第61話レ・サン・キュロッティード①・建国節

「カトリーヌ。今年の建国節なんだけれど、私と一緒に楽しまない?」

「ごめん、先約があるから無理」


 ジャンヌとわたしの間でそんなやりとりがあったのはいよいよ今年もやってきた建国節の前夜だった。


 建国節、それは十二ヶ月三十日のどれにも属さない五日間が該当する。時期は丁度夏季休暇が終わりに差し掛かった辺りになるかな。この数日間は王国中で大小様々に祝われ、特に陛下の膝元である王都では盛大なお祭りが催されるのよね。


「リーダー。建国節って奴の元になったフランス革命暦のレ・サン・キュロッティードって王政が廃止された時期ですよね?」

「ええそうね。『双子座』では逆に王国が建国された時期だけれど」

「そもそも『双子座』の貴族ってキュロットパンツ履いてませんよね?」

「『双子座』の時代設定から考えるとあと数世紀経たないと発明されないわね」

「じゃあどうしてわざわざ建国節なんて造語をでっち上げてまでそう設定に?」

「その方が格好いいからよ!」

「さすがはチーム『双子座』のリーダーです! ……って言って欲しいです?」

「そう反応したら、チーム『双子座』最高よ! って言いながら企画書を上にばらまくだけよ」


 なーんて馬鹿話を私とサブライターでした覚えがある。


 余談だけれど他にも変に設定を凝ったせいで一日十時間だったりと時間の概念はほぼ十進法を採用。それで一番困ったのは他でもないこのわたし。一日二十四時間って私の認識がわたしを今でも混乱させっぱなしだ。何度も思うけれどわたしは一度ぐらい猛烈に私を叩きたい。


 閑話休題。

 『双子座』においては夏季休暇前半、夏季休暇後半、そして建国節で計三回イベントが発生する。建国節の時期にはどの攻略対象のルートに突入するかが決定されたも同然。ルート突入条件を達成してかつ最も好感度が高い攻略対象がメインヒロインを祭りに誘う形になる。

 勿論わたしは誰とも付き合うつもりなんて無い。アルテュール様やラウールさんと言ったそれなりに良好な関係を築いている攻略対象から誘われてはたまらないから、断る口実として既に家族水入らずで愉しむ日程を組んでしまった。


 だからって悪役令嬢がわたしを誘う展開はどうよと思わざるを得ない。いや確かに嬉しいよ。各攻略対象よりはるかにジャンヌと過ごす時間の方が長いし。わたし自身ジャンヌは好きだから悪い気分はしないけれど、それとこれとは話が違うって。


「へえ。一体どなたと一緒に楽しまれるつもりなのかしら?」


 ジャンヌはわたしの断りを聞いたとたんに目が据わった。もしかして攻略対象の誰かと一緒に見て回るって勘違いしちゃった? 言葉足らずだったと反省すると同時にわたしの選択に神経質になるジャンヌが何故か可愛く思えてしまった。


「間違いがあって殿方に誘われちゃあまずいから、妹と一緒にね」

「……妹? もしかして、えっと……ジスレーヌとロクサーヌだったかしら?」

「うん、その二人。弟のフォビアンは友達と回るって言ってたし、お父さんとお母さんは夫婦水入らずにしてあげたかったから」

「そ、そうなの……」


 学園に入学してからのわたしは平日は朝晩ずっとオルレアン邸で奉公していて寝る為だけに帰るばかりで、週一の休日でもジャンヌと付き合う事が多い。夏季休暇も結局夏季講習と立法府での仕事を敷き詰めていたから、せめて建国節だけは家族の為に使いたいんだ。

 わたしの説明を聞いたジャンヌはほっと胸をなで下ろしたと同時にどこか寂しそうな表情を浮かべる。ジャンヌはメインヒロインに攻略対象を陥落させまいとする立ち回りの他に純粋にわたしと楽しみたかったって動機があったようだ。

 実に嬉しいんだけれどこれ以上メインヒロイン、わたしとの絆を強くする必要は無いでしょう。わたしは普段の生活でジャンヌと他愛ない時間を過ごすだけで十分だもの。せめてあと半年間は少しでも自分が有利な立ち位置になるよう立ち回らないと。


「王太子殿下にはジャンヌを誘うように言っておいたから、婚約者と楽しんできて」

「シャルルと? ……そもそも私を誘ってくださるのかしら?」

「勿論だよ。だって殿下はジャンヌを愛してくれているのでしょう?」

「……あんな目に遭わせたのにお気持ちに揺るぎがないって、どういう事なのかしら?」

「あんな目って?」

「い、いえ。何でもないわ」


 ごめんジャンヌ。実は王太子殿下とは静養後にも立法府でお会いしているんだ。その時「カトリーヌのおかげでジャンヌが私を見てくれるようになった。感謝してもしきれない」って大変満足そうで何よりだった。……嬉しいからって事細かに説明してくれなくていいんですよ?

 え、何? 褥を共にしたのってジャンヌが王太子殿下を襲ったあの夜以降ずっと? 愛し合うって言うより互いに貪り合った? ジャンヌに愛してもらってばかりで少し不甲斐なかった? 知るかそんなの……! 一々報告しなくていいから勝手に進展させなさいよ!


 そんな有頂天な王太子殿下だったけれど、ジャンヌが抱えていた苦しみと悲しみ、そして心で叫ばれていた嘆きには言葉を失ったんだそうだ。そして単に愛おしく思うだけじゃあなくなり、ジャンヌを守らなければって使命感にも目覚めたんだとか。


 わたしはそんな王太子殿下におまけの助言だって建国節での最適化した日程を教示した。これでジャンヌと殿下との関係が更に深まる、と思いたい。


「まさかと思うけれど、静養の後みたいに悪役令嬢としての役割を果たそうなんて考えていないでしょうね?」

「まさか。さすがにそこまで徹する気は無いかな。わたしだって破滅したくはないし」


 『双子座』での王太子様ルートではいよいよ悪役令嬢がその悪意を露わにしていくのだけれど、わたしが代役を務めるつもりは無い。さすがに自己犠牲の精神でジャンヌを救いたいとは思えないし、そんなの本末転倒だと考える。わたしが目指すのはあくまでメインヒロインと悪役令嬢の役目を与えられたわたしとジャンヌが二人とも無事に『双子座』の舞台を乗り切る事なんだから。


「……分かったわ。カトリーヌがそこまで言うのなら」


 と、頷いてくれたジャンヌは心なしかどこか嬉しそうに微笑んでいるようにも見えた。


 ■■■


 次の日の朝。わたしは珍しく遅く起きた。とは言っても日の出近くではないぐらいで、朝早い起床だとは十分断言出来る。いつも日の出間際に出勤しているものだから惰眠を貪ったなあと思ってしまった。


 引っ越ししてもわたし達三人姉妹は相部屋のままだ。引っ越しした際に無駄な物を処分したのもあるけれど、最近生活の基盤がほぼオルレアン邸になっているせいか私物はほぼ無いに等しい。精々朝早く出立して夜遅く帰ってくるわたし用の寝具が独立しているぐらいか。


 まだ静かに寝息を立てる妹達を起こさないようそっと部屋を出たわたしは居間へと足を運んだ。お父さんは朝早く仕事に出発する日頃の習慣からか既に起きていたし、そんなお父さんの為に朝食を作るお母さんもまた起きていた。


「おはよー」

「……」


 そう言えばお父さんと顔を合わせるのも久しぶりだったなぁ、なんて親不孝な考えが浮かびながら挨拶を送る。ところがお父さんはわたしを見るなり驚きと戸惑いに染まった眼差しをわたしに向けて固まっていた。


「? お父さんどうしたの?」

「カトリーヌ……なのか?」

「何を言っているの? カトリーヌじゃあなかったらわたしは誰なのかな?」

「い、いや、すまない。その……見違えた」


 疑問しか湧かないわたしを余所にお父さんはわたしから慌てて視線を逸らした。あまりに意味不明でわたしはお父さんに近づいたのだけれど、あろう事かお父さんは近寄るなとばかりに手で制してきた。衝撃を覚えたわたしにお母さんが苦笑いを浮かべてくる。


「お父さんったらね、凄く綺麗になったカトリーヌを直視できないんですって」

「言うな母さん! 恥ずかしいだろう……」

「わたしが?」


 ようやく疑問が氷解した。そうだった、今のわたしはもう学園入学前から随分外見が変わっているんだった。主に美しさと強さを兼ね備える容姿のジャンヌに寄せる形に。磨けばここまで光る素材は元々あったんだろうけれど、お父さんからしたら化けたようにしか見えなかったのか。

 照れていいのか喜んでいいのか悩んでいると、お母さんはどこか寂しげな表情をさせてわたしを見つめてきた。


「本当、カトリーヌには随分と世話になっているねえ。今までジスレーヌ達の面倒も見てくれたし、今だってうちに入れてくれるお金でどれだけ助かったかしら」

「そんな。大した事無いよ。全然辛くないしわたしだってジスレーヌ達にはちゃあんと育ってほしいから」

「最近ね、怖いのよ。カトリーヌが段々と美しくなっていって、生き生きと毎日を送る姿を見ているとね」

「……お母さん?」


 ――ある日突然巣立っていくんじゃあないか、と母は語った。


 ほんの数か月前だったらオルレアン家には戻らないよって笑い飛ばしていた。決して口にはしないけれど攻略対象のどなたとも結ばれませんって決意を固めていた。わたしはお父さんとお母さんの娘で妹達の姉だって、みんなで家族なんだって疑わなかった。

 今のわたしは……どうなんだろう? 引っ越してしまったから生家はもう無い。送る時間もオルレアン家の方が長い。妹達よりジャンヌの方と、お母さんよりお母様の方と良く喋るようになった。服も本もオルレアン邸の方が充実しているし。


 衝撃だった。

 今のわたしからはここが帰る場所だって胸を張れる自信が無くなっていた。

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