第18話プレリアール④・侯爵令嬢
「カトリーヌ。今回の定期試験の結果だが、なかなか良かったぞ」
「ありがとうございます。頑張ったかいがありました」
ジャンヌは今回で八回目のやり直しになる。その内前回はゲーム開始時にメインヒロインを拉致監禁の上で拷問、前々回はゲーム開始時に早々に自殺してしまった。そこから推察すればゲーム中のシナリオへの強制力は無くて、大きく本筋から逸脱した選択も問題なしってなる。
王太子、騎士、宰相、商人とくれば、やっぱ残る五人目は大人の殿方ね。そんな理由から最後の攻略対象は爵位を持ちながら学園で教職を務めるレオポルド先生らしい。私から言わせれば同級生には無い大人の色気が推し所で、更には眼鏡が素晴らしいんだって力説したい。
メインヒロインは身分の差もあって中々クラスメイトに勉強の相談を持っていけず、自然と担任教師に質問をぶつけるようになる。そんな気さくな会話を重ねるうちに段々とその内容は勉学から悩み事の相談や雑談に発展していき、やがては……って王道展開になる。
「えへへ。ジャンヌのおかげで結構いい点数取れちゃった」
「あら本当、中々立派だと思うわよ」
わたしは褒められて嬉しかったからか、返された解答用紙をジャンヌに見せびらかせた。ジャンヌはわたしの自慢にも微笑みを絶やさずに温かく答えてくれた。全教科で八割以上、中々良い出だしだと我ながら思う。この調子を維持したいものね。
「これぐらい高得点だったら成績優秀者にも数えられているんじゃない?」
「うん、先生もそう言ってた。それでジャンヌの方はどうだった?」
「私は別にそこまでいい点数取れていないわよ」
謙遜も度を過ぎると嫌味になる。ジャンヌの解答用紙に記された点数を目の当たりにしたらそんな言葉が脳裏に過った。満点こそ取れていないけれど全科目で一、二問程度しか間違っていない。これで及第点だなんてどれだけ欲張りなのかしらね。
とまで考えて逆に違和感を覚えた。そもそも公爵令嬢ジャンヌ・ドルレアンは定期試験でも当たり前のように首位だった筈。満点じゃあなかったからまだまだだって他の貴族令嬢方と語り合うぐらいに。
「ねえジャンヌ。同じ試験受けるのって六回目だよね?」
「ええそうね」
「なのにどうして満点取れてないの?」
「同じ試験でも細かい部分が微妙に変わるから、は言い訳ね。だって一回問題解いたら見直しなんてしていないもの。いい加減優等生演じるのも飽きちゃったし、他の方に譲るわ」
あー、だから凡ミスが多いのか。試験の時間が余ったら記載ミスが無いかとかノリと勢いのせいでしくじってないか見直しするものだもの。そう言えば試験期間中ジャンヌは解いて早々に教室を後にしていたけれど、そんな理由があったからか。
「クレマンティーヌ、さすがだな。この学級で一位は貴女だ」
「当然ですわ。このクレマンティーヌ・ド・ポワティエにかかればこの程度児戯にも等しいと断言致しましょう」
そのせいで今回の定期試験、ジャンヌは一位じゃあなかった。勿論指で数えられるぐらいの上位にはいるけれど、優等生と言われるには心許ないとは断言できる。現に半分ほどの教科で満点を取ったご令嬢は他の皆から尊敬のまなざしを集めているし。
ちなみにゲーム上でこの定期試験はミニゲーム扱い。高得点を取ると先生の好感度が上がる。ジャンヌを超すには最高得点をたたき出す他無く、ミニゲームは私の管轄外なのもあってデバッグプレイ時に非常に苦労した覚えがある。
「……もしかしてジャンヌ、生徒会に目を付けられたくないから程々の点数に?」
「私なんかがいなくたって王太子殿下方が立派に学園を運営してくださるもの」
あとついでに一定以上の点数を収めると生徒会加入フラグが立つ。今回はわたしはおろかジャンヌすら引っかかってもいない。二人してめでたく生徒会への道は回避したわけだ。さようなら王太子殿下方。一緒にいられる時間が更に削られちゃったね。
結局のところ先生とは今の所生徒と担任教師以上の関係にはなっていないし、他の攻略対象の好感度アップの機会も潰しちゃったわけだ。本当に乙女ゲーとは思えないぐらい攻略対象とは接していなくてこの先が不安になってしまうぐらい。
「そこのお二人。ちょっとよろしいかしら?」
って漠然と考えていたら、先ほど先生に褒められていたご令嬢のクレマンティーヌ様がこちらにつかつかと歩み寄られ、わたし達の前で仁王立ちしてきた。驚くばかりのわたしを尻目にジャンヌは素知らぬ顔で教科書へと視線を落としっぱなしだった。
