第12話フロレアール⑫・帰宅

 わたしはオルレアン公爵邸からの帰路についている。夕暮れ時なので茜色な空模様、王都の街並みも同じような色に染まっていた。さすがの王都でも夜になると繁華街以外は寝静まる。まあ、夜な夜な社交パーティーが開かれる貴族の屋敷は活気にあふれるんでしょうけれど。


 そんな馬車と歩行者がそれなりに行き交う道をわたしはジャンヌとクロードさんと一緒になって歩いていた。

 別にわたしは帰るだけだから歩いていけばいいんだけれど、ジャンヌ達が帰る頃には日が沈んじゃっている筈。馬車でも手配しないと身の安全は保証できない。そんな疑問をジャンヌに投げかけたら、彼女は帰りはわたしに送ってもらうって言ってきた。


「夜限定の空間移動魔法、使えるんでしょう? カトリーヌの家からオルレアン公爵邸までの移動なんて一瞬だものね」

「空間移動魔法……!?」


 ジャンヌがさも当然だとばかりに問いかけてきて、それを耳にしたクロードさんが驚きの声をあげた。

 そう、それが危ない夜道を歩かずにわたしが家と公爵邸の間を通勤出来る根拠になる。


 『双子座』では闇の適性があるって発覚した後のイベントで攻略対象と一緒に危機に陥った際にメインヒロインが咄嗟に行使する。だから本来この時点でのわたしに出来やしない。って言うか闇に適性があるかだってまだ判明してない時期なんだから当然よね。


「やり方は分かってるけれど、実際に試した事は無いかな」

「あら、じゃあいい機会に恵まれたじゃないの。早速やってみましょうよ。どんな才能だって使わなきゃ宝の持ち腐れだもの」

「でもソレを言っちゃったらジャンヌだってわたしの力に頼らなくても……」

「あぁ、そっかぁ。ふふっ、カトリーヌも私の能力はちゃんと分かってるのね」


 ジャンヌは歩きながら私の肩に手を置いて身を寄せてきた挙句に耳元で囁いてきた。近い近い、危うく体勢を崩して転ぶところだった。私すら知らない変貌を遂げたジャンヌがあまりに未知数すぎて、怖さ半分興味半分って変な気分になってくる。

 あと、そう密着しているとクロードさんからの視線が痛くなってきた。平民が高貴なるご令嬢に馴れ馴れしく近づいて、とか思っちゃっていたり……してたんだけれど、どうもクロードさんは人目を気にしているだけのようだった。


「あら、もっと自分の立場を考えてください、っていつもみたいには言ってこないのね」

「肝心な部分ははぐらかされていましたが、あの場にいて何も察せられないなら無能としか言いようがありません」

「そうかしら? その推測も単なる偶然が重なっただけかもしれないのに?」

「かもしれません。なので私はお嬢様より真実をお聞きしない限りその件に関して口に出すのは控えたいと思います」


 わたしはまだ帰宅していないから学園の上品な制服を着込んだままなんだけれど、どういう思惑なのかジャンヌもまだ着替えていなかった。おかげで同じ人が二人肩を並べて歩く構図が依然として続いている状況になる。


 一方のクロードさんは長袖長スカート、私世界の萌え文化とは無縁の貞淑なメイド服に身を包んでいる。無駄に身体のラインも出ていないながらも女性らしい気品も持ち合わせる仕事服、この辺りはかなり私のこだわりが反映されている。

 とは言え、学園が主な舞台になる『双子座』ではクロードさんの出番は無い。メインヒロインの出生の関係でオルレアン家のメイド服はデザインしたのだけれど、クロードさんやマヌエラさんは私も初めてお目にかかった。

 ……うん、正直クロードさんやマヌエラさんは『双子座』に登場したモブメイドよりよっぽどオルレアン家メイド服を着こなしている。多分夜一人きりで事務所のパソコンの前にいたら凄まじいテンションで素晴らしいとか言いながら拍手するぐらいに。

 創造主の私にすら新鮮な世界だなんてどれだけ素敵なんだろう、と少し楽しくなった。


 そうこう話しているうちに貴族のお屋敷が立ち並ぶ区画を抜けて普通の街並みになった。そこから更に進んでややスラム化した古びた街並みに入っていく。この辺りになると都市計画なんて関係無いとばかりに入り組んだ狭い路地が建物の隙間を縫っている感じになる。


「へえ、この区画には初めて来たけれどこんな感じになってたのね」

「比較的安全な道を進んでるけれど、泥棒とか暴漢はいるから周りには気を付けてね」

「あらやだ怖い怖い。もし囲まれちゃったらクロードに助けてもらうしかないかしら」

「あらかじめ申しておきますが、限度がありますからね」


 行き交う人にはわたしから率先して顔見知りか否か関係無しに挨拶を送る。知り合いだったら交流を深めたいのもあるし、何か邪まなたくらみを抱く輩の出鼻をくじく目的もある。まあ、さすがにその多くが懸念で、返事や手での仕草を返してくれる人の方が圧倒的だけれど。

 ただ、やっぱりって言うか、わたしの隣にわたしそのままなジャンヌがいる状態は結構多くの人が困惑していたり驚いたりしていた。いちいち説明するのも面倒なので新しくできた友達です、の一言で押し通したけれど。


 自宅に到着した頃にはもう太陽は見えなくなっていた。もうじきこの橙色の空も暗くなっていくんだろうな。今日はあまり雲が無いから夜空を見上げたら沢山の星が綺麗に輝いているんだろうな。今度こっちの世界の星座について勉強してみようかな。


「ただいまー。扉開けてー」

「ちょっと待ってー。今開けるからー」


 わたしは玄関扉を一定の間隔で何回か叩く。程なく内側からお母さんの声が近づいてきて、扉内側の閂を外す音が聞こえる。扉が外側に開かれて中からエプロンとバンダナを装備したお母さんが姿を見せた。


「おかえり。今日も帰りが遅かったけれど、また図書室で勉……」


 案の定お母さんはわたしの隣のジャンヌを目にして一瞬固まった。

 次にお母さんが起こした反応は驚きや戸惑い……じゃあなくて、恐れと焦りで顔を青ざめさせたんだ。歯や腕が震えて、ジャンヌに視線が固定されて、何か言おうとしても空気が口から漏れるばかり。あまりの狼狽えぶりにクロードさんが心配そうな眼差しをお母さんに送る。


 ごめんお母さん。正直、お母さんならジャンヌを目の当たりにしたらきっとそうなるだろうなあって何となく予測出来てた。


「あ、お母さん。こちらは学園で出来た友達のジャンヌさん」

「お初にお目にかかります、おば様。私はジャンヌと申します。こちらは私個人に仕えるメイドのクロードです」


 わたしは平然を装いつつジャンヌを紹介した。彼女は慇懃に頭を垂れると、クロードさんを紹介する。クロードさんはわたしより一歩引いて無言で恭しく頭を下げた。玄関扉でお母さんが固まっているせいで二人を中に案内出来なくて三人して立ったままな状態だ。


「驚いちゃった? わたしも学園で初めてジャンヌさんと会った時すっごく吃驚しちゃって。それがきっかけになって話し込んじゃったら仲良くなれたの」

「そうね。全く違った環境で育った私達がこんなにもそっくりなんですもの。運命とか神の悪戯を感じてしまったわ」


 どうやらお母さんのただならぬ反応にジャンヌも気づいたらしく、含みを持たせた微笑みをさせてわたしの取り繕いに便乗してくる。そんな様子の公爵令嬢を目にしたお母さんは慌ててわたしの手を取ろうと手を伸ばしてきた。


「カトリーヌ、こっちに来なさい! すみませんがもう日が沈みましたし、今日は帰ってもらっていいですか?」

「御心配には及びません。こちらのクロードは殿方顔負けの強さを持つ護衛も兼ねていますから」

「そうは言いましてもここからでは結構歩くでしょう? 暗い夜道を女性が二人歩くにはこの辺りは物騒すぎます」

「あら、まだ私は家名を名乗った覚えは無いのだけれど?」


 わたしが手を後ろに回したせいでお母さんの手は空振りに終わった。代わりにジャンヌが伸ばされた手を見事なぐらいに鮮やかに掴み、自分の方へと引き寄せる。一連の動作は普通殿方がご令嬢相手にやるもんだろと思うのは私が乙女ゲーに染まっているせいか?


「カトリーヌが過ごした家と家族にも興味はあったけれど、俄然貴女にも興味が湧いたわ。その様子だと知っているのでしょう? 折角の出会いなんですもの、教えていただけない?」

「な、何を……?」

「とぼけたって無駄。私が本腰を入れて調べればすぐ分かっちゃうんだから、今のうちに白状した方がいいって思うわ」

「ひっ……!?」


 ジャンヌの笑みにやや狂気の色が宿る。凄みがあったせいかお母さんが軽く悲鳴を挙げた。


 ええ、ジャンヌの察しの通りお母さんはメインヒロインの出自を知っている。わたしの生母、つまり公爵夫人は侍女の一人に赤子のわたしを託し、その侍女は子宝に恵まれていなかったメイド仲間の友人に孤児として引き取ってもらった。その友人がお母さんだ。

 当然本来お母さんの口から衝撃の真実が伝えられるのは今から半年以上も後。それも王太子ルート限定。学園に入学してすぐの時期に発生していいイベントじゃない。それも、悪役令嬢がメインヒロインを懐柔して深く踏み込んでくるなんてどんな展開なんだって話よね。


「カトリーヌの事、少し詳しく聞いていい?」

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