第10話フロレアール⑩・面接
オルレアン公爵家のお屋敷は敷地が広くて庭も丁寧な作りで立派だし、屋敷も宮殿を思わせるぐらい圧巻だった。語彙の乏しいわたしには圧倒されるばかりで表現しきれないのが残念でならない。わたしなんかが踏み込んでいいのかと本気で心配になってくる。
馬車は屋敷の手前で停まり、クロードさん、ジャンヌ、わたしの順番で降りた。クロードさんがジャンヌの手を取って支えになる姿は真に様になっていた。玄関の扉はジャンヌが近寄ると向こう側から屋敷内側に開かれていく。
中では左右に数名のメイドが整列していて、ジャンヌに対してお辞儀をする。
「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」
「ええ、ただ今帰ったわ」
メイド達はジャンヌの上着を脱がしたり羽箒で制服を払ったり鞄を預かったりする。
わたしはと言うと目立たないようクロードさんの斜め後ろで玄関ホールを見渡していた。調度品がうるさくない程度に飾られていて絨毯は見事な幾何学模様になっているし、壁にかけられた絵画には美しい貴婦人が描かれている。全く縁の無かった世界に見惚れるばかりだ。
「それで、お父様は帰宅なさっているかしら?」
「はい、ですが今日は誰も通すなとの命を受けています」
「それならマダム・マヌエラを呼んでもらえる? 紹介したい子がいるの」
「畏まりました。直ちに」
メイドの一人が恭しく一礼をすると奥の方へとやや早歩き気味に歩み去った。上着と鞄を手にした女性を始め、他のメイド達も同じくお辞儀をしてからこの場を後にした。わたしより年を重ねた方が多かったけれど、わたしより年下な女の子もいた。
程なくして二十代後半ぐらいの女性が静かに現れる。歩行の時に頭とか上半身がほとんど揺れないから足元を見ていないとすーっと動いているようにしか見えない。表情は引き締められていて、ただの移動中も周りを逐次確認しているようで眼球が動いていた。
「おかえりなさいませ、ジャンヌお嬢様。お呼びでしょうか?」
女性はジャンヌの前で恭しく一礼する。先ほどのメイド達よりもその動作は落ち着いていて洗練されている。
「マダム・マヌエラ、こちらは王立学園で友人になったカトリーヌよ。市民枠の特待生ですって」
「は、初めまして。カトリーヌと言いますっ」
わたしは気分が高揚しているからかやや上ずった声で深く頭を下げた。全然品性の無い挨拶に苦言を呈されるとちょっと怖がっていたら、マヌエラさんはわたしを凝視しながら目を丸くして口元を手で押さえていた。
「ジャンヌお嬢様、まさかこの方は――」
「ただの、一般市民の、お友達よ。今はそれ以上でもそれ以下でもないわ。分かった?」
「……っ。か、畏まりました」
どうやら案の定ジャンヌと全く同じ外見をさせたわたしの登場には驚愕するしかないか。しかもどうやらこちらのマヌエラさん、メインヒロインカトリーヌの正体に関して心当たりがあるみたいね。ジャンヌすら王太子様ルート以外では知る由も無かったのに。
しかしジャンヌは馬車の中でのクロードさんと同じくあくまで他人の空似と言い張るつもりらしい。尤も今の発言から考えるといずれかは明かす考えみたいだけれど。一体どんな時にわたしの正体を暴露するつもりなんだろう……?
