第5話フロレアール⑤・拒絶

「ああ、そんなに畏まらなくてもいいよ。学園はどんな身分の者も受け入れる。王族だろうと一般市民だろうとここでは平等なんだからね」

「あ、ありがとうございます」


 わたしは王太子様の許可を頂いてからゆっくりと立ち上がった。まさかの遭遇にわたしの心臓はばくばく音を立てているし正直今すぐ逃げたかった。取り繕えているのは現代社会でお偉方相手の報告とかしまくった私の経験が生きているおかげかな。


 ただ、さすがの王太子様もジャンヌ様とそっくりなわたしの登場には驚きを隠せないようだ。わたしとジャンヌ様を見比べて、落ち着き払っているジャンヌ様の方に視線を移される。そんなジャンヌ様は王太子様の反応に満足したのか口を三日月にさせていた。


「ジャンヌ、こちらの方は?」

「昨日私とお友達になりましたカトリーヌさんです。確か昨日の登校時にお二方はお会いしたとお聞きしましたけれど?」

「えっ? 彼女が……? いや、でも、昨日会った娘は――」

「あのですねシャルル殿下。女の子は一日もあれば変われるものなんですよ」


 ええ、確かにわたしは王太子様とばったり出くわしましたね。その時のわたしは前世を思い出していなかったのもあって、まさかの雲の上のお方との遭遇に慌てふためいてしまったし。しかも尻餅を付いたりでもう散々だった。

 そんな醜態を晒したわたしに王太子様は優しく声をかけて手を差し伸べてくださった。どんな女の子だって勘違いしていてもおかしくないぐらいその時の王太子殿下は素敵だった。以前の私を取り戻したわたしだから一歩引いた視線に立ち戻れているだけね。


「君があの時の……?」

「えっと、はい。そうです」

「ごめん。失礼になってしまうけれど、見違えたよ。初対面の時もジャンヌに似ている気がしたけれど、まさかここまでだったなんて……」


 ちなみにこちらの王太子様、ジャンヌ様とは幼い頃からの付き合いになる。つまり幼少の時期から二人はやがて夫婦になって国を支えていく関係を約束されていた。共に頭脳明晰で人柄も国の象徴として申し分なく、紳士淑女の鑑だと敬われている。

 故に二人が担う未来は安泰が約束されていた……筈だった。


 問題なのはあまりに近すぎて互いを家族同然にしか感じられず、恋愛感情まで発展していない点かしらね。要するにいくら婚約していてもジャンヌ様は王太子様を慕っている兄、王太子様もジャンヌ様を可愛くて美しい妹と捉えている訳だ。

 日々王太子としての責務がのしかかり疲れて摩耗していく王太子様の前に今までの貴族令嬢とは全く異なった貧乏娘が突然現れる。貧乏娘、つまりメインヒロインが特権階級の嫌がらせにも負けずに健気に頑張る姿に王太子様は惹かれていくわけだ。


 まあ、何が言いたいかと言うと、初っ端から容姿を思いっきりジャンヌ様に寄せてしまえば王太子様がメインヒロインに興味を惹く要素がぐっと減らせるって算段ね。見た目が同じならより優れたジャンヌ様に目が行くでしょう。


「ええ、数奇なものですね。これまで何の接点も無かった私共が少し歩み寄っただけでこうなってしまうだなんて」

「彼女の変化はジャンヌが一枚噛んでいるのかな?」

「ええ。それでどうです? まるで双子の姉妹みたいでしょう?」

「生き別れの姉妹だと説明されてしまったら一切疑わずに信じてしまいそうだよ……」


 ジャンヌ様は王太子様の反応に乗るように言葉を並べていく。あくまで偶然……いや、奇跡的な邂逅とばかりに喜ぶお姿からは真実を既に知っているようには微塵も感じない。

 『双子座』でも悪役令嬢として暗躍しているなんて全く思わせない演技力は描写したけれど、実際目の当たりにすると驚きを通り越して怖ろしさすら覚えてしまった。例え貴族社会が崩壊したとしても名女優として歴史に名を残せたでしょうね。最もそんなシナリオはありえないけど。


「ところでシャルル殿下。こちらは新入生の教室が並ぶ階層ですが、どのようなご用件でしょうか?」

「ジャンヌと会うために理由を作る必要があるかい?」

「そのお言葉は嬉しい限りですが、あいにく嘘ですね。長く付き合いのある私に朝の挨拶をするだけにわざわざ足を運ぶなんて考えられませんもの」

「たまにはそんな気分になったって考えてくれたっていいじゃないか。でも実際その通りだから何も言えないのだけれどね」

「では昨日はすれ違うばかりで会えなかったカトリーヌさんを探していたんですね」

「ジャンヌは何でもお見通しだね」


 王太子様はジャンヌ様との親しげな談笑をそこそこに、ただ二人の様子を眺めていたギャラリーその一ことわたしに視線を向けた。そして爽やかにはにかむと、堂々としながらも慇懃に一礼をしてくる。


「昨日は名乗れずに申し訳なかったよ。私はシャルル・ド・ヴァロワと言う。これからよろしくね」


 当然まさかの場面に周囲が騒然となる。そりゃそうでしょうよ。当たり前だけれど王族が一市民にしていい行動じゃあないもの。


 この常識破りな挨拶は『双子座』でも実際にあるイベントの一幕ね。本当なら謎の美青年を思い返すメインヒロインの前に再び現れた王太子様がーって感じなんだけれど、昨日はコレを避けたくてお手洗いのお友達になっていたから。結局一日後ろ倒しになっただけかぁ。


 学園新入生にとって一つ年上の王太子様は憧れの的。それが爵位すら無いド貧民の出のわたしに頭を下げるなんてとても考えられない。更に性質が悪い事に王太子様にそうさせたわたしが完全に悪者扱いされそうな雰囲気だ。


 初っ端から窮地に立たされたわたしは思わずジャンヌ様に視線を向け……何か目を輝かせてこちらを見つめているんですけれど? 『双子座』だとコレこそジャンヌ様が抱いた悪意のきっかけだったのに。まさか、わたしがこれまでと違う反応をさせるか楽しみになさっている?


 ちなみに『双子座』だとゲーム序盤なのもあって全ルート共通してメインヒロインは噛み噛みながら名乗る。そこから始まる貧民娘と王太子の奇妙な付き合いが始まる……って感じだけれど、ジャンヌ様の様子を見て冷静になれた。


「あの、王太子殿下。ハッキリと申し上げていいでしょうか?」

「勿論。何か気になるのかな?」

「じゃあ、正直迷惑です。止めてくれませんか?」


 わたしはバッサリと王太子様の好意を切って捨ててしまった。不敬なんてもんじゃなくて内心汗が大量に流れている。さすがの普段は穏やかで優しい王太子様も拒絶されるとは思ってもいなかったらしく、軽く驚いている様子だった。


「殿下が今されたご挨拶でこれからわたしが他の方々からどんな接し方を受けるか想像していましたか? 確かに学び舎は一緒になっちゃってますけれど、そもそも住んでた環境が全然違うんだって認識してもらわないと、その、困ります」

「ぷっ、あっはははは!」


 誰もが唖然とする中、一番最初に反応を示したのはジャンヌ様だった。腹を抱えた大笑いをさせるジャンヌ様が意外すぎて今度はわたしの方が唖然としてしまう。ジャンヌ様は笑いすぎて涙がにじみ出てきたのか、目元を指で拭いながらわたしの腕に手を回した。


「シャルル殿下はもう少し女心を学んだ方が良さそうですね。それとご自身の何気ない行動がどれだけ周囲に影響を与えるか、理解してはいかがです?」

「ジャンヌ……いや、私は別に悪気があったわけじゃあ――」

「そんな悪い子の殿下は置き去りの刑にしちゃいます。行きましょうカトリーヌさん」

「えっ? で、でも……」


 ジャンヌ様は身体を密着させてわたしを押しながら前へ進もうとなさる。わたしも特に抵抗しなかったのでそのまま歩行続行。急展開したイベントを強制終了させる勢いにわたしは戸惑うばかり。というか事態を収拾させなくていいのか?

 そんなわたしの思いを余所にジャンヌ様は王太子殿下を横切りながら一瞥した。その口元にはこらえきれない笑みを浮かべながら。


「ごきげんようシャルル殿下。次はもう少しカトリーヌに配慮してくださいまし」

「待ってくれジャンヌ、私に何か非があったなら――」

「だーめ。素敵な朝の時間はもうお終い。ほら、すぐにも授業が始まってしまいますよ」

「……っ」


 王太子様はジャンヌ様に何も言い返せずわたし達を見送るばかりだった。彼はゲーム序盤だと庶民の心が理解出来ないのもあるし、ご令嬢の妬みも軽く捉えがちなのもある。とは言え、まさか非を察する事も出来ずに謝罪の言葉も無しとはさすがに予想外だった。


「入学早々に王太子様に刃向かっちゃいました……。大丈夫でしょうか?」

「いいのよ。殿下にはいい薬になったでしょう。それよりまさか殿下を一蹴するだなんてね。私の予想斜め上だったわ」

「後で謝った方がいいでしょうか? やっぱり失礼に当たりますよね?」

「あんな些事ぐらいで気を悪くする方でもないわよ。忘れちゃってもいいぐらいね」


 奇怪なモノを見る目でじろじろ見てくる周囲とは対称的にジャンヌ様はご満悦な様子だった。

 私の野望が前進したのはいいんだけれど、この先本当に大丈夫なのかしら……?

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