第13話フロレアール⑬・白状

 貧民街に密集する家屋は単にぼろい……もとい、年季が入っているだけで間取りは意外に広い。と言うのも貧民街はまたの名を旧市街地、昔は王都の中心として栄えた区画だった。時代を経て発展するにあたって新市街地が開発されたため、古き街がやがて取り残されただけだ。

 そんな一画にあるわたしの家も居間を除いても狭いながら三つ部屋があって、それぞれ両親、女の子、男の子用兼物置って割り振っている。ただし一部屋は狭い。私風に言えば四畳半ぐらい。当然かさばる私物なんて置けやしないから色々と室内の空間を工夫しなきゃいけない。


 お母さんはそんな狭い自室にわたし達三人を招き入れた。玄関兼居間を通り過ぎる際にわたし達を横目で見たお父さんが瓦版的な情報誌を取り落としていた。弟や妹達はまだわたしの部屋にいたり教会でお手伝いをしているようで見かけなかった。


「あの、お話する前に聞きたいんですが、ジャンヌ様はやはり……」

「ええ、私はオルレアン家の娘です。察しの通りカトリーヌの双子の姉妹ですね」


 お母さんはさっきジャンヌを一目見た時より少し落ち着いてきたものの、相変わらず狼狽えたままだった。ジャンヌはオルレアン邸と比べるのもおこがましいぐらいみすぼらしい部屋の中に咲き誇る薔薇のように余裕をもって優雅な様子だった。

 お母さんは手を握って唇をきゅっと閉める。そしてそんなジャンヌに負けまいと気丈にも彼女を見据えた。


「カトリーヌを……わたしの娘をどうするつもりですか? まさか今更連れて帰ろうだなんて……!」

「オルレアン家に迎え入れる? あぁ、そう言えば最初はそんな展開だったかしらね」

「えっ?」


 ジャンヌが口にした最初って王太子様ルートかな。メインヒロインがオルレアン家に戻る展開はそれしかない。他のルートだとわたしの出自は明らかにならないままだから、平民として各攻略対象と結ばれるのよね。夢や物語みたいだったって描写だったかな。

 お母さんもわたしの双子の姉妹のジャンヌについては知っている筈。だからわたしと瓜二つの公爵家ご令嬢が姿を見せた時に恐れたんだ。闇の適性があるからって赤子のわたしを排除しようとした公爵家が今更どうして、って想いが強かったんだと思う。


 けれどジャンヌはそんなお母さんの心配を一蹴するように鈴を鳴らしたように笑った。お母さんが意表を突かれたようで驚きの声を挙げ、後ろで控えるクロードさんの表情がわずかに訝しげに眉をひそめていた。最初って何、って辺りかな?


「ご安心ください。オルレアン家の者でもカトリーヌの出自を知っているのは私を含めてごく一部になります。また、家族に明かしたりカトリーヌを連れて帰ろうだなんて思ってもいません」

「ほ、本当ですか?」

「神に……いえ、私自身の誇りに誓って」

「……そう、ですか。ではお話しますが、他言一切無用でお願いします」


 神に誓わないのはもしかしたらジャンヌのやり直しが神の意志かもって考えているからかな? まさか神をこの世界の創造主の私だって捉えているとは思えないし。そして家名にも誓わないのは『双子座』の終盤の断罪イベントで容赦なく切り捨てられてきたせい……?


 お母さんが重い口を開いて語った真実はほぼ私の考えた設定どおりだった。闇属性の忌み子を殺すよう迫ったオルレアン公と我が子を殺すのは嫌だとの公爵夫人で喧嘩になり、色々な過程があってオルレアン家に仕えていた友人からお母さんが引き取った、と。

 ただお母さんは原作やアニメ版では省略されていた詳細や個人個人の感情を生々しく語ってくれた。正直、私の知識で分かっていたわたしも衝撃を隠せなかった。数日前まで自分は普通の女の子だって思ってたのに、中々現実を受け止めきれない。


「……成程、中々興味深い話でした」

「いえ、つまらない話でしたが。それより……」

「? どうしたのお母さん?」


 ジャンヌがお母さんに深々とお辞儀をする。結っていない長い髪が上質なカーテンのように流れていく。お母さんは顔を横に振った後、わたしに視線を移してくる。その眼差しに宿るのは……困惑? それとも疑惑?


「カトリーヌ、まさか知っていたの?」


 これはさっき私が闇の適性有りだったって判明した時と同じね。本来この時点でわたしが知る由もなかった真実を知っていたせいでこの衝撃の告白にも反応が薄かったから、そう判断されたんだと思う。ごまかす事も出来たんだけれど、お母さんには正直でいたかった。


「ごめんなさい。ジャンヌに会ってお互い話していたらあれって思っちゃって……」

「……元々わたし達夫婦とも下の子達ともあまり似ていなかったものね。疑問に思っちゃうのも仕方がないか」


 お母さんは寂しさを入り混じらせた眼差しを窓辺に送って遠い目をさせた。今までいちばん近かった、家族だったお母さんが急に遠くに離れていく気がして、わたしは無意識のうちに身を乗り出してお母さんの手を取っていた。


「えっ? カトリーヌ?」

「あの、お母さん。生まれがどこだってわたしはお母さんの娘だから。ここがわたしの家でここがわたしの帰ってくる場所なのは変わらないよ」

「……っ!」


 そう、これだけは絶対に否定させない。前世の私がどう思っていようとわたしの半身のジャンヌが何を想おうと、わたしの家はオルレアン邸じゃなくてここだ。公爵令嬢としてどんな華やかな生活が約束されていたってわたしの心は今の家族と共にある。


「でも、もし公爵様がカトリーヌを迎えに来たら……」

「人違いだって言い張るよ。わたしを生んでくれた人はまだわたしを愛してくれているかもしれないけれど、わたしをここまで育ててくれたのはお母さんだもの」

「カトリーヌ……」


 わたしはお母さんに自信を込めて笑ってみせた。お母さんは感動したのか大粒の涙をぽろぽろと流して手で顔を押さえる。そんなお母さんを安心させたくてわたしはもう片方の手でお母さんの肩に手を添えて「大丈夫だから」って何度も口にした。

 しばらくするとお母さんも落ち着いて、目元を袖で拭いながら鼻をすすった。こんなにも心が動いたお母さんを見るなんて初めてだったから、表には出さなかったけれど結構驚いてしまって混乱するばかりだった。


「ごめんなさい、情けない所を見せちゃって……。それでジャンヌ様はカトリーヌのお友達だってさっき聞きましたけれど?」

「はい。話してみるととても楽しかったので。双子の姉妹だなんて関係無しにお付き合いさせていただければって思います」

「……あ、いえ、すみません。まさか貴族の方ばかりが通うあの王立学園でこんなにも早くお友達が出来るなんて思ってもいなかったもので……」

「いえ、自分でも驚きですから。こんなにも積極性があったなんて思ってもいませんでした」


 ジャンヌはお母さんの手を優しく取った。ジャンヌが浮かべた微笑はやっぱり教会に設立された聖母像のそれを思い起こさせる。これがまだ貴族令嬢の鑑と讃えられた公爵令嬢ジャンヌだったら分かるけれど、悲惨な道を歩み続けた今のジャンヌがさせると畏怖すら抱いてしまう。


「カトリーヌのお母さんだったら私の母親でもあるのね。家族が一気に増えて素敵じゃないの」

「えっ?」

「お嬢様、それはどうかと愚考いたしますが」

「少なくともお母様を蔑ろにするお父様や妹達よりはよっぽど愛着が持てるもの」


 お母さんは困惑した様子だけれど、咎めるべきクロードさんは建前のように言葉を並べるだけだった。また現在の公爵家におけるジャンヌの立場が更に浮き彫りになった形だ。多分つい先日のわたしだったら想像もしなかったでしょうね。煌びやかな貴族様があんなおどろおどろしい内情を抱えているだなんて。


「同じ血肉を分けた姉妹としてお礼申し上げます。ここまでカトリーヌを愛してくれて本当にありがとう」


 オルレアン家を代表して、とはやっぱり言わない。ジャンヌはあくまで個人的にわたしを想うって意思を露わにするばかりだった。

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