第11話フロレアール⑪・妙案
オルレアン家家政婦長との採用面接は無事ではなかったけれど何とか終わった。結論から言うとわたしは採用になったんだけれど、その過程では色々と問題があった。
「カトリーヌお嬢様は……」
「カトリーヌ、よ。どこにでもいる街中の女の子。そこは間違えないで」
「しかし……いえ、失礼いたしました。ジャンヌお嬢様の望むがままに」
まずわたし、って言うよりメインヒロインカトリーヌの正体を知ったマヌエラさんがわたしに恭しい態度を取るのをジャンヌは咎めた。あくまでわたしとジャンヌは良く似ているだけの他人。偶然を装うつもりらしい。
とは言ってもさすがに無理があるんじゃないかな? だってさすがに面影がある程度ならまだしもわたし達は双子の姉妹、並んで立ったらどう斜めから眺めてもそうとしか見えないでしょう。ジャンヌがどこまでしらを切りとおすつもりなのかは分からない。
「オルレアン家の敷地にいる間も外見を私に合わせてもらうから。髪型、化粧、後は姿勢かしらね。私の方もカトリーヌに近づけるよう努力してみるから」
「しかしジャンヌお嬢様。どうしてわざわざカトリーヌお嬢さ……もとい、カトリーヌと見た目を揃えられるのです? 奥様や旦那様にもカトリーヌについて打ち明けないおつもりですのに」
「だからこそ愉しくなるんじゃないの。お父様とお母様がどんな反応をなさるのか、見てみたいとは思わない?」
「わ、私めにそんな悪趣味は……失礼、旦那様や奥様を謀りたくはございません」
なのに今日みたいに見た目は瓜二つにしろって言われた。学園のみんなから奇異な目で見られるのは別にいいんだけれど、このお屋敷での厄介事に巻き込まれたくはないなあ。特に赤子のわたしを抹殺しようとしたオルレアン公には何をされるか分かったものじゃない。
とは言っても跳ね除けるぐらい拒絶したいとも思わない。わたしでも磨けば神に与えられし美貌とまで比喩されるジャンヌそのままの容姿になれるんだって喜びもある。わたしだって女の子なんだし綺麗になりたいしお洒落だってしたい。ただし身の丈に合った、って前提があるけれど。
「あと、学園でもどうかと思いますのにこの屋敷でも名前で呼び合うのはご再考いただきたく」
「その件に関してはわたしが許可したから黙認しているって言い切ればいいわ。お父様やお母様に何か言われたならわたしに話を聞いてくれって言っていいから」
「……っ。分かりました。他のメイド達には上手くごまかしておきます」
更に一般庶民のわたしがジャンヌと名前で呼び合う仲になっていた点を指摘されたのだけれど、ジャンヌが問題無いの一点張りで押し通してマヌエラさんが折れた。しかもオルレアン公や他の兄弟達にも自分が許可していると言い切るつもりらしい。
結局、ジャンヌがわたしをどうしたいかその思惑が見えてこない。双子の姉妹として接したいけれどその真実は隠しておきたい。どうして? 単に破滅を回避したいならこんな事態を複雑にしなくたっていいのに。
確かに私はジャンヌに幸福に生きてほしい。けれどその為にわたしが不幸になったんじゃあ本末転倒。私が攻略対象って呼んでいる方々を避けるのだって厄介事から遠ざかる為だし。生まれとかご大層な設定なんて知らない。わたしはただの平民カトリーヌだもの。
最悪、ジャンヌが前回みたいにわたしを陥れようとしているなら……夢を諦めてでも逃げ出す以外道はないのかもしれない。
「それじゃあカトリーヌは採用、でいい?」
「出自以外は問題ではないでしょう。後は我々の教育とカトリーヌの心がけ次第かと」
結局、ジャンヌとマヌエラさんはわたしの正体について摺り合わせしたぐらいで、わたし個人が公爵家に仕えるに値するかは二の次にされてしまった。尤も、わたしを無碍に追い払う選択肢はマヌエラさんから真っ先に外されていたようにも感じたけれど。
「そう、じゃあ今日の所は日が昇っているうちに帰ってもらいましょう。明るいうちは徒歩で帰らないといけないんだったかしら?」
「えっと、それだと日が沈んだ後は一人で帰っても問題ないって聞こえるんだけれど?」
「とぼけなくたっていいのよ。だってカトリーヌったら今回は自分が闇属性持ちなんだって分かっていたんでしょう?」
「……っ」
