第6話フロレアール⑥・騎士
教室に入ってもクラスメイトは騒然となった。貴族の園に紛れ込んだ貧民娘が次の日には貴族でも最上位の公爵令嬢に変身したんだからその反応はいたって当然とも言える。ただ、登校中から散々そんな扱いを受けてきたからもううんざりって気もした。
中々面白いのが貴族のご子息方やご令嬢方は誰もがまずジャンヌ様にお近づきになって言葉をかけられていた点かしらね。その反応は何て酔狂なと言わんばかりだった。単にわたしがジャンヌ様の姿を真似たんじゃなくてジャンヌ様もわたしの方へと歩み寄られたのも大きいと思う。
「一昨日出会った時から少し装いを変えたら見分けがつかなくなるのではと考えまして、試してみた次第です」
「どうしてそのような事を?」
「だって、面白そうだったんですもの」
ジャンヌ様は奇異な目で見られようと一切気にしようとせずに微笑んでいた。ご令嬢方もそう言うもんなんだって納得したご様子でご自分の席に戻っていった。声をかけられなかった爵位が低い家の方もこちらに視線を向けて気になる様子だった。
「気になさらなくてもいいのよカトリーヌさん。言いたいだけ言わせておきなさい」
「あの、ジャンヌ様。わたしにばかりに声をかけていては他の方がなんて言うか……」
「いいのよ。どうせ他のご令嬢方とは必要最低限しかお付き合いしていないもの」
「えっ?」
言われて改めてジャンヌ様を観察してみると、確かに『双子座』とは異なる点がいくつも見られる。例えば『双子座』では常に誰かがジャンヌ様の周りにいた。ジャンヌ様を慕うご令嬢方や彼女を好意的に思う殿方とか。悪役令嬢には人望があるって証でもあった。
現実のジャンヌ様はと言うと、確かに他の方々とは親しげに話している。けれど悪く言えば取り巻きとか腰巾着って呼べる人はいないようだ。そもそもジャンヌ様から誰かに話しかける様子も無いし、わたし以外には単に受け答えしているだけにしか見えない。
「あら、不思議でも何でもないでしょうよ。どうせ良好な関係を築き上げたって最後には崩壊してしまうんだもの。笑みを顔に張り付かせて賛美を並べる無駄な手間はかけない事にしたの」
ついさっきも同じような事を口にしていたっけ。登校時、もしくは学園内だけかと思ったらもしかして社交界全体での付き合い方もがらっと変えているのかな? 上辺だけの交流に留めていてもこうして多くの方から声をかけられるのだから、よほど上手く取り繕っているんでしょう。
最初の授業の準備に鞄から教材を取り出していると、教室内に華やかに歓声が沸き上がった。視線を教室入口側へと向けてみると、確かに美男美女が揃うこの学園の中でも一際端正な顔立ちと逞しい細マッチョな身体つきをさせた殿方が教室に入ってきていた。
彼は爽やかな笑顔で声をかけてくる女子に朝の挨拶を送り、少しばかり言葉を交わしていく。やがて彼はこちら、と言うかジャンヌ様に気付かれると足を向けてきた。そして机を挟んでジャンヌ様の前に立つ。背丈が高いので少し距離を置いたわたしにまで圧迫感を感じさせた。
「おはようございます、ジャンヌ嬢」
「おはようございますアンリ様」
アンリと呼ばれた方は白い歯を見せながら笑いかけた。ジャンヌ様は着席しながらも丁寧にお辞儀をして挨拶を返す。……気さくな交流にも見えるし当たり障りの無いやりとりに見えてしまう。疑心暗鬼に陥ってしまっているのかな。
「殿下から聞きましたよ。ジャンヌ嬢にしてやられてしまったと」
「現実を見ようとしないあのお方が勝手に失態を犯しただけの話です」
「興味深い話ですね。詳しくお聞かせ願っても?」
「確かに王立学園は性別身分問わずに平等で個人の能力のみ評価されるとの理念を掲げていますが、実態は違います。ここは小さな社交場、卒業後の立ち位置に大きく影響を及ぼすと断じて過言ではないでしょう?」
令嬢方は上の者に取り入ろうと派閥を形成したり加わったりするし、殿方も同じ。スタートラインは学園を卒業してから何だけれど、その線引きを少しでも前の方にしようってみんな躍起になるわけだ。王子様や目の前のアンリ様を令嬢方が慕うのも単なる憧れと同時に打算も含まれている。
最も、平民のわたしからしたら見苦しいし幻滅モノなんだけれどね。そんなわたしに王太子様からの好意が向けられるなんて、少しでも自分をアピールしようと必死な令嬢方からしたらたまったものじゃない。
成程、王太子が貧民と親しくするのは学園の理想の体現でしょうね。けれど実際はそんな美しい構図にならずに醜い展開への足掛かりにしかならない。ジャンヌ様は分かっていない王太子様にわたしを通して苦言を呈された形だ。
「王太子殿下も理想ばっか見ていないでもう少し現実も直視してほしいのですがね」
「おそらくはジャンヌ嬢が殿下に進言したなら素直に聞くと思われますが?」
「やーだ。殿下は頭がいいのですからご自分で考えていただきたいと思います」
「殿下を信頼されている、と受け取っておきましょう」
アンリ様はふとわたしへと視線を移す。爽やかイケメンな顔立ちが驚きに染まって面白い。立ち絵形式紙芝居な原作ゲーム『双子座』とかアニメ版の方が大げさなぐらい僅かな変化だったけれど、こちらの反応の方が私は好みかな。
「美しくなられましたね、カトリーヌ嬢。ジャンヌ嬢から手ほどきを受けたのですか?」
「え、えっと。はい、仰る通りです」
「それは良かった。ジャンヌ嬢はとても優しい方です。困った事があればこの方を頼るといい」
「分かりました。ありがとうございます」
ナチュラルに女の子を褒め称えてきましたよこちらの方! 彼の人柄を知らない女性はきっと心をどぎまぎしたに違いない。現に何だかクラスメイトのご令嬢方から若干嫉妬と怨みのこもった視線を向けられて痛い。
ジャンヌ様はわたしやアンリ様、それからそんなご様子のその他大勢を一通り見渡していく。それから微笑を浮かべて流し目をこちらに向けてきた。
「あら、建国から何人もの聖堂騎士を輩出する家系であるブルターニュの殿方は女性の口説き方まで伝授されているのですね」
「美点は臆する事無く褒め称えるべきだと自分は考えていますから。無論、節操も無しに口にするほど愚かになろうとも思っていませんよ」
「そうでしょうか? 勘違いなさって貴方を好きになったご令嬢も少なくないと思いますが」
「好意は有難いのですがまだ受け止められるほど立派にはなれていません。丁重にお断りしていくでしょうね」
こちらのアンリ・ド・ブルターニュはジャンヌ様の仰られたとおり騎士の家の嫡男に当たる。聖堂騎士はこの王国を守護する最高位の騎士であり象徴。そんな一つの時代に指を折る程度の者しか就けない名誉に何人もがその名を刻んでいる。
アンリ様も例に漏れずに次期聖堂騎士も夢ではない程に将来有望と讃えられている。その為、王太子様とも幼少の頃からの付き合いで、懐刀……と言うか実質的な側近と言ってしまっていい。しかもそんな境遇に奢らずに自分を磨き続けるものだから、人望は厚い。
そんな彼に、わたしはあまり近寄りたくなかった。
聖堂騎士って言ったって貧民のわたしからしたら国を担うお偉い方の一人に過ぎない。遠い存在すぎて彼と関わるのはこの学園内だけだって分かり切っているのだから、下手に接点を作って余計な目には遭いたくないもの。
そしてそれは前世を思い出して警戒から決意に変わった。
だってアンリ様は『双子座』の攻略対象だから。
最終的にアンリ様は悪であるジャンヌ様に刃を向ける。程度の差はあってもゲームオーバー以外のルートでは共通事項だ。アンリ様はジャンヌ様とだって知り合ってから決して短くないのに、国や王太子様への忠義を選択したんだ。
専用ルートでメインヒロインに自らの剣を捧げるシーンは我ながらうまく描写出来たものだ、とか思ってたらアニメ版円盤特典での再現で原作以上に映える映像を見せられたっけ。悔しい思いをしたりと結構思い出深いわ。
「では授業も始まりますから自席に戻ります」
「そう」
アンリ様は会釈をして踵を返した。わたしはジャンヌ様と共に彼の大きな背中を見送る。他の方々も予鈴が遠くの大鐘から聞こえてきたので自分の席に戻っていく。わたしの席はジャンヌ様の隣で、これは『双子座』に沿っている。
そのジャンヌ様はやや身体をこちらに寄せ、小声で語りかけてきた。
「彼は紳士的な対応だったと思うけれど、何か気に入らなかったかしら?」
「いえ、別にそんな事は……」
「彼は忠義を最優先する。交友のあった私を最後には切り捨てる程にね。私と関わり合っていたらカトリーヌにも剣が向けられちゃうかもよ」
「……っ。目を付けられないぐらい目立たないつもりではいます」
それはメインヒロインが悪役令嬢の策略にはまって悪役に仕立て上げられるバッドエンドで実際にあった展開だ。関わりすぎない、かと言って無関係のままだと正義って機能のままに無実なのに断罪される可能性もある。アンリ様に関してはバランスが大事だと考えている。
「ふぅん、彼に対しても距離を置く、か。やっぱり今回の貴女、凄く興味深いわね」
「そんなに面白くないと思いますけど……」
ただこの時点でアンリ様は結構好印象、わたしが避ける要因が無い。どうやらジャンヌ様はその点を勘付いているみたいだ。
繰り返された断罪と破滅で彼女が至った変化点、『双子座』が始まったばかりの今、それがどうわたしに影響をもたらすかは未知数だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます