第19話プレリアール⑤・決闘
放課後、広大な学園の敷地の一角でジャンヌとクレマンティーヌ様が対峙していた。
「わたくしから申し込んでおいて何ですが、まさかジャンヌ様が承諾なさるとは思っていませんでしたわ」
「理由を付けて断るとばかり思っていましたか? さすがに誘いを受けて無下にする程無粋ではありませんよ」
「そうと分かっていたらもっと前に誘っていましたのに。惜しい事をしたものですわ」
「あら、あいにくと女性は皆気まぐれでしょう? その時クレマンティーヌ様の手を取っていたかは私には分かりませんが」
二人の周囲を取り囲むように集まったわたし達クラスメイトや噂を聞きつけた他の学級の生徒や上級生方が賑わったり緊張している様子とは異なり、二人ともまるでこれからお茶会をするように落ち着いた様子で語り合っていた。
クレマンティーヌ様の決闘の申し込みにジャンヌは意外にも「ええ、いいですよ」だなんてあっさりと快諾した。まさかの事態に学級内が騒然としてその後授業を再開するのが大変だったわね。当の本人達は今みたいに普段と変わりない様子なのに。
勿論学園内ではいかなる理由があっても争い事は禁止されている。風紀委員や生徒会執行部に見つかれば処分ものね。この決闘だってジャンヌが「方法と場所なら放課後にでも決めましょう」って発言で場当たり的に場所と日時を決めたようなものだ。
「それでジャンヌ様、決闘はどのようにしましょうか?」
「武具、防具抜きで喧嘩する。それでいいではありませんか。どちらかが怪我をするか降参したら終了にすればいいでしょう」
「……分かりましたわ」
二人は右足を前に出して構えを取った。わたしが路地裏で目にする喧嘩とも私がテレビで見る武道やスポーツの勝負とも雰囲気が少し違う。強いて言うなら私が好き好んで視聴していた特撮ヒーローみたいに格好良さ重視の構え、みたいな感じかな?
「では見つかってしまう前に始めてしまいましょう」
「ええ、その通りですね。では参ります」
二人はややゆっくりと駆けだしてお互いに組み合った。殴りだったり蹴りだったり投げだったりと、どちらの動きももっさりした感じだった。巨大ヒーローは迫力を出す為に撮影した映像を若干スロー気味にするらしいけれど、それを等身大でやられると演武みたいに見えちゃう。
更に言っちゃうと互いに取っ組み合う際に掴み合ったり殴り蹴りを受けても、お互いに身体どころか制服に傷一つもつかない。投げ飛ばされても擦り傷一つも負わないなんて普通じゃあ考えられない。この異常さには他のクラスメイト達も驚いているようだ。
先ほど投げ飛ばされたジャンヌが身を起こし、クレマンティーヌ様も寝技のような追撃は行わずに互いに再び対峙した。
「こうしてジャンヌ様と決闘するのはいつ以来だったかしら?」
「さあ? 幼い頃は頻繁にこうしていましたから、懐かしむ程でもないと思いますが」
「最初の喧嘩ではわたくし達、お父様やお兄様から大目玉を貰いましたわね」
「だから互いに考案したんじゃないですか。服も汚さず怪我も負わない決闘を」
クラスメイト達が騒然となるのを尻目に二人のご令嬢はまた取っ組み合った。
無害な決闘、コレを可能としているのは二人の魔導の技術に他ならない。
まず自分の周囲にSF作品に良く出るシールド的な防御幕を張る。シールドが切れない限りは怪我も負わないし服も破けない。次に対象の動きを鈍重にする干渉魔法を相手にかける。これがもっさりした動きの理由。最後にお互いが繰り出す攻撃を仰々しくするよう心がける。
結果、目の前の光景みたいな巨大ヒーローの戦いを髣髴とさせる戦いの出来上がりだ。
ちなみにメタ的に語るならこのやり方の考案者は私。なおジャンヌは悪役令嬢でなければならないって『双子座』の制約上お披露目できなかった裏設定にあたる。そもそもこの二人の戦闘シーンなんて『双子座』の全シナリオを振り返っても一、二回程度だし。
けれどこうして私の脳内設定でしかなかったジャンヌとクレマンティーヌの決闘が現実の光景として目の前に広がっているのは感無量だった。本当にシナリオライター冥利に尽きる。だとしたらもしかして二人はあの攻撃も……!
「やりますわね」
「そちらこそ」
「ではわたくしの咆哮、今の腑抜けたジャンヌ様は受け切れまして?」
クレマンティーヌ様は口元を腕で覆うように腕を交差させ、次には文字通りに炎を吐き出した。しかもその炎、地面に当たった途端に小規模な爆発を起こす不思議。それをジャンヌは側転をしながらかわしていく。下着丸見えなのをお構いなしに。
え? 侯爵令嬢が怪獣よろしく火炎を吐き出すなんて莫迦な設定考えたのは誰だ? 全部特撮大好きな私のせいだ。けれど私は謝らない。実際に見れて大満足です。ちなみに火炎放射の器官があるわけじゃなくて炎属性の魔法をそうみせかけるよう発動しているだけなのよねー。
……前世の私が馬鹿すぎて頭が痛い。科学が発達した世界を生きた前世の知識があるのも考え物だわ。大体乙女ゲーとやらな『双子座』って作品にどうして特撮って要素が必要なのよ? ファンディスクって奴のギャグルートで披露するつもりだったのかしら?
その燃え盛る火炎を掻い潜ってジャンヌが腕を一閃させる。すると彼女の手からは輝く刃が放たれてクレマンティーヌ様の顔を直撃した。軽く火花が散ってクレマンティーヌ様が怯み、吐き出される炎が打ち止められた。
「では、此度も私が勝負を頂きましょう」
「ぐっ、またしてもジャンヌ様にしてやられるなんて……!」
ジャンヌは構えを取ってから腕をクレマンティーヌ様に向け、光の奔流を発した。光る粒子の流れはクレマンティーヌ様に容赦なく浴びせられていき、その輝きが段々と増していく。最後にクレマンティーヌ様を覆っていた淡い光が勢いよく霧散した。
シールドの消滅、この決闘はジャンヌの勝ちに終わった。尤もそれを把握しているのは当の本人達ぐらいでギャラリーは困惑するばかり。裏の仕掛け人の私は猛烈に感動していたし、前世の記憶に引きずられたわたしは呆れ果てるばかりだ。
その結果を受けたクレマンティーヌ様は手で額を抑えながら天を仰いだ。ジャンヌも軽く一息ついてクレマンティーヌ様に歩み寄る。二人はまるで健闘をたたえ合うように握手を交わした。これだけを見たら爽やかな青春を綴った小説の一場面みたいね。
「どうやら腑抜けたわけではなさそうですわね。何か思惑があってですの?」
「さあ? 少なくともあまり目立ちたくはありませんね」
「ジャンヌ様はこの学園においてわたくしと競うつもりはありませんの?」
「普段から競うつもりはさすがに。事前に挑まれたらそれ相応のお返事を差し上げますよ」
と、ジャンヌ達を囲っていた観衆の一角がにわかに騒がしくなってくる。すると群衆の輪の一部が左右に分かれて間を数人の方々が通り抜けていった。腕章を身に着けたその方々は他でもない、風紀委員を引き連れた生徒会執行部の人達だった。
「……やれやれ、争い事があるって聞いて駆けつけてみたら君達か」
「これはこれは。ご機嫌麗しゅうシャルル殿下」
「お、王太子殿下! これはとんだ失礼を……!」
生徒会長こと王太子様はジャンヌとクレマンティーヌ様を交互に見比べて軽くため息を漏らす。そんな王太子様の気苦労を余所にジャンヌは優雅に一礼した。クレマンティーヌ様は慌てた様子でスカートをつまみあげてカーテシーをする。
「ジャンヌ、君ほどの女性に学園の規則を忘れたとは言わせないよ」
「お言葉ですが私はただクレマンティーヌ様と戯れていただけです。ですよね?」
「えっ? え、ええ。そうですわ王太子殿下。ジャンヌ様はわたくしめの終生の好敵手、今日もまたジャンヌ様に勝負を挑んだにすぎませんわ」
ジャンヌは白々しくもお遊びだって面を強調する算段らしい。同意を促されたクレマンティーヌ様もジャンヌに便乗する。確かに床の所々がクレマンティーヌ様の炎でひびが入ったり焦げているけれど、当人達に争いの兆候が無い。見事な証拠隠滅っぷりね。
「シャルル様もご存じでしょう? 私達は幼い頃から何かと競い合ってきましたもの。今日もまたその一幕に過ぎません」
「わたくしがいつも仰々しく決闘だと口に致しますのはいつもの事ですわ。人づての報告だけで判断されては勘違いされても仕方がありませんが」
示し合わせたみたいな言い訳に王太子様はわずかに呆れているようだ。けれど何処か楽しそうに笑みをこぼしている。彼の傍らで控えるアンリ様も二人を温かく見つめるばかり。事情を知らないと思われる風紀委員達が眉をひそめるばかりだった。
「……ジャンヌもクレマンティーヌも、もう淑女と呼ばれてもいい年頃なんだよ。学園ではもっと慎み深くしてもらえないかな?」
「前向きに検討させていただきます」
公爵令嬢と侯爵令嬢のお二人は恭しく頭を垂れた。
反省の色は……あるようにも無いようにも見えた。
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