言われてみたら確かにさっきのわたしは『双子座』でのメインヒロインの反応と違っていた気がする。
だって私を思い出してなかったらわたしは魔法って単語なんて噂で耳にするぐらいだ。具体的に魔法でどんな事が出来るのかなんて全然知らないし、属性ってそもそも何だっけって状態だし。だから本当だったら水晶玉が真っ黒に染まっていくのは怖くてたまらなくなった筈なんだ。
けれど予備知識があるせいで闇属性を持つとどんな虐げられるのかは私が一番よく分かってしまっている。波乱に満ちた道を避けたくて属性検査なんて出来るだけ受けたくなかった。そうした反応の違いをジャンヌ様に看破されちゃったか。
「ちょっとした知る機会に恵まれちゃったかな」
「ふぅん、そのきっかけが何なのかは是非知りたい所だけれど、後からゆっくりと確かめさせてもらうから」
ジャンヌは微笑みながら雇用に関する書類にオルレアン家を代表してサインを記載した。わたしもその隣に仕える者として自分の名前を記す。双子って言ってもさすがに生まれ育ちが全然違うせいか明らかにわたしの方が字が汚い。こればっかりは仕方がないよね。うん。
「それで、カトリーヌはいつからうちに来てくれるのかしら?」
「今日帰ったらお父さんとお母さんに事情を説明して許しを貰って、早かったら明日の夕方からだって思う」
「カトリーヌの育った家、か。そう言えば今まで一回もそっち方向に興味を持った事なんて無かったわね」
何か目の前の悪役令嬢様からとんでもないお言葉を聞いた気がする。残念だけどわたしの聞き違いじゃあなさそう。若干顔が引きつるわたしを余所にジャンヌ様は妙案を思い付いたとばかりに顔を輝かせて手を叩いた。
「ねえカトリーヌ。今日の夜そっちにお邪魔してもいいかしら?」
ジャンヌがわたしの家に来襲する? そんなの私が書いた『双子座』のどのルートにも無い展開だ。
だってわたしの家があるのは貧民街。誇り高き公爵家の令嬢がそんな汚らわしい場所の息を吸うだけでも、とか思っている貴族令嬢も多いのに。
「あの、ジャンヌ。わたしは構わないんだけれど……」
「駄目に決まっています。何を考えているんですかお嬢様」
この家の人達が許してくれるかどうか、って続けようとする前にクロードさんが鋭い一言を投げかけていた。突き刺さるぐらいの視線がジャンヌに強く訴えかけている。馬鹿な思い付きは控えるようにって。
けれどジャンヌ様は微笑んだままわたしの手を取って立ち上がらせた。
「いいじゃないの。夕食までには帰るから」
「それではカトリーヌさんの家との往復すら出来るとは思えません。最低でも日を改めてからの方がよろしいのではないでしょうか?」
「駄ー目。今思いついたのだから今やらないと意味が無いわ。それに私がちょっと抜け出したって気にする人は誰もいないでしょうよ」
「私……もとい、我々使用人が気にします。どうかご再考を」
ジャンヌの公爵家での境遇については私が考えた設定面を頭に入れているだけで実際どんな感じかはわたしにも分からない。けれどジャンヌ様があっけらかんと、けれど何処か寂しそうに語る様子からすると私の想定する以上に深刻になっているかもしれない。
けれど、メイド達から慕われているって可能性までは決めていなかった。クロードさんもマヌエラさんもちゃんとジャンヌに忠誠を誓っている。二次創作上でしか目にしなかった光景が現実のものになっている。これほど執筆者冥利に尽きるものは無い。
深々と頭を下げたクロードさんの懇願にジャンヌは別の形で答えた。つまり、もう片方の手でクロードさんの手も取った。「えっ?」と声をあげるクロードさんを尻目にジャンヌは彼女とわたしを引っ張りながら部屋を後にする。
「もう、私がいなくて寂しいならそう言ってくれれば良かったのに」
「お嬢様!? そう言う事では……!」
うーん、多分無駄だと思いますクロードさん。ジャンヌは自分で決めた事はよほどが無い限りは覆しませんから。観念してこの後について検討した方が建設的じゃあないかしら?
「さ、行きましょうカトリーヌ。貴女のお家に」
わたしが学園に入学してから三日目。なのに悪役令嬢が家に強襲をかけるなんて予想外すぎて……何だかもう、訳が分からない。
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