫」

「大丈夫、お給金は十分に貰っているから」


 わたしは満面の笑みを浮かべながら胸を叩いた。

 別にハッタリでも何でもなく本当に十分すぎるぐらい公爵家から給金を頂いている。貰いすぎだと一度マダム・マヌエラに申し立てしたのだけれど、彼女が言うにはそれでも他の侍女の方々より少ないそうだ。能力と成果に見合った金額を貰えと突っぱねられてしまった。

 更に今月は立法府での仕事で臨時収入まで頂いてしまっている。インターンシップで給料をもらうのはおかしいって旦那様に言ったのだけれど、これまた労働に対して報いるのは義務だと一蹴されている。

 さすがにお母様からお小遣いを貰う真似はしていない。もしあげるって言われても断固拒絶する気でいる。そこだけは明確に線引きしておきたい。……お母様が段々とオルレアン邸にわたしの物だってする服飾とか装飾とか化粧品を増やす件についてはもはや何も言うまい。


 それから三人で色々なお店を見て回った。露店ならではの品も沢山売られていてあれもこれも欲しくなってしまう。たださすがに二人とも衝動買いするほど贅沢するまでには至らず、きちんと吟味し厳選した数品をわたしにねだってきた。


 あっという間に昼間になったので露店で買った手ごろな料理を口に運んでいく。腰を落ち着けた場所は王都内の一角に広がる公園と呼べばいいかしら? 緑地なので王都市民憩いの場になっているここもやはりと言うかいつもより人が多かった。


「賑やかで楽しいね」

「そう? 私はもっと人が少ない方が落ちつけて好きなんだけれど」


 ご尤もで。わたしもたまにならこう人が多く集う環境もいいと思うけれど、普段からこうだとうんざりしてしまう。そう思うようになったのは多分現代社会を生きた私の記憶があるせいだろう。いやはや、私ったらよくもまあ鋼鉄の乗り物ですし詰めになりながら出勤していたものだ。


 落ち着いている間にわたし達は午後どう過ごすかを相談した。露店は何も家の前の大通りばかりではなくあと何箇所か開かれているらしい。それに曲芸師や音楽家などが王都に集い、様々な催し物が開かれているようだ。何なら格式高い劇場に入ってもいいかな。


「お姉ちゃんと一緒だったらどこでもいいよ」

「けれど長い間並ぶ所は嫌だからね」


 光栄なのかはた迷惑か、妹達はわたしに選択を委ねてきた。だったらとわたしは広場へと足を運ぶ。建国節の期間中は路上パフォーマンスを行う人達が集っているらしく、音楽が奏でられながら一芸する度に拍手喝采を浴びていた。

 欠点を挙げるとすれば大人の男性も観客として周りにいるせいでわたし達に対して壁のように立ちはだる感じになっているぐらいか。わたしは思いっきり背伸びして群衆の隙間から何とか見えなくもないけれど、まだ伸び盛りなロクサーヌは無理な相談だった。


「お姉ちゃん、全然見えない……」

「そうだね。見えなかったら意味が無いし、別の場所に移ろうか」

「ううん、姉さん。ちょっと待ってて。よい、しょっと」

「わわっ、お、お姉ちゃん!?」

「どうかなロクサーヌ。これで見えると思うけれど?」

「うん、凄く良く見えるよ!」


 それをあっさり解決したのはジスレーヌで、なんとロクサーヌを担ぎ上げて自分の肩に座らせたんだ。さすがにスカートを穿いたロクサーヌを肩車する訳にはいかなかったんだろうけれど、妹を背負うジスレーヌの身体は震える事無く非常に安定していた。


「ジスレーヌ……いつの間にそんなに力持ちになったの?」

「いや、力仕事を手伝っていたらいつの間に筋力が付いてて。でもロクサーヌったら軽いなあ。もっとちゃあんと食べないと駄目だよ」

「ちゃ、ちゃあんと食べてるもん!」


 少し見ない間にジスレーヌったらこんなに頼もしくなって。感慨深くなる半面わたしの頼りを必要としなくなる妹に一抹の寂しさを感じる。きっとお母さん達もわたし達娘に向けてそんな念を抱いているんだろうなあ。

 と、誰かに袖を引っ張られたのでそちらに視線を移すと、女の子二人がわたしを見上げていた。二人とも一般的な王都市民と比べて上品な身なりをしていて明らかにいい所の家のお嬢様だと察せられる。まあ当人達からしたらこれでも王都に紛れようと努力したようだけれど。


「ちょっとそこの平民。あたしもあんな風にしなさい」

「あんな風に?」

「そうよ、そこの二人みたいにあたしを担ぎなさいって言っているの。ほら早くしなさいよ」


 偉そうな口調な態度な女の子はジスレーヌとロクサーヌを指差す。その上で下に指先を降ろしてわたしにしゃがめと促してきた。もう一人の少女は内気な性格のようでわたしに命令してきた女の子の後ろに半分ほど隠れている。

 本来なら彼女が例え王女だろうとお父さんの仕事の上司の娘だろうと従う義務は無い。ところが悪戯心が芽生えたわたしは笑顔で「分かりました」と答えてしゃがみ、ふてぶてしく歩み寄ろうとする女の子の後ろに手を伸ばす。


「ふぇっ!?」

「わたしの頭にしっかり掴まっていてくださいね」


 わたしは掴んだ少女の手を引っ張ると自分に跨がせた。そして体重が預けられたのを確認してからゆっくりと立ち上がった。うぐっ、さすがに重い。腰にきそう。それでも肩車されて視界が開けた少女は笑顔で輝いた。


「あ、ありがとうお姉ちゃん……」

「お安いご用ですよ」

「ちょっとぉ! どうしてあたしじゃあなくてマリリンを背負うのよ!」


 これにたまらないのは女の子の方。思い通りにいかずに癇癪を起こしたのか、あろうことかマリリンと呼ばれた少女を担いだわたしに蹴りを放とうとしてくる。その出鼻を挫くようにわたしは女の子の肩を思いっきり掴み、強く握る。


「サビーネ。貴女私を転ばせて妹のマリリンに怪我を負わせるつもり?」

「……ぁ」

「我儘も大概にしなさい。貴女は姉なんでしょう?」

「お、お姉、様……!?」


 わたしが女の子、サビーネ様に強い口調で注意すると彼女はさあっと青ざめて一歩後ずさった。わたしの上に乗るマリリン様もわたしの帽子を脱がしてようやくわたしの正体を察したらしく、驚きの声をあげた。


「お姉様……どうしてこちらに?」


 あ、訂正。分かってなかった。


「マリリン様、わたしはジャンヌではなくカトリーヌですよ」

「あ……本当だ……」


 そう、どうしてこの場でばったり出くわしたのかは分からないけれど、確かに二人はジャンヌの腹違いの妹であるサビーネ様とマリリン様だった。

 わたしと血の繋がっていないわたしの妹達とわたしと血が繋がっているジャンヌの妹達。その邂逅は私からすれば実に興味深い。けれどわたしからすれば波瀾の予感しかしなかった。

 正直、勘弁してくれと嘆いたっていいよね?

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