第15話プレリアール①・毒舌

 学園に入学してから大体一ヶ月が経った。


 最初こそ波乱万丈な出だしだったけれど、慣れてくればそれが日常になっていくものなんだね。日の出前に起きてオルレアン家での朝のお勤めをする。朝食はクロードさんと一緒にオルレアン家使用人宿舎で取るようにした。さすがに寝静まった家では食べられないし。


 わたしが王立学園の生徒とはマヌエラさんも承知だったから登校はジャンヌと一緒の馬車になる。最初に歩いていくって言ったらジャンヌの命を受けたクロードさんに馬車の中に押し込められたんだっけ。なので通学はジャンヌとクロードさんの馬車に相乗りする形になった。


 勿論奉公の際はオルレアン家独自のメイド服に身を包む。オルレアン邸での朝の務めの後に直接通学する事になったから、わたしの制服はジャンヌ様の衣装箪笥の中にしまってある。見分けが付くようにハンガーにタグ付をした筈なんだけれど、何回か外された事がある。


「あら、カトリーヌの制服って私にもぴったりなのね。身長もそうだったけれど体型も同じみたいね」

「えっ!? そっちがわたしの制服? か、返してよぉジャンヌ~!」

「にしてもどうして食事も生活習慣も環境も違う私達がここまで似通っているのかしら? 双子だからってだけなのかしら? でも腕とかお腹の筋肉はカトリーヌの方がついているわ」

「さ、触らないでよぉ~!」


 まあ、どういう訳か制服へ着替える際はいつも出かける直前だし、しかもジャンヌの私室でなんだけれど。ジャンヌは遠慮なしに下着姿のわたしを見つめてくるし、時には髪とか肌を触ってきたりする。そんなにわたしって面白いのかな?


 ただ、あまりにもわたしがジャンヌと親しくするものだから同僚の使用人の何人かが不満を抱いているみたい。わたしは「調子に乗るんじゃない」的な陰湿ないじめを受けるかと危惧したんだけれど、意外にも特に荒波は立たなかった。

 ……まあ、十中八九原因はわたしの容姿のせいかな。同僚の使用人達が従う相手、つまり公爵家のご令嬢そのままなんだもの。何かがあればジャンヌの怒りに触れて首が飛ぶのは自分の方、と懸念してわたしに関わらないようにしているみたい。


「ジャンヌお嬢様、カトリーヌお嬢――」

「カトリーヌ、よ。言い直して」

「……っ。カトリーヌの役割ですが、屋敷内や庭の手入れを任せますと旦那様方とお会いになる可能性がございます」

「当面はクロードと同じように私の侍女として扱いましょう。他の使用人達にはミセス・マヌエラから話なら私を通すようにって厳命しておいて」


 それと、わたしは他のオルレアン家の方々と鉢合わせしない分担にされた。基本的に掃除の類は屋敷の主が不在にする朝から昼間にかけてやるし洗濯や台所仕事は専属の使用人がやってしまう。だからわたしは本当にジャンヌの付き人みたいなものだった。

 さすがに一ヶ月でオルレアン家に仕える者としてのマナーや教養等が身に付くわけでもなく。クロードさんに手ほどきを受け続けている。言わばメイド見習い、実習中ってわけね。尤も、一ヶ月も経つと一人にされる時間も増えてきたけれど。


「私の身の回りの世話を一通りこなせるようになったらクロードには別の仕事をお願いしたかったから丁度良かったわ」

「そう言えばたまにお屋敷でも見かけない時もあったかな」

「ふふっ、知りたい? 駄ー目、教えてあげない。きっとカトリーヌもすぐに分かると思うわ」


 つまり『双子座』のシナリオを転覆させる暗躍もしくはその下準備をさせるんですね分かりました。深く踏み込めなかったけれど、きっとわたしが知らなくてもいい世界なんだと思う。自分の書いたキャラが独りでに動くなんてむしろ私の大好物だし。


 そんな感じに過ごしてきたせいで結局わたしはどのクラブにも所属しなかった。自然と各攻略対象との接点も減ってしまい、中には会話も交わしていない人もいる。逆にジャンヌとは朝から晩までずっと一緒。『双子座』は百合ゲーじゃなかったんだけどなぁ。


