第59話フリュクティドール⑬・ルート突入もどき
今日は王家の方々が静養先から戻られる。飛行船の到着を一目で見ようと王宮の敷地にある発着場周辺には多くの人だかりが出来ていた。国王陛下方をお出迎えする為に国の要人も何名か発着場にて待機し、その到着を待ちわびていた。
そんな中、なんとわたしが場違いにも参加していたりする。
いやぁ、ここまでこぎつけるのは非常に苦労した。シャルルにジャンヌ攻略策を伝授した際に旦那様にもわたしもこの場にいさせてくださいって懇願したのが始まり。「召使いの分際で何戯言を口にしている」と叱られると思いきや、旦那様は「ならそれ相応の働きを示せ」とだけ答えられた。それから立法府で議事録をしたためたり資料作ったりで学生の領分をはるかに超えた仕事量をこなしたもの。
他の三権府の長官であるアランソン公と宰相閣下もおり、その傍らには各々の後継ぎや護衛が控えている。アランソン家からはさすがにアルテュール様ではなく嫡男様がいらっしゃっているけれど、ナバラ家からはピエール様が参加していた。
「何を一体企んでいるんだ?」
「一世一代の大舞台を」
そんなピエール様がわたしを見つける眼差しには疑いと憤りが入り混じっていた。まあいくらジャンヌと瓜二つだからって貧民娘で使用人風情のわたしがオルレアン家の者としてこの場にいるのは不快でしかないだろうから。
わたしだって本当はこんな場違いな所には一秒たりともいたくないのよ。けれどここから巻き起こるイベントがジャンヌとわたしにとって非常に重要な意味を持つんだ。メインヒロインに代わってジャンヌが静養に同行している以上、わたしがやるしかないんだ。
「大体その服は誰のだ? まさかお前のものじゃああるまい」
「ジャンヌの衣装棚から引っ張り出してきました。エルマントルド様の許可は頂いています」
で、わたしが身に纏っているのは深い紫色に染まったドレスだった。耳飾りに首飾りに指輪もジャンヌの装飾箱から失敬してきたもの。これから社交パーティーにでも参加するのかと勘違いされるぐらい着飾った今のわたしは、この場において嫌でも悪い方向に目立っていた。
しかし場違いな格好をしたわたしに旦那様は無反応。アランソン公もむしろわたしが何をしでかすか興味津々な様子で、わたしを咎めようとなさるのは宰相閣下のみだった。その彼もわたしの主人である旦那様に苦言を呈するばかりでわたしに矛先は向けられなかった。
やがて南の方角から大空を浮遊する飛行船の姿が見えてきた。その船体は段々と大きくなっていき、王都上空に来る頃には空を飛ぶ鯨を思わせるほど大きく影を落としていた。飛行船から牽引の縄が投げ降ろされ、少しずつ飛行船は高度を下げていく。
そして着陸。飛行船の固定が完了した所で舷梯が持ち運ばれ、飛行船の客室の前に設置される。
まずは国王陛下ご夫妻が一同に手を振りながら大地に降り立ち、御三家の公爵を始めとする王国の要人の方々の出迎えを受けた。陛下方は長方形の赤絨毯を歩んでいき、その先で待機していた馬車へと乗り込んでいく。そして王宮へと向けて出発された。
次に舷梯で降りてくるのはシャルルとジャンヌの二人。彼女達も皆に笑顔を見せて手を振りながら大地に足を踏みしめる。そのまま控えているもう一台の馬車へと向かおうとして……、
「ジャンヌ・ドルレアン!」
素早く躍り出たわたしに立ちはだかれた。
各々の反応は様々。アランソン公は今にも大笑いしそうだしその嫡男様は何が起こったか理解出来ない様子。宰相閣下とピエール様は案の定失礼を働くわたしに怒り心頭。旦那様は眉を少し動かしたものの、わたしを取り押さえようとする近衛兵達へ逆に動くなと命じた。
で、シャルルは何故わたしがこのような行動を取ったのか疑問を浮かべたご様子。そして肝心のジャンヌは目を見開いてわたしを眺めるばかりだった。不敵な微笑を張りつかせて腕を組んで仁王立ちをするその姿、ジャンヌも覚えがあるでしょう。
だってコレは、王太子様ルート突入の際に発生する重大なイベントの再現だもの。
本来シャルルはメインヒロインを静養に誘って楽しいひと時を過ごす。しかしたまらないのは蔑ろにされた婚約者である悪役令嬢。彼女は公爵令嬢かつ後継者のアントン様より年上なのを利用してこの場に現れ、帰ってきた二人の前に立ちはだかるんだ。
わたしの今の姿はその時の悪役令嬢そのまま。示し合わせたわけではないのだけれどジャンヌの姿もその時のメインヒロインを髣髴とさせる。今の場面をスチルにして私世界で公開したとしても、きっとわたしがジャンヌでジャンヌがカトリーヌって思われるんだろうなぁ。
