第14話フロレアール⑭・家族

 わたしの出生の秘密をお母さんが打ち明けた後、わたしはオルレアン家のお屋敷で働く旨を報告した。勿論お母さんからは猛反対された。だってまた赤子の頃のようにわたしの命が危うくなるんだから、その心配は当然と言えるしありがたくも感じた。


「大丈夫です。私やこちらのクロード、そして家政婦長のマダム・マヌエラが必ずカトリーヌを守りますから」


 そんなお母さんの頑なな意思もジャンヌの自信に満ちた断言の前では無力だった。

 それにそもそも学園に入れるぐらいの年代になったらもう大人扱いされ始める。いつまでも保護者の同意が必要な私の現代世界とは違うんだから、私がやりたいって言ったらもう覆せないし。


 一応お父さん達他の家族はわたしの出生を知っているのかってお母さんに聞いてみたけれど、私の記憶どおりお母さんしか把握していないみたい。お父さんは孤児を友人からもらってきたって聞いただけみたい。


「そうだ。折角だからカトリーヌの部屋も案内してもらえない?」

「別にいいけど、何も面白いモノなんて無いよ?」

「いいのよ。どんな風になっているか純粋に興味があるだけだから」

「……うん、分かった」


 一通りお母さんとの話が終わったので次何しようってなったら、ジャンヌはどうもわたしの私生活に興味があるみたいだ。

 ジャンヌにとっては過去七回ともメインヒロインは単に公爵令嬢の人生を破滅させる邪魔者でしかなかった。向き合おうとするなんて思いつきもしなかったのでしょうね。そうした視点だとジャンヌは大きく変わっているし、一歩踏み越えてきていると評してもいい。


 わたしは自分の部屋の前に来て扉を開けようとしたのだけれど、「待って」とジャンヌが取っ手を掴もうとするわたしの手を制した。代わりにジャンヌはわたしの前に進み出て廊下と部屋を遮っていた扉を開け放った。


「あ、お姉ちゃんおかえりなさーい」

「姉さん、今日は遅かったね。どうしたの?」


 扉の向こうにいた妹達の声が聞こえてくる。わたしの二人の妹は特にわたしを強く慕ってくれてもいないし逆に嫌われてもいない。まあごく普通の仲が良い姉妹って感じかしらね。だから何の気兼ねなく声を送ってくるのは自然の成り行きだと思う。


「……えっ?」


 ところがどうも今日はたまたまわたし、に見えるジャンヌに視線を移してきたのか、上の妹のジスレーヌが疑問の声を挙げてきた。その反応が見たかったらしく、ジャンヌは「あはっ」と笑い声を挙げてわたしに視線を送ってきた。


「一瞬迷ったようだけれどちゃあんと私との区別が付くみたいね」

「ジャンヌ、さすがに趣味が悪いと思うな」

「それはごめんあそばせ。でも好奇心が湧いたんですもの。試さなきゃ損でしょう?」


 ジャンヌは愉悦で顔をほころばせながらわたしの腕に素早く手を回し、自分の方へと引き寄せた。自然とわたしの姿も妹達の前に出る訳で、それから妹達の驚きの声が部屋に轟いたのも当然の成り行きで。


「お姉ちゃんが二人!?」

「姉、さん? ……でいいんだよね?」

「あ、うん。わたしがカトリーヌで合ってるよ。こっちはわたしが通いだした学園で友達になったジャンヌさん」

「お初にお目にかかります。ジャンヌと申します。よろしくお願いいたします」


 ジャンヌは声も出ない妹達に向けて品に溢れるお辞儀をしてみせた。

 同じ顔で同じ血肉を分けていてもやっぱ育ちの違いで一つ一つの仕草が全然違うのよね。人と初めに交わす挨拶がその最たる例だ。これならさすがにわたしとジャンヌの見分けがつかない人はいないでしょう。……いないよね?


「えっと、こっちのわたしと同じ年ぐらいの方がジスレーヌ。それから幼い方が末のロクサーヌ。二人とも、ジャンヌさんに挨拶を」

「あっ……! よ、よろしくお願いします」

「ジスレーヌって言います。初めましてっ」


 わたしに促されて大慌てで妹達は深々と頭を下げてきた。どうやら二人は家事手伝いを申し付けられたらしく、大量の衣服を畳んでいる最中だった。今朝のうちに洗って屋上に干していた洗濯物を取り込んだのかな。


「姉ちゃんもロクサーヌもどうしたんだよ? ……って、ええっ!?」


 妹達の驚きで夕食の下ごしらえをしていた弟がエプロン姿でやってきた。包丁持ったままで来てたら頭はたこうとも考えていたんだけれど、さすがに杞憂に終わったみたいだ。ただ声を裏返した上でわたしはともかくジャンヌを指差すなんて失礼じゃないかな?


「姉ちゃんが二人!? あの無駄に偉そうにしてる学園で分裂してきたの!?」

「こらフォビアン、お客様に失礼でしょう! ごめんなさいジャンヌ、決して悪気があったわけじゃないの」

「いいのよ。むしろ男の子はこれぐらい元気な方がいいわ」


 わたしは慌てて弟の方に駆け寄って頭を下げさせる。すぐに違和感に気付いた妹のジスレーヌ達に比べて弟のフォビアンはどうやら鈍いらしい。ジャンヌは無作法なフォビアンに気分を害する様子も無く笑みを浮かべながら部屋の中へと入っていった。


 わたし達姉妹の三人部屋はテーブルを置くと寝るスペースも無くなるので、基本的には敷物や質素な家具、申し訳程度の小物ばかりが置かれている。無駄に創りの良い化粧机があるけれど、粗大ごみ同然のものを貰ってきただけだ。


「……寝具はどうしているの?」

「夜になったら敷物と毛布と枕を出して寝るだけかな。ベッドを置く広さも無いし」

「床に寝るのね。さすがに私も普段床で寝た試しはないわ」

「貴族令嬢がベッドで寝ない方がおかしいんじゃないかな……?」


 ジャンヌはスカートを両手で押さえながらその場に座り込んだ。そしてまだうず高い洗濯物の山から一つ衣服を手に取る。姉のわたしと同じ容姿をしながらも品格に溢れたジャンヌの一挙動に目を奪われていた妹達は、ジャンヌに声をかけられて動揺を示す。


「ねえ、これどうやって畳むのか教えていただけない?」

「えっ? でもお姉さん、もしかしなくてもその、貴族様なんでしょう?」

「お姉さん……ふふっ、何だかこそばゆい呼ばれ方ね」


 まさかの申し出だった。と言うかどんな酔狂を起こしたらメイドがやるような雑務に興味が向くんだろう? 人にはそれぞれ生まれながらの定めがあって自分達は神に選ばれし存在、手を汚すんじゃなくて人を使ってこそ事態を収める、って感じが貴族様の一般常識なのに。

 ジスレーヌとロクサーヌがいつもよりゆっくりと服や下着を畳んでいく。それをジャンヌが見よう見まねで同じように畳んでいく。すぐにコツを掴んだのか段々と作業のペースが上がっていく。服にしわが出来ないよう丁寧に仕上げながら服を重ねていく。要領がいいのかな。


「お嬢様、そのような作業でしたら私めが……」

「駄目よ。これは仕事じゃあないんだから。けれど、たまになら楽しいけれど毎日やるには飽きちゃいそうね」

「ドレスは毎日洗えないとは言え何日も着ていれば香水でごまかせなくなりますからね。とは言え洗濯は本来私めの仕事ではありませんが」

「香水ってあまり好きじゃないのよね。家事を任せているうちの使用人達には後で労いの言葉を送っておきましょう」


 わたしも手伝ったので洗濯物の山はあっという間に綺麗に折り畳まれた。それらを各個人ごとの山に整理し直して衣装箪笥にしまっていく。

 気が付けばもう日が沈んでいて外は暗くなっている。ランタンに灯りをともして室内を明るくしているけれど、私の世界の蛍光灯とかと比べると明らかに暗い。本を読んだり編み物をしたいなら居間にある小規模な暖炉を光源にした方がいいかな。


「それじゃあカトリーヌ、私達はそろそろ帰るわね」

「えっ? でもお姉さん、外はもう暗いし夜道は危ないよ」

「ふふっ、心配してくれてありがとうね。けれど大丈夫よ」


 窓から夜空を確認したジャンヌは徐に立ち上がった。危険な夜道を無防備に歩こうとする貴族令嬢にジスレーヌが心配そうに声をかけた。そんな上目づかいにする妹にジャンヌは微笑みながらその頭を優しくなでる。


「うちのクロードはとぉっても強いんだから、暴漢に襲われても返り討ちにしてくれるもの」

「言っておきますが対処可能だからと危険な目に遭う可能性が高い選択肢を選ばせるわけにはまいりませんからね」

「それじゃあカトリーヌ、玄関先まで見送りお願いできる?」

「うん、分かった。でも本当に出来るかは試さないと分からないよ?」


 クロードさんの鋭い指摘も何のそのでジャンヌはこちらに手を差し伸べてきた。わたしもジャンヌの手を取って腰を上げる。ジャンヌは居間を横切る際に慇懃にお辞儀をして、お父さんとお母さんはわざわざ振り向いて深く頭を下げた。


「お邪魔しました。またお伺いしても構いませんか?」

「い、いえ! こんな古い家で良ければ遠慮なく来てくれて構わない……ません」


 わたしそのままだけれどその気品は隠しきれないのか、事情を全く知らないお父さんも思わず敬語に言い直していた。にしても、まさか今回だけじゃなくてまた訪問するつもりなの? 別に暇をつぶせるゲーム盤や本みたいな面白いものは置いてないんだけれど。


 懸念していた闇属性の空間移動魔法は意外にあっさりと出来た。そもそも『双子座』での聖霊術や魔導の理論体系を考えたのは私だったし、後は想像力の問題だもの。まあ、何の訓練もしてない初めての魔法行使だったからそれだけでかなり精神力を持って行かれた。


「これがあったら色々な所に行けそうね。楽しみだわ」


 ジャンヌの物騒な呟きは聞かなかった事にしよう。

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