「あら、折角由緒正しい家柄の殿方と親しくなれないのは不満?」

「ううん、全然。同級生の怨みとか妬みを買うのはさすがに遠慮しておきたいし」


 尤も、ゲームと違うリアル生活で乙女ゲーを楽しむ度胸はわたしには無い。やっぱり平穏が一番。堅実に勉強を頑張ってこのまま文官として就職すればわたしにだって明るい未来が約束されるんだし。危険を冒して攻略対象に挑む必要は無いでしょう。


 そんな感じで各攻略対象との邂逅イベント、部活での青春、生徒会への勧誘等、『双子座』のイベントを悉くスルーしていった。当然各攻略対象との恋愛フラグも立たないし好感度もあがらない。そのおかげか他の貴族令嬢方の反感を買う事態にもならなかった。


「お前はジャンヌ嬢の何なんだ?」

「えっと、何なんだと言われましても……」


 このままいけば特に波乱万丈にもならないまま無害エンドを迎えるんじゃないかって思い始めた矢先だった。彼がわたしに接触してきたのは。


 さすがに朝から晩までジャンヌと行動を共にしているからって四六時中彼女のそばにいるわけじゃない。少なくとも学園では表向きの主従関係から友人関係に切り替わるから、お花を摘みに行ったり違う選択科目を受けたり。

 そんな隙を突くように彼はジャンヌがいない間にわたしにいきなり乱暴な質問を投げかけてきたんだ。クラスは同じだし一応彼とは面識はあるんだけれど、言葉を交わした記憶は一切ない。当然わたしは彼について氏名以外は何も知らない。


 けれど私は彼についての情報を持っている。


「えっと、友達……になるんでしょうか?」

「阿呆が。どうしてそこで疑問形になる?」


 彼はピエール・ド・ナバラ。オルレアン公と並ぶ公爵家の嫡子。そして文官の最上位である宰相を多く輩出する由緒正しき名門。現在宰相を務めているのもピエール様の父親だ。そしてピエール様、宰相嫡男は『双子座』における攻略対象でもある。

 王太子殿下やアンリ様が先輩ならピエール様は同級生にあたる。メインヒロインへの好感度はピエール様が一番低い状態からのゲームスタートになる。と言うのもこのお方はあまり一般市民が貴族相手に馴れ馴れしくするのを快く思っていないからだ。


「大方その無駄にジャンヌ嬢に似た顔が彼女の興味を惹いたんだろうがな。そうでもなかったらジャンヌ嬢がお前なんかに関心を示すわけがない」

「それはジャンヌ様の意思次第で、ピエール様に決めつけられる謂れは無いと思います」

「決まっているんだよ間抜け。庶民が貴族王族を敬うのは義務ではなく常識だ。そして貴族が平民共を統治するのも義務でも義理でもなく当然の事だ。そこに疑問を挟む余地は無い」


 貴族を中心に国は回る。勝手に呼称するなら貴族主義とでも言おうか。他の貴族令嬢方もそんな考えが無いとは決して言えないけれど、彼ほど極端なのは珍しい。しかも私利私欲を満たそうとする腐敗貴族と違って真っ当な政治をしているから余計に性質が悪い。

 んー、と言うか宰相嫡男のキャラ付けしたのは私なんだから、こう軽い毒舌で批難されるのはある意味因果応報なのよね。これで乙女ゲーならやりがいがあるって発奮するんでしょうけれど、あいにくわたしにとってはちょっとムカつくばかりだ。


「じゃあ、ジャンヌ様と親しくするのは悪だって仰るんですか?」

「そこまでは言わない。話を聞く限りジャンヌ嬢が君と親しくしたいようだからな。だが節度ってものがあるだろう。自分の立場を弁えたら……」

「分かりました、貴重な意見ありがとうございます。今後の参考にします」


 これ以上彼と話す気なんて全く無かったから、彼の主張を早々と打ち切ってわたしは深く頭を下げた。嘘は言ってない、ちゃんと参考にはするつもりね。ただし実際に行動を改めるつもりなんてこれっぽっちもないのだけれど。


「おい、話はまだ――」

「もう休み時間も終わって授業始まっちゃいますよ?」


 結局攻略対象の一人、宰相嫡男との会話はこんな感じに早くも終了した。こんな調子だったらまず攻略して専用ルート突入なんて無理よね。うんうん。

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