「王太子殿下。ジャンヌとどのような時間を過ごされたのかは百歩譲ってこの際不問と致します。ですがもう十分ではないかと具申させていただきたく」
悪役令嬢は横恋慕の現場を目の当たりにしたにも関わらず、シャルルに今まで通りの態度で優雅にカーテシーをさせた。その微笑みはやはり教会に飾られる聖母像を思わせる慈悲深さに溢れ、むしろその異質さを際立たせる。
しかし次の瞬間、悪役令嬢はその態度を一変させる。
「ジャンヌ。何も言わずにこちらにいらっしゃい。そうすれば今までの事はすべて水に流して差し上げます」
他の攻略対象を攻略する際はあくまで悪役令嬢は各ルートにおける黒幕の手助けに終わるけれど、自らの婚約者を奪われる王太子様ルートでは自らが悪意を振り撒く番となる。このイベントは丁度転換点。今まで貴族令嬢の鏡だった悪役令嬢が初めて仮面を脱ぎ捨てて自らの想いをさらけ出す場面なんだ。
悪役令嬢はメインヒロインに最後の機会を与えているんだ。今なら全て不問にする、だから王太子殿下に金輪際近寄るな、と。その警告に従うか逆らうかで王太子様ルートに突入出来るか否かが変わる。シャルルの好感度が低いと強制的に従う他なくなる。
うん、それをメインヒロインの立場にいるわたしが再現した所で意味不明な構図になるのは重々承知している。何を水に流すんだって話だし不問って言える立場? 現に周りからは何言ってんだコイツって雰囲気がひしひしと伝わってくるし。
そんなわたしのわけわかめな大根演技を受けてジャンヌは……、
「い、嫌です……! いくらカトリーヌの命令でも……シャルル様から離れたくありません!」
と強く宣言して、シャルルの腕に抱き付いた。その様子は正に私が思い描くメインヒロイン像そのままで、危うく声が漏れそうなぐらい驚いてしまった。
疑問符しか浮かんでいなさそうなシャルルは軽く笑うと、手袋を外してジャンヌの頭を優しくなでた。そしてわたしを鋭く見据えると、その寄り添う女性と共に行く手を遮る者に向けて宣戦布告とも取れる一言を放つんだ。
「そういうわけだよカトリーヌ嬢。今日の私はジャンヌを手放すつもりはない」
これを受けた悪役令嬢はとうとう感情を爆発させてシャルルに縋りよろうとする。近衛兵に邪魔される悪役令嬢がいくら「お待ちください!」と彼に手を伸ばしてもその指先すら彼に触れられない。彼女はその場においてただ去っていこうとする王太子様を見つめるしか許されなかった。
そして公爵令嬢の絶望は怒りの憎しみに変わり、その矛先はメインヒロインへと向けられる。呪いの言葉を幾重にも吐き出す姿にかつての優雅さはもはやどこにもなく、やがて彼女は愛憎と狂気に染まっていく事になる。
当然、シャルルに何の恋愛感情も湧いていないわたしの演技はここで打ち止め。「左様でございますか。とんだ失礼を」とばかりにあっさりと引き下がる。けれど今のわたしは全く別の方向にこの場を打ち壊す勢いで感情を爆発させたかった。
だって嬉しいんだもの!
シャルルがジャンヌの味方になってくれたんだから!
本来ありえない展開は運命の変わりを思わせてさ!
二人がわたしの目の前を通り過ぎていく最中、ジャンヌがシャルルと腕を組む逆の手をわたしに向けて軽く上げてきた。それに気づいたわたしも軽く手を上げ、ハイタッチを交わした。もうわたしは満面の笑みを抑えきれなかったし、ジャンヌも表面上ではない笑いを見せていた。
「おめでとう、ジャンヌ」
「ありがとう、カトリーヌ」
「これでようやく安泰かな?」
「油断は出来ないわ。だってまだ折り返し地点だもの」
二人はそのまま馬車へと乗り込むと王宮へと去っていった。
ここまで来るのに色々とあった。これまでを思い返したくなるけれど、今はただこの充実感に浸りたかった。大丈夫、きっとこの調子なら明るい未来になる……いや違う。ジャンヌ自身とわたしの手で、必ず光射す道を作り出すんだ。
そう新たに決意を固めたところで、
「さてカトリーヌ。全てを説明してもらうとしようか。無論、エルマントルドにもな」
旦那様からそんな無慈悲な一言と組み合わせて肩を叩かれた。
無理矢理イベントを再現したツケを払わなきゃあやっぱ駄目ですよねー、がっくし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます