第17話プレリアール③・茶会
どうしてこうなった。
商人後継のオリヴィエール先輩とのお茶会イベントは『双子座』でルート選択にあたり結構重要になる。選択肢次第でオリヴィエール先輩の攻略が不可能になったり逆に他の攻略対象の好感度ががくっと下がったりするので、好感度管理が大変なのよね。
イベントの内容は単純で、一般市民枠でしかも特待生の新入生を先輩の派閥に迎え入れようって魂胆が大元だ。と同時に王太子様やアンリ様等他の貴族の方々と良好な関係を築きつつあるメインヒロインに対して釘を刺す意図もある。
さすがに悪役令嬢こと公爵令嬢ジャンヌとの同伴は全然想定してなかったけれど。
「……僕は君を誘った覚えは無いけれど?」
「あら、冷たいのですね。先輩は女の子を丁重に扱うとの評判をお聞きしていましたけれど?」
「僕だって人は選ぶよ。とは言え君にも話したい事があったし丁度いい。特別に歓迎するよ」
「ご配慮いただき感謝いたしますわ」
ジャンヌはちょっと席を外した隙にわたしに接触してきた先輩に背後から声をかけたんだ。もう着いたのか早いって感じに先輩が驚きの声を挙げつつ顔をひきつらせていたっけ。わたしも放課後の予定について雇い主のジャンヌの意向に従った次第だ。
連れてこられたのは広大な学園内を結構歩いた先の大部屋だった。質素ながらも絨毯や調度品、それから照明器具等ポイントは押さえていて豪華だって印象を抱かせた。ただ高価な品をこしらえる成金趣味とは全く違う洗練されたセンスがそこにはあった。
部屋の中にいたのは先輩ともう二人程の男子生徒と一人の女子生徒。『双子座』だと立ち絵が無い片手で数えられる程度の台詞だけ喋るモブキャラ、アニメ版で初めてビジュアルが明らかになったキャラだったっけ。先輩と同じく市民階級だった筈だ。
先輩に促されたのでわたし達は席に着いた。二人して腰を落ち着けたら女子生徒は、多分彼女も先輩なんだろうな、奥の部屋へと姿を消して、少し経ってから配膳台ごと紅茶と菓子を持ってきた。丁寧な物腰でわたし達の前へと並べていく。
「珍しい香りがするのですね。素敵」
「君から褒められるとは思ってもいなかったよ。この紅茶の茶葉は王国からずっと東の国から仕入れてきた逸品さ。喜んでもらえて何よりだね」
王国での紅茶の普及率はほぼ無い。と言うか高価すぎて一部の上流貴族以外手が付けられないどころか存在すら知られていない。だって茶葉の産地は王国からはるか東の遠くだもの。陸路で行こうとしたらいくつもの国境をまたいで数か月はかかるでしょうね。
わたしは勿論見るのは初めてだし、私が朝食時に愛用していたのは一箱数百円の超が付く安物。テーブルの上に置かれたカップから香りが漂ってくるほどの高級品を飲む贅沢はした事無い。公爵令嬢のジャンヌも称賛するぐらいだから、先輩の言うようにかなりの逸品なんだろう。
「見た事の無いお菓子ですね。お聞きしても構わないかしら?」
「はるか東の大国のお菓子だそうだよ。さすがにここまで送り届けるぐらいに長持ちしないからね、レシピを教えてもらって再現してみたんだ」
お菓子の方は……えっと、確か月餅だったっけ? 中華街に遊びに行った時に食べた覚えがある。あんこ菓子だったような……結構昔すぎて記憶がおぼろけね。けれど再現したって豪語されてもそれってフラグなんじゃあって危惧が湧いてしまうわ。
これらは全部ジャンヌや王太子様でも容易に準備出来ない代物。メディシス家が商人としてどれだけ成功を収めているのかって証、見せつけなんだ。よくよく見たら調度品も結構この王国とは全然違う雰囲気の品ばかりね。
「遠慮なく食べてくれていいよ」
「あ、それじゃあ……いただきます」
わたしは神に食事を頂ける事に感謝しつつ祝福をと祈ってからフォークで月餅を口に運んでいく。お菓子を食べるなんて私の記憶を含めても本当に久しぶりすぎて感動すら覚えてしまう。こんなにも甘くておいしい物があるのかって。
ジャンヌは真っ先に紅茶に口を付けた。一口一口味わうようにしてゆっくりと飲んでいく。カップから口を離すたびにため息を漏らして余韻を味わっているようだ。どうやら公爵令嬢の舌も呻らせる程らしい。と言うかわたしと同じ顔で艶っぽく仕草をされるとこっちが気まずい。
「カトリーヌ。味はどうかな?」
「え? あ、はい、とても美味しいです」
「それは良かった」
月並みの返事しか返せなかったけれど、どう美味しいかを比喩する必要は無いでしょう。それがわたしと私の共通した認識だ。わたしは別に料理人でも批評家でもないんだから、美味しいか不味いかだけ言えればいいと思うし。
ある程度食が進んだ所で先輩は軽く咳払いしてきた。
「そろそろ本題に入りたいんだけれど、いいかな?」
「はい、問題ありません。何でしょうか?」
と一応伺ってはみたものの先輩が口に出す提案は分かっているんだよね。貴族令嬢の代表格なジャンヌは何度やり直したってこのお茶会の内容を知る由が無いんだけれど、優雅な物腰を崩さない辺り概ね察しが付いているみたいだ。
「僕は市民枠で入学してきた生徒には残らず声をかけさせてもらっているんだ。どうかな、僕らのお茶会仲間に入らないかい? お茶会の度に僕からこういった普段口に出来ないモノを用意させるから」
「折角の誘いで悪いんですけれど、わたしは放課後働かないといけないので参加出来ません」
なのでわたしはあらかじめ決めておいた返事を述べて頭を下げた。
先輩の取り巻きの方々があからさまに不機嫌な顔つきをさせたけれど、直接わたしに文句を言おうとはしなかった。あくまでこのお茶会の主催者たる先輩に全部委ねる意思らしい。
一方の先輩は優しさすら感じる余裕な様子が崩れる気配が無い。この答えは想定の範囲内だったのかな?
「働くって言うのは、そちらのオルレアン公爵家での奉公だったっけ?」
「わたし、誰にも喋った覚えが無いんですけれど。どうしてご存じなんです?」
「独自の情報網がある、とだけ明かしておくよ」
「なら話は早いです。わたしももう働ける年齢ですから、少しでも家計の足しにしないと」
金の問題だ、とわたしは強調しておいた。メインヒロインは学園生活を楽しもうってクラブ活動に参加するらしいけれど、わたしはそんな暇があったら少しでも家族を楽させてあげたい。ジャンヌが誘わなかったら酒場でウェイトレスでもしていたかもしれない。
勿論本音は今一番ジャンヌに興味があるって所なんだけれど、それを先輩に教える必要は無い。先輩が貴族とは己の義務を放棄して血統と権力を振りかざすだけの堕落した存在だって考える限りジャンヌと分かり合えるとは思えないし。
「マドモワゼル、こちらのカトリーヌ嬢にそう仕向けたのは君かな?」
「私はただいい働き口をカトリーヌに紹介しただけで、オルレアン家と契約を結んで雇われたのはカトリーヌの意思でしょうね。貴方の言葉はカトリーヌの決心を侮辱しています」
「……っ」
ジャンヌのやや棘のある反撃に先輩の穏和な面持ちが初めて崩れた。紳士的に取り繕う仮面が外れた彼は気に入らないって感じでやや憮然としている。それもたった一瞬の出来事で、先輩はすぐ仮面をかぶり直したみたいだ。
「他の平民枠で入学した皆さんは快く僕達の集まりに参加するって言ってくれたよ。仲間内で話し合えればきっとかけがえのない時間になると思うんだ」
「右へ倣えには興味ないです。先輩はわたし達を平民で括っていますけれど、他のみなさんとわたしとでも生活環境は全然違いますし」
「僕らのお茶会に参加している時間すら惜しい、って?」
「それに美味しい飲食物は魅力的ですが、それに釣られる人ばかりじゃないって思います」
ごちそうさまでした、と深々とお辞儀をしてわたしは席を立った。ほぼ同時に隣で紅茶をあおったジャンヌも立ち上がる。ジャンヌもまた珍しい紅茶と菓子の感想と賛辞を述べた。更にはよければ取り寄せもお願いするかも、とまで付け加えて。
取り巻きの方々がわたし達を引き留めようとしたけれど先輩がそれを言い留めた。わたしの意思は伝わったらしく、無理矢理参加させるつもりはないらしい。むしろわたしは既にジャンヌに組しているって思われているかもしれないな。
「そうかい、残念だよカトリーヌ。君とは仲良くできると思ったんだけれどね」
「もしかしたら今以外の機会もあるかもしれませんよ」
先輩の一言はわたしに見切りを付けて突き放すような冷たさが孕んでいたけれど、わたしはあえてまだ今後があるって含みを持たせて返事を返した。ここはゲームとは違うんだし。私の想定を超えたイベントもあるかもしれない。今全否定するのはちょっと早いと思う。
「行こうかジャンヌ」
「ええ行きましょうカトリーヌ」
それでも今はわたしはジャンヌの手を取った。
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