第4話フロレアール④・遭遇
『双子座』のメインヒロインであるカトリーヌは平凡なキャラに設定されている、と言うかしている。公爵家ご令嬢であるジャンヌ様の双子の妹って以外は特に悲劇的エピソードも無ければ大成功の秘話も存在しない。どこにでもいる普通の女の子、って言い表せばいいかしら?
そんなわたしの住まいは王都の一角にある。ごく一般的な市街地とも裕福な商人や一代限りの名誉貴族が住まう高級住宅街とも異なる、やや寂れた貧民街の古びた家で生活を送っている。
わたしの朝はそれなりに早い。日が昇り始めてからそう時間をおかずに起床する。井戸の水汲みから朝食の準備までお母さんを手伝って、出勤するお父さんを見送る。最後に妹や弟達を学び舎に送ってからわたしは通学路を歩いていくわけだ。
貴族の方々は自分専用の馬車に乗って大通りを進んでいく。わたしは混んでいる道に突撃するほど酔狂でもないので、地元の人達には良く知られたあまり広くない裏路地を右左と曲がりくねりながら進む。通り過ぎる人達は通勤途中の大人ばかりで、ほとんどの人が顔見知りだ。
そんな人達に挨拶を交わしながら進んでいくと、やがて学園をぐるっと囲む通りに出る。ただし馬車の送迎が行われる正門は学園の敷地を挟んで反対側。わたしがくぐった門は掃除係や給仕の人達が使う勝手口みたいなもので静かなものだしあまり華やかさは無い。
「おはようございます、カトリーヌさん」
……筈なのに、どうしてジャンヌ様がいらっしゃるのかしら?
「おはようございます、ジャンヌ様。てっきり馬車で通うと思っていました」
「ええ、だから馬車でここまで運んでもらってカトリーヌを待っていたのよ。徒歩で通学するとは分かっていたし、登校時間も大よそで把握していたから」
ストーカーかよ、と前世の私の知識が愚痴をこぼす。カトリーヌ様程の方なら正面口から姿を見せるだけできっと多くの方々と朝のご挨拶を交わしただろうに。それを全部かなぐり捨ててわざわざ寂しい裏路地を通学するわたしに会いに来るなんて。
「だって煩わしいんですもの。ちょっと失態を犯しただけですぐに余所に靡くような方々とお付き合いする気なんてさらさら無いですし」
酔狂だと表現を丸めて口にしたらそんな答えが返ってきた。もしかしてゲーム終盤で起こる断罪イベントの事を言っているのかしら? 確かに醜態を晒す公爵令嬢を見放す方が後を絶たない有様で、かつての隆盛が懐かしいって感じだった。
「けれど、それは昨日ご説明してもらった破滅とか断罪、でしたっけ? それを回避すれば問題ないんじゃないんでしたっけ?」
「だから、もう嫌な目に遭いたくないからカトリーヌを優先させているんじゃないの。他の皆さんとのお付き合いなんて後でどうとでもなるもの」
『双子座』でもすぐに築かれる公爵令嬢派閥を清々しい程バッサリと切り捨てましたよ、こちらの悪役令嬢! 大前提が崩れまくった以上私の計画は修正を余儀なくされてしまう。正直、肝心のジャンヌ様がどう動くかまだ見通せない以上、しばらくは大人しくしつつ様子を見るしかないかな。
「さ、行きましょうカトリーヌ」
「はい、ジャンヌ様」
ジャンヌ様は朗らかな笑みでこちらに手を差し伸べてきた。わたしと同じ顔なのにどうしてそこまで優しげな微笑みが出来るのか、是非聞きたい所ね。社交界では微笑みスキルは必須だって野暮な答えが返ってくるだけでしょうけれど。
裏庭を通って校舎の表に出て、ようやく別世界へと足を踏み入れた実感がわいてきた。将来国を背負う貴族の方々が過ごす領域は、これまでそんな環境とは一切縁が無かったわたしを圧倒させるには十分すぎるぐらい華やかで眩しかった。
アニメでも作画班が頑張ってメインヒロインが心打たれるこの場面を描写してくれていたけれど、実体験する本物は目を奪われた。多分こうやって周囲の環境を煌びやかに、それから豪奢にさせて貴族としての誇りと責務を学ばせていくのかしらね?
「おはようございますジャンヌさ……ま?」
正面門から通う貴族様ご子息ご令嬢の方々と私達は合流して学び舎へと進んでいくと、ジャンヌ様とお知り合いのご令嬢が挨拶を送ってきた。とは言え、相手の貴族ご令嬢はとても公爵令嬢にする挨拶とは思えないぐらいに疑問符と戸惑いを隠せていなかった。
最も、その理由はわたしにも分かるぐらい単純明快。だからこそ頭が痛い。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
ジャンヌ様はそんな狼狽する貴族令嬢を特に気にする様子も無く優雅な仕草で挨拶を返す。わたしは単純に貴族階級の方との接点の薄さで緊張してしまい、戸惑いながらも挨拶を返した。
貴族令嬢は一旦自分の目を擦って、再びわたし達を失礼なぐらい見比べた。
「あ、あの、発言を許していただけますか?」
「ええ、構いませんよ。何でしょうか?」
「失礼ながら、そちらの方はどちら様でしょうか?」
「あら、面白いご冗談を仰るのね。貴女様も昨日お会いになったじゃあありませんか」
「えっ?」
王立学園には制服がある。私世界でコスプレしても下品じゃなく、かつこっちの世界で貴族が数年間身を包むに相応しい出で立ちになるデザインのものが。
その出来栄えは学園指定の服飾店は貴族御用達の職人には一歩譲るものの、布の質感や細部のこだわり等、正装として着こなしても耐えられる作りだ。
そう、学園指定なのよ。貴族平民区別無く。平民には辛い出費になるからって学園から直に支給されたわたしも、ポンと購入したジャンヌ様も同じだ。わたしとジャンヌ様は顔が同じで、背丈や体格もほぼ変わりなく、服装は学生服で統一。
「こちらはカトリーヌさんですよ」
「……嘘」
どこからどう見ても今のわたし達は瓜二つです本当に以下略。
これには理由がある。本当ならメインヒロインはプレイヤーの写し鏡。なので私はメインヒロインを目立たないよう地味なデザインに指定した。一方の悪役令嬢ことジャンヌ様は一貫して悪女を貫き通させるために傾国の美女を意識してデザインさせている。
本来わたしがちょっとメイクや髪型を工夫したらジャンヌ様と酷似するって発覚するのは王太子様ルートの中盤以降ね。両者は双子なのに物腰とか服飾とかちょっとの違いでがらっと印象が変わるのだから面白い、とはキャラデザインの感想だったっけ。
なのにイベントを幾つもすっ飛ばしてわたしとジャンヌ様の外見がこれでもかってぐらい近寄ってしまったのは、勿論わたしの隣で微笑むジャンヌ様のせいだった。
「では折角お友達になったんですから、二人して学園の皆さんをあっと驚かせてみませんか?」
「えっ? と言いますと?」
「貧民の小娘と公爵令嬢かつ未来の王太子妃、この二人が似通っていたらどう思われるでしょうね? そうね、化粧は私がカトリーヌさんに寄るとして、髪型をいじりましょうか」
昨日、まずはって言いながらそんな提案をしてきたんだ。ジャンヌ様御用達の美容師が見事な散髪はさみさばきを見せて、目元が隠れがちだった前髪は切り揃えられて、後ろに流した長髪も少し編み込まれたのよね。
一方のジャンヌ様も所謂ナチュラルメイクに切り替えて化粧しないわたしに合わせてきた。元々国の花とまで讃えられたジャンヌ様ご本人の美貌は化粧で化ける必要性がほぼ無い。むしろ少しきつい……もとい、大人らしく見せるメイクを落としたせいで悪女っぽさが鳴りを潜めてメインヒロイン顔負けの清楚さまで出ていた。
ただの平民と公爵令嬢かつ王太子の婚約者がまるで鏡合わせ。驚かない方がおかしい。
「も、申し訳ございません! つい驚いてしまいまして……!」
「いえ、とても面白い反応でしたよ」
貴族令嬢は時間をおいてようやく驚愕から復帰、無礼な真似を働いたと悟ったのか、大きく頭を下げてきた。ジャンヌ様は逆に面白いとばかりに笑みをこぼす。
「これなら他の方々がどう反応してくれるか楽しみですね。カトリーヌはそう思わない?」
「えっと……さすがに悪趣味なんじゃないかなって思います」
「あら、容赦が無いのね。じゃあ私一人で愉しむとしましょう」
ジャンヌ様はそのまま一礼して先へと進まれていく。わたしも慌てて一礼して後に続いた。いや別にこのままジャンヌ様を先に行かせてしまっても全然構わないのだけれど、今のジャンヌ様がわたしの勝手をお許しになるとはとても思えなかった。
その後も会う方々それぞれに驚かれてジャンヌ様が説明されて。結構早くに家を出たつもりだし学園にも余裕で着いたのに、教室までがとても長く感じた。
「……あの、ジャンヌ様」
「何かしら?」
「わたし、昨日ああ言ってて何ですけれど、もう男の人の興味惹いちゃってますよね?」
しかもご令嬢方ばかりじゃなくて殿方にも声をかけられる始末だし。貴族令嬢には無い純粋で素朴な印象が攻略対象方を始めとした貴族のご子息の興味を惹くのに。余計に誰かの専用ルートに突入しないよう接点を持たないって宣言しておいてこれだ。
けれどジャンヌ様はそれもまた良しとばかりにころころと笑った。
「そうね。私とそっくりな平民さんなんて物珍しいなんてものじゃあないもの」
「良かったんですか? これでわたしが変な風に人気になるとジャンヌ様の未来が危うく……」
「どう足掻いてもカトリーヌは磨けば輝くんだっていつかは発覚するんだもの。なら早々に見せつけてしまえばこちらでいくらでも舵取りが効くでしょう?」
成程、そんな考えもあるのか。『双子座』でもジャンヌ様は聡明な方だとキャラ付けしていたけれど、作中キャラの頭の良さは執筆者の私って限界がある。その私って制限が解除されたこの現実世界ではキャラ設定が最大限に生きている状態なのかな?
とは言えジャンヌ様にはジャンヌ様のお考えがあるのと同じでわたしにもわたしなりの考えがある。今はお互い同じ道を歩んでいるけれど、いつかわたし達二人が衝突した場合、ジャンヌ様に私の我儘を押し付ける形にならざるを得ないかもしれない。
その展開も想定する必要はあるでしょうけれど……そうはなって欲しくないかな。
「おはよう、ジャンヌ」
と思考を巡らしていたら、今一番聞きたくない声を聞いてしまった。
前方からモーセの海割りのような感じに人が避けていく間を悠然と通ってこちらに歩み寄ってくる男の人が一人。本来上級生である彼がこの階に来る必要は無いのだけれど、婚約者に会いに来たのか?
「ご機嫌麗しゅう、シャルル殿下」
「お、おはようございます王太子殿下……っ」
ジャンヌ様は制服のスカートを両手で軽く摘みあげて会釈した。品になるカーテシーだ。
一方のわたしはスカートを大目にたくし上げて膝を付いて頭を垂れる。元々カーテシーはドレスを汚せない貴婦人が跪く代わりの挨拶、平民のわたしは別に膝ぐらい汚れたって構わない。多少下品でもこうするのが一番だと思う。
そう、現れたジャンヌ様の婚約者、つまり王太子様が相手なら。
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