第16話プレリアール②・商人
『双子座』において攻略対象は隠し要素を除けば五人いる。王太子、騎士見習、宰相嫡男は一応顔を合わせた形になっているけれど好感度は上がっていない、筈。とは言え公爵令嬢のジャンヌと親しくしているとどうしても接点が生まれてしまう。
「やあジャンヌ。そろそろ中間テストが迫っているけれど勉強は捗っているかい?」
「問題ありませんよシャルル殿下。私にとっては読み飽きた本を見返すより退屈です」
「それは頼もしいね。一応過去の問題を持ってきたんだけれどどうかな?」
「必要ありません。そのお気持ちだけいただきますわ」
特に婚約者である王太子様はよくわたし達のクラスに足を運んでジャンヌに声をかけていた。どうもジャンヌは『双子座』と違って王太子様にあまりアプローチしようとしないで一歩引いた関係を保っているらしい。おかげで王太子様の方がやや積極的になっている構図だ。
ちなみにジャンヌは何回もやり直す学生生活は都度優秀な成績を収めているらしい。むしろ一緒に勉強していると「次のテストはこんな問題が出ますよ」なんて教えてくれたし。ただ才色兼備と呼ぶにふさわしい彼女は今回自分の優秀さを隠すつもりのようだ。
一方のわたしは伊達に特待生になっているわけじゃなく、学業にも勤勉に取り組めばそれなりに好成績は収められる。なお私の知識はあまり役に立たない。数学とか科学はともかく社会と文学は全然違うものね。私の学生時代を思い出しながらこつこつと勉強する毎日だ。
ただ、あまりに優秀な成績を収めすぎると生徒会に目を付けられてしまう。程々に手を抜いて、けれど特待生の地位をはく奪されないぐらいには頑張らないといけない。何この匙加減、素直に全力で頑張って後で勧誘を断っちゃおうかな?
「ジャンヌ嬢、どこのクラブ活動にも属していないとは本当ですか?」
「ええアンリ様。折角なので自分の時間に費やしたいのです」
「それは勿体ない。貴女ほどのご令嬢であれば引く手あまたでしょうに」
「まあ、お上手だこと。私なんてそう大した事ありませんわ」
ジャンヌは王太子様に付き従うアンリ様とも良く会話する。尤も、彼に対しては当たり障りのない回答をするばかりで自分の本音をさらけ出すような真似はしない。『双子座』ではもっと打ち解けていた筈なんだけれど、断罪イベントで敵に回られるせいで最初から線引きしているのか。
そうしてジャンヌに接触する高貴な方々とわたしは大して喋っていなかった。
だって、ただの平民の分際で馴れ馴れしいだの不敬だの言われるのが嫌だったからね。
身分を弁えろと仰る筆頭のジャンヌは様変わりしているけれど、他のご令嬢から目を付けられたくはない。好感度が上がっていない攻略対象がわたしを庇ってくれる訳もないし、ジャンヌに手間をかけさせたくはない。自分の尻ぐらい自分で拭くし。
「あの、ジャンヌ」
「何かしら?」
「わたし達ってこう隠さずに親しくしてるけど、みんな何も言ってこないね」
「嗚呼、諦め半分納得半分でしょうね。またジャンヌはおかしな事してるって」
ただ、どうもジャンヌの立場は『双子座』とは既に違っているみたいだ。本当ならこの一ヶ月で既に派閥が生まれていて公爵令嬢の周りには多くの貴族令嬢方が集っている筈なのに、みんな会話こそしてもジャンヌとは親しくしようとする様子が無かった。
代わりに序列二位に甘んじていた侯爵令嬢のクレマンティーヌ様が多くの方々に慕われているようね。ジャンヌに対抗意識を燃やしつつも目障りになったメインヒロインを追い落とすべく共闘してくるシナリオもあったっけ。
「現金なものね。ほら、あちらの彼女は以前私を慕ってくださったのに今ではクレマンティーヌ様を褒め称えているようだわ」
「社交界で有利になるよう人脈は作らないの?」
「だってそこまでたどり着いた事無いもの。笑顔を張りつかせて疲れる交流した挙句徒労に終わるんだから、馬鹿馬鹿しくなっちゃったわ」
最終的にどの貴族令嬢方も断罪イベントで悪役令嬢ジャンヌを見限る。結局彼女達は自分達が富と地位と名声が安泰になるよう立ち回っているだけ。ジャンヌと親しくしようとするのもその家柄と立場に釣られるだけで決して彼女個人を見ようとはしていないんだ。
……最後にジャンヌは孤独になる。そうシナリオを書いたのは私だ。ジャンヌが達観したように言葉を吐き捨てる様子は私の胸を締め付ける。本当の絆を結べなかったのは全部私のせいだ。申し訳なさと今一度の決意が私の胸を焦がす。
「ところで以前のカトリーヌなんだけれど、何て呼べばいいかしらね?」