「こちらのカトリーヌを私付きのメイドにしたいんだけれど、面接してもらえない? メイドの人事はマダムに委任されているでしょう?」
「しかし――いえ、問題ございません。では案内しますのでこちらへ」
家政婦長に案内されたのは家政婦長用の事務室だった。所狭しと書類が棚に並べられていて、きっとわたしじゃあ計り知れない情報がここで管理されているんでしょうね。
わたしは家政婦長がソファーに座ったのを確認してから反対側の席に腰を落ち着けた。ジャンヌは出口付近の壁にもたれかかり、クロードさんもまたジャンヌの傍らで背筋を正して起立している。家政婦長が何かを言おうとする前にジャンヌは手で始めるよう促した。
「マダム・マヌエラ。悪いんだけれどこの面接の内容は採用不採用どちらにするにせよ他言一切厳禁にしてもらえる?」
「それは旦那様に問われてもですか?」
「そうしたら私に口止めされているって言ってしまっていいわ。その時は私が対応するから」
「畏まりました」
家政婦長からの質問と確認事項は馬車の中でクロードさんとやりとりした内容そのままだった。やっぱり夜間の帰宅については納得しかねない様子だったけれど、ジャンヌのごり押しで強制終了になった。
「では聖霊術もしくは魔導の属性があるかを計ります。こちらの水晶玉に手をかざしてみてください」
マヌエラさんが仕事机からソファーテーブルに移動させてきたのは無色透明の水晶玉だった。台座にはめ込まれた水晶は日が傾いて茜色に染まる光を反射させて輝いていた。一見するとただの置物にしか見えないけれど、実際はこれに手をかざすと魔導の適性が計れる代物だ。
属性は四大元素の地水火風といずれにも属さない無属性、そしてその他の特殊な属性に分類される。目の前の計測器に手をかざすと属性に即した色に光るって言えばいいのかな? ちなみに適性が無い貧弱一般人は何も反応を示さない。無属性だとほのかな銀色、だったっけ。
「? どうかしましたかカトリーヌさん?」
「い、いえっ。何でもありません」
ただ、正直わたしはコレで自分の適性を計りたくなかった。思わずジャンヌへと視線を向けたら、彼女は微笑んでばかりでこちらに何も言おうとしなかった。どうやらわたしが実演するまでは静観を決め込むつもりらしい。
深呼吸を何回かしてよしっと意気込んで覚悟を決める。それから恐る恐る手を伸ばして水晶玉にかざしてみせた。わたしやジャンヌには結果なんて分かり切っていて、マヌエラさんやクロードさんには結果を絶対に予測出来ないでしょうね。
水晶玉は、見る見るうちに全ての光を飲み込む漆黒に染まっていく――。
そして、音を立てて水晶玉にひびが入り、次には真っ二つになった。
「そ、んな……」
「魔導具が壊れた……!?」
マヌエラさんが真っ二つになった水晶を持った手は震え、クロードさんが身を乗り出してこの結果に驚きの声をあげた。
黒色に染まる水晶玉はわたしが神が人に授けた光の世界に仇成す闇属性の証。魔導具が壊れたのはあまりに適性値が高すぎて計り切れなくなったせいだ。
この展開は『双子座』でももうちょっと先で魔導の授業があった際に発覚する筈だった。次に待ち受けているのは魔女だって決めつけて貴族令嬢方が恐れおののいたりわたしを迫害しようとするお決まりの展開だ。攻略対象がメインヒロインを庇うかはその時のゲームの進め具合による。
なお、このせいでメインヒロインはオルレアン家の令嬢だって発覚する。
オルレアン公は闇属性を持って生まれたメインヒロインを亡き者にしろと命を下す。けれどお腹を痛めて生んだ我が子を殺せと言われて頷く母親がいる?
わたしを生んだ母は赤子のメインヒロインをしがない侍女に託して孤児として引き取ってもらったんだ。山奥で処理してきたって虚偽の報告をさせて。で、わたしは中々子宝に恵まれない家族に引き取られて今に至る。それが真実……らしい。
私の知識で無理やり知らされた過去だけれど……正直認めたくなかった。
だってわたしがお父さんやお母さんの子供じゃないなんて、嘘だよね?
「生きて、おられたのですね……」
マヌエラさんは突然立ち上がったかと思うと出口に向けて駆け出す――前にジャンヌが手で出口の扉を抑えつけた。顔に笑みを張り付けてはいたけれど、ジャンヌは明らかにマヌエラさんを射竦める勢いで睨みつけていた。
「マダム・マヌエラ。私言いましたよね? 他言は一切駄目だ、って」
「ですがこちらの方は間違いございません! せめて奥様にはご報告を……!」
「しつこいわね。いいから、黙って、座りなさい。命令よ」
「……っ!」
ジャンヌが空いたもう片方の手をマヌエラさんに向けようとしたら明らかに家政婦長は怖気づいたみたいだ。震えながら何度か頷いて腰を下ろした。
ジャンヌはわたしとは真逆、神の申し子の証である光属性の強い適性を持つ。けれど時として光は全てを焼き尽くす神罰にもなり得る。ジャンヌがマヌエラさんにしようとした行為は、多分そんな類なんでしょうね。
「さあ、では続けましょうか。カトリーヌのオルレアン家へ採用する為の面談を、ね」
ジャンヌは狼狽えるわたしや強い衝撃を受けたマヌエラさんにこの場でただ一人にこやかにしながら続けるよう促してきた。
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