クレマンティーヌ・ド・ポワティエ侯爵令嬢。ジャンヌが落ち着いたご令嬢ならクレマンティーヌ様は典型的なお嬢様キャラ。高飛車を装いつつも誇り高き貴族令嬢で悪を許さず堂々とする様子は中々ファンからの人気が高い。
ちなみに私達スタッフの間では万年二位ちゃんって呼んでいた。って言うのもジャンヌに毎度どんな科目や分野でも一位を持って行かれるせいで二番手に甘んじるせいだ。自称ジャンヌの好敵手の彼女は学園生活で幾度となくジャンヌに勝負を持ちかけては返り討ちに会う。
そんな立場からか、メインヒロインとクレマンティーヌ様は関わる機会が多い。と言うよりメインヒロインに悪意を振りまくジャンヌとその派閥のご令嬢方と真っ向から対立するようにまでなるぐらいシナリオ上では心強い味方になる。
「カトリーヌさん。慣れない環境に身を置きながらも好成績を残しているようですね。この調子で勉学に励んでくださいまし」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
尤も、本来親交を深めていくクレマンティーヌ様と親しくしようとは思わなった。だってどのシナリオでも共通してメインヒロインの敵に回る双子の姉とは今一番親しく付き合っているし。ジャンヌに代わって貴族令嬢憧れの的になっているクレマンティーヌ様の輪にあえて飛び込む必要性をあまり感じなかったのが一番かな。
だからまさかの展開にわたしは驚きを隠せなかった。見間違うぐらいジャンヌに似ているって以外これと言った特徴の無い平民の小娘に自分から声をかけてくるなんて想像してなかったし。それが例えジャンヌに用事があるついででも、だ。
クレマンティーヌ様は手を勉強机に付き、やや身を乗り出してジャンヌを睨んだ。
「ジャンヌ様。わたくし、手を抜かれるのは非常に不愉快なのですけれど?」
「手を抜く? 一体何の話でしょうか?」
成程、その一言でクレマンティーヌ様が何を憤っているのか分かった。攻略対象の方々と関わらないよう、と言うか面倒臭さを回避するためにあえて点数を落としたやる気の無さがジャンヌに対抗心を燃やすクレマンティーヌ様の逆鱗に触れたのか。
「とぼけないで。貴女試験では真っ先に解答用紙を提出して退出なさったでしょう。おかげでこんな情けない間違いばかりして点数を下げていますわ」
「そうですね。見直していたらもう少し高得点を取れたかもしれません」
「……っ! ジャンヌ様からはどうしてそういつもやる気が見られないのですか!」
「買いかぶりすぎですよ、クレマンティーヌ様。私は貴女様のように貴族令嬢の模範と讃えられる程優秀でなかった。それだけの話です」
よくもまあいけしゃあしゃあと言えるものだ、と内心で呆れてしまった。だって今クレマンティーヌ様が収まっている位置は本来ジャンヌがいて、ジャンヌが今回一貫して好きなように振る舞っているせいで繰り上がったようなものだ。
ジャンヌのやり直しがどこをスタートラインにしているかは分からないけれど、最低でもクレマンティーヌ様はジャンヌが本気を出せばもっと優れたご令嬢となった筈だって確信しているみたいだ。でなかったら『双子座』同様に対抗意識を燃やさなかったでしょうから。
ジャンヌの賛美にクレマンティーヌ様は逆に気分を害したらしく、扇子を持つ手に力が込められたのが傍から見ていたわたしにも分かった。その表情は険しくて厳しい。取り巻き……もとい、他の貴族令嬢の方が驚きと恐怖で一歩退くぐらいに。
「気に入りませんわね。わたくしごとき眼中にない、と言わんばかりに受け取れますわ」
「いえまさか。逆に私はクレマンティーヌ様を尊敬致します」
「尊敬、ですって?」
「はい。クレマンティーヌ様は貴族令嬢の鑑ですもの」
やり直しているって公言出来ないせいで今の台詞は色々と端折られている。多分ジャンヌはこう言いたいんだろう、自分が凋落しても相変わらず優秀なままでいたクレマンティーヌ様を尊敬する、と。更にはなおも突っかかるクレマンティーヌ様にジャンヌはどこか嬉しそうだ。
ただなあ、本当の事情を知らないクレマンティーヌ様にとって今のジャンヌは暖簾に腕押し。なまじその才能の片鱗を見せているだけに許容出来ないんだろう。能ある鷹は爪を隠す、じゃあ納得してくれそうにない雰囲気だし。
案の定「そうですか」と底知れぬ冷たさを湛えた呟きと共にクレマンティーヌ様は白手袋を外され、足元の代わりに机の上に叩きつけた。
「決闘ですわ、ジャンヌ様!」
クレマンティーヌ様の凛とした声が教室内に響き渡った。
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