「本の主人公みたいだから、メインヒロインなんてどう?」
「あはっ! それ自分で言っちゃう?」
「だって前回のわたしなんて今のわたしには全然関係無いんだもん」
「それもそうね。じゃあそのメインヒロインさんなんだけれど、毎回お相手が違っていたわ」
ジャンヌの末路から確信はあったけれど、やっぱりメインヒロインは五人の攻略対象とそれぞれ結ばれたらしい。なのでジャンヌも誰が攻略対象なのか、専用ルート突入で何が起こるかは把握しているみたい。おかげでわたしがなるべく避けようとする不自然な立ち回りにも特に疑問は浮かべていない。
「じゃあメインヒロインさんの虜になっちゃう殿方は何て呼ぶべき?」
「メインヒロインが攻略しちゃうから攻略対象」
「あっははは! よく思いつくものね! 他の方に聞かれたら問題なんてものでは済まないわよ」
「じゃあ他の言い方にする?」
「いえ、それがいいわ。事実メインヒロインさんに攻略されちゃうんですし」
こんな感じに段々とジャンヌと情報の共有が行われていった。最初に明かしたようにジャンヌもわたしがある程度先の展開を知っているって認識してくれているから話が早い。お互い目指す方向は同じなんだから、ジャンヌがわたしを陥れようとしない限りは一緒に歩める筈ね。
「ピエールが接触してきたみたいね。彼がカトリーヌの出生の秘密を知ったらどう思うのかしら?」
「興味が無いかな。ピエール様にどう思われても今のわたしには関係無さそうだし」
「いずれ彼が宰相になるでしょうよ。文官になりたいなら今のうちに媚を売った方がいいんじゃないの?」
「公私混同はしない方だって信じてるから。能力で評価してもらうしかないよ」
これで未だに接点の無い攻略対象はあと一人。関わり合うイベントを避けてきたせいでまだ顔すら拝んでいない。最も彼に関するフラグを立てると一気に物語がややこしい方向に進んでいくからずっとこのままでいいかな。
――って思っていたんだけれど、どうもそうはいかないみたいだ。
「今年平民枠で入学してきたカトリーヌで合っているかい?」
「え、あ、はい。そうですけど……」
休み時間の合間を縫ってわたしに声をかけてきたのは一学年上の先輩だった。長身で髪は短く切り揃えて清潔、紳士的な物腰でとても優しそうな印象を受けた。わたしは初めてお会いする方だけれど私の知識で誰かは分かっている。
「悪いんだけれどちょっと放課後に時間貰えないかな?」
「ごめんなさい。放課後は仕事があるから帰らないと駄目なんです」
「じゃあ明日の朝は?」
「朝もお勤めがあるから無理です。すみません」
「……ふぅん、本当なんだね。オルレアン家で働いているって」
やんわりとお断りした筈なのに彼はやや口調を冷たくさせてきた。彼の設定は私が考えたのにいざ自分で味わってみるとその変貌ぶりには驚いてしまう。と同時に威圧されているようで怖さもちょっと感じる。
「ああ、申し遅れたね。僕はオリヴィエール。多分一度は耳にした事があると思うんだけれど、どうかな?」
「あ、はい。少しだけなら……」
オリヴィエール・ド・メディシス。この方は貴族ではない。いや、正確には歴史上王国や周辺国家が爵位を与えようとしたけれど悉く辞退しているんだっけ。メディシス家は大富豪、大商人、政治家、様々な著名人を輩出してきた名門だ。彼はその後継者にあたる。
そして彼はわたしがまだ会っていなかった最後の攻略対象に当たる。彼がわたしに興味を持つのはわたしが貴族令嬢じゃない一般市民だからだ。学園で数少ない一般市民の生徒は貴族達にいい顔をされないよう彼の庇護下に入る、と言い切って問題ない。
「なら、今度僕達のお茶会に参加しないかい?」
これはそんな彼とのファーストコンタクトイベント。けれど『双子座』だとわたしの教室では発生しない。下校しようとするわたしを彼が引き留める展開だった筈なのに、まさかこうして人目に付く場でイベントを発生させるなんて。
何も知らないわたしだったら流されるままに同意したかもしれないけれど、あいにく今のわたしには私とジャンヌって心強い味方がいる。彼がジャンヌを目の敵にする未来は避けたい。折角のお誘いだけれど、わたしの答えは決まっていた。
「あの、ごめんなさい。折角ですけど……」
「――あら、面白そうね。私も誘ってもらえない?」
が、わたしの決意はジャンヌの一言でひっくり返されてしまった。
わたしもオリヴィエール先輩も目を点にさせる。
この悪役令嬢は一体何を考えているのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます