第7話 ハプニングが人を成長させるとか言ってみる
□棍棒巨人の集落近辺
ゲームにハプニングは付き物である。
特にブイモンというゲームでは――
『KYURAAAAAAAAAA!』
トロールが住む棍棒巨人の集落近辺、その上空。
そこには人の身体と鷲の頭部・翼・爪を持った怪鳥がいた。
耳をつんざく咆哮とともに風を操る怪鳥——ガルーダ。
G3モンスターであり、討伐適正レベルは350ほどと言われている。
トロールの討伐適正レベルは300なので、ガルーダはトロールの格上に位置することになる。
「困ったなぁ……」
先ほどシンとメイクがトロールを倒していると、不意に現れたガルーダが攻撃を仕掛けてきたのだ。
トロールとの戦闘が目立ってしまい、ガルーダに目をつけられたのだろう。
――ここでモンスターの生息域について補足しておく。
トロールのように決められた生息域から動かない種もいれば、ガルーダのようにG3エリア全域を飛行する種もいる。
冒険時には、今回のように生息域の定まらないモンスターが襲ってくることも想定しておくべきだろう。
加えて、モンスター同士は滅多に争わないという性質を持つ。
ガルーダの出現に伴い、トロール達は集落へと引き返してしまった。
トロール達が集落へと引き返したのは、ガルーダの戦いに巻き込まれないようにするためだ。
もしくはガルーダの戦闘を邪魔しないように、という意図もあるかもしれない。
トロールを退避させてしまうガルーダ恐るべし、と言ったところだ。
「とにかく攻撃を避けまくるよ! そんでガルーダの接近したタイミングでカウンターを叩きこむって作戦でいいっしょ?」
「うん。その作戦で行こう」
メイクが作戦を手短に伝え、シンがそれに応える。
ガルーダの攻撃方法はおおよそ2パターンだ。
①巨大な爪を使った近接攻撃。
②風操作スキル【ウィンド・コントロール】で風の斬撃を作り出し、標的を断ち切る遠距離攻撃。
この2つの攻撃パターンのうち脅威なのは②の風斬撃である。
まず、ガルーダが風斬撃を使ってくる場合、ガルーダ本体がシン達に接近する必要がない。
風斬撃は遠距離から打ち込めるからだ。
自然、ガルーダは攻撃を受けにくい上空へ留まることとなる。
そうなると、シン達の攻撃手段はメイクの【ファイア・コントロール】に絞られてしまう。
それ以外に遠距離攻撃の術がないからだ。
ガルーダ側も【ファイア・コントロール】一辺倒の攻撃に、早々に順応する可能性が高い。
それに加えて風斬撃は手数が多く、視認が難しい。
一度に射出される風斬撃の数は5~10個ほど。
風に魔力が込められているためか、風斬撃には仄かな白色が着いている。
しかし、高速で射出されるために視認は困難だ。
シン達は巨木に隠れることで風斬撃を躱しているが、障害物を使わずに風斬撃を躱すのは骨が折れるだろう。
――となると、必然的にメイクの攻略策『ガルーダの接近を待ってカウンターを叩きこむ』が
ガルーダが風斬撃でシン達を倒せないと悟り、接近してくればシンの剣がガルーダに届く。
しかし――
『KYURAAAAAAA!』
木陰から咆哮するガルーダを見て、シンの中にとある感情が沸き上がる。
――ガルーダの風斬撃を真っ向から剣で受けてみたい。
――あの青空を駆けながらガルーダと斬り合ってみたい。
それは“Mr.凡人”を自称するシンにとって、自分らしくない背伸びした感情だった。
「……らしくないな」
しかし、その背伸びした感情に覚えもある。
シンはブイモンを初めてから、今のように自分らしくない感情を抱くことが多くなった。
今もメイクの作戦に納得していながら、心のどこかでガルーダとの真っ向勝負を望む自分がいる。
「どしたん? また考え事?」
隣にいるメイクが心配そうな声で問う。
ガルーダへの警戒を解かないまま、シンの異変まで察知するメイクの観察眼は凄まじい。
「あ……いや、なんでもないよ」
咄嗟にシンは何でもないことを伝える。
しかしシンの返答にメイクは眉根を寄せた。
先ほどトロールに初挑戦する前にも、シンはぼーっとしていた前科がある。
メイクがシンに疑いの眼差しを向けるのも当然だ。
「何かあったら相談してって言ったのに……」
唇を尖らせてムスッとした表情を浮かべるメイク。
そのメイクの表情を見てシンも焦る。
自分の行いでメイクの機嫌を損なわせたくないからだ。
一方で、メイクが機嫌を損ねるのも無理はない話だと思った。
何かあれば相談してほしいと言われたにも関わらず、何も言わないシン自身に非があるのは確かだろう。
そう思い直したシンがゆっくりと口を開く。
「ごめん……嘘ついた。本当は……少し前から悩み事があって」
上空を旋回するガルーダへの警戒を怠らず、メイクへ話しかける。
シンの告白を受けたメイクは「えっ」と驚きの声をあげた。
シンは普段、悩み事を相談する性分ではない。
そのため、シンが相談をしたことがメイクにとっては予想外だったのだ。
「何に悩んでるか聞いてもいい?」
「うん。実はブイモンを始めてから自分らしくない考え方をしちゃう時が増えたっていうか……。
今もガルーダの出方を窺うんじゃなくて……真っ向勝負したい、とか思ってたりする」
シンの告白を受けたメイクはと言えば、ポカンと口を開けていた。
ムスッとしたかと思えば、今のように間の抜けた表情を見せるメイク。
感情がコロコロ変わる彼女をシンは愛らしく思った。
しかし、メイクの可愛さに気を取られている場合ではないのも事実。
シンは自身の想いを続けて伝える。
「もちろんメイクの作戦が悪いって言ってるわけじゃないよ! ただ……何かよく分からないけど、無性に挑戦してみたくなる時があるんだ」
シン自身、自らが凡人だという自覚はある。
ファンタジーの世界から出てきたような怪鳥——ガルーダ相手に真っ向勝負しても勝ち目が薄いことも。
しかし――
「OK! シンの思うままやってみよ~!」
「え?」
意外な返答に、シンは思わずメイクの真意を問う。
「なんで……? メイクの作戦の方が勝算は高いはずだよね?」
風斬撃でシン達を仕留められないと悟れば、ガルーダは自然と接近してくるだろう。
そこを迎撃した方が間違いなく勝算が高い。
メイクもそれを分かっているからこそ『ガルーダの接近を待つ』という作戦を提案したのだ。
しかし、メイクは首を横に振って自信たっぷりに言う。
「そうかな~? ウチは本気のシンに勝てる相手なんていないと思うけど!」
「本気……?」
「うん!」
そこでシンは不意に思い出した。
それはいつもシンのことを気にかけてくれる優男の言葉。
――シンくんはもっと自信を持ってもいいんじゃないかな。
――自信を持つだけでシンくんの動きはもっと良くなるんじゃないかなって思ってさ!
優男の言う『自信』とメイクの言う『本気』。
そしてシンの胸の内に溢れる強者への『挑戦心』。
シンには、その全てがあと一歩のところで繋がりそうな感覚があった。
『KYUAAAAAAAAAA!』
シンの思考を遮るようにガルーダが上空を展開しつつ、【ウィンド・コントロール】によって暴風を繰り始める。
風斬撃が飛んでくる前兆だ。
「【バフ・アジリティ】! シンなら勝てる! ウチもサポートするからさっ!」
メイクに言われて、シンの中で何かが吹っ切れる。
――こんな俺でも挑戦していいんだ。
シンはただそう思えた。
「ありがとう……!」
メイクに背を叩かれて、シンは木陰から飛び出た。
視線の先には両腕を開き、暴風を手繰るガルーダ。
「勝負だ……!」
『KYURAAAAAA!』
ガルーダの咆哮と共に風斬撃が天より迫る。
シンは【バフ・アジリティ】の恩恵を受け、体感時間が伸長している。
とはいえ風斬撃の速度は早い。
「——ッッッ!」
射出された5つの風斬撃に当たらぬよう身をよじる。
しかし完璧に避けることはできず、脇腹と太ももが軽く斬られる。
「チィッ……」
舌打ちしながら上体を立て直すも、攻勢に出る暇がない。
見れば上空を浮遊するガルーダの傍には、再展開された5つほどの風斬撃。
「シン! ガルーダは風斬撃を飛ばしてくる間に、次の風斬撃を準備してくる!
風斬撃を躱しつつ、ガルーダに接近するしか攻略法ないかも!」
ガルーダが【ウィンド・コントロール】で風斬撃を射出するにもMPが必要だ。
しかし、ガルーダのMP切れを狙うのは得策とは言えない。
ガルーダは【自動MP回復Ⅱ】というスキルを持っており、1秒で総MPの3%に当たるMPを自動回復できる。
〖G3モンスター攻略本〗を読んで、メイクはそれを知っている。
それにメイクは信じているのだ。
シンがガルーダの風斬撃を掻い潜り、ガルーダを倒すと。
とある一件のこともあり、メイクにとってシンは昔からのヒーローなのだ。
だからメイクはガルーダのMP切れを視野に入れず、あくまで真っ向勝負を促す。
メイクのアドバイスに対し、シンは自らの考えた即席のアイデアを口にする。
「風斬撃を捌きつつ、木々を足場にガルーダに近づく!」
G1~G3エリアを内包するウェス大陸は巨大な森林フィールドだ。
その巨大森林の中に、都市やモンスターの生息域が点在しているといった様相を見せる。
それは棍棒巨人の集落近辺も例外ではない。
この地には、トロールのような巨人さえ覆い隠せるほどの巨木が立ち並んでいるのだ。
つまりガルーダが上空を飛んでいようと、巨木の枝を足場とすればガルーダに辿り着くことは不可能じゃない。
――空中でガルーダを墜とす。
シンが心中でそう呟くと同時、シンの背中をゾクゾクとした感覚が襲う。
鳥肌が立っているのだとシンは遅れて理解する。
それほどまでに今、シンはブイモンを楽しんでいる。
『KYUAAAAAA!』
再びシンへと迫る風斬撃。
シンは口角を上げつつ、風斬撃に剣を合わせる。
「——チィッ!」
何とか1つ目の風斬撃を弾くことはできた。
しかし、続く風斬撃を避けきることは叶わず。
額を切ったらしく、流れ出た血がシンの左目に入る。
「【クイック・リトリーブ】! いったん立て直すよ!」
メイクがインベントリからアイテムを瞬時に取り出すスキル【クイック・リトリーブ】を発動。
引き出したアイテムである〖煙玉〗をシンの傍の地面に向けて投げつけた。
〖煙玉〗は地面にぶつかり、勢いよく煙を噴出させる。
「シン、こっち!」
呼ばれるままにシンはメイクの声がする方へ。
そうしてメイクに体力回復アイテムである〖特級HPポーション〗を手渡される。
「それ飲んで! ウチは血拭くから」
シンは〖特級HPポーション〗を飲み、メイクはシンの額から流れる血を自らのローブの布で止血する。
〖特級HPポーション〗の効果もあり、幸いにも出血はすぐに収まった。
目に入っていた血も今は除去されている。
「戦えそう……?」
心配そうに問うメイク。
シンはと言えば、正直迷っていた。
強者に挑戦したいという気持ちは依然として存在する。
しかし、それでもガルーダに勝てる気はしない。
自らの力がガルーダに通用するとはどうしても思えないのだ。
「やっぱり俺には……」
そこまで言った時、シンを襲ったのは今日何度目かの違和感。
違和感の正体は煙に囲まれた周辺の空気の流れ。
それが一瞬揺れた感覚がしたのだ。
――直後、煙を割くように飛翔してきたのはガルーダの風斬撃。
ガルーダは〖煙玉〗で目くらましを喰らった後、ただちにシン達の補足に動いていた。
しかし〖煙玉〗が覆い隠した範囲は大きく、ガルーダ側もシン達の完全な補足には至れず。
結果、ガルーダはシン達のおおよその位置を予測するに留め、風斬撃を打ち込んだのだ。
そして運悪く、風斬撃は正確にメイクへと殺到する。
「えっ……」
メイクがポツリと呟いた。
少しの回避さえも許されない風斬撃の飛来。
その刹那——
「——!」
メイクに風斬撃が殺到してからは一瞬だった。
風斬撃が何かとぶつかり、激しい激突音と共に周囲一帯を覆っていた煙が晴れる。
煙が晴れた時、メイクは自身の前に立つ剣士の姿を見た。
「シン……」
メイクの前には剣を振るった状態で制止するシンの姿があった。
「——ッはぁ!」
緊張が解けたことにより、シンは思わず息を吐く。
メイクの死を前に、シンの身体は反射で動いていた。
結果、シンの剣はメイクに殺到する風斬撃の全てを受け流していた。
尋常ではない集中力と剣捌きが成せる超絶技巧。
魔法そのものを斬り流せる者などブイモン全土を見ても、多くはいないだろう。
シンの剣によって受け流された風斬撃はメイクのいない斜め後方へ。
『KYURAAAAAA!!!』
だが勝負は終わっていない。
ガルーダの咆哮の後、飛翔してくるのは数多の風斬撃。
5~10個程度の風斬撃では仕留められないと判断してか、風斬撃の数は膨大なものとなっている。
「ああああああああッ!」
その膨大な風斬撃をシンは真っ向から全て受け流していく。
風斬撃を斜め後方へと受け流すたびに、シンの掌中で剣が馴染む感覚がある。
感覚は鋭敏化され、空気の揺れから次に飛んでくる風斬撃の位置までもが手に取るように分かる。
「勝てるよ! シン!」
メイクの声援を受けて、シンは風斬撃を受け流しつつ全速力でガルーダへと駆ける。
木から木へと移動し、やがてガルーダが目前となる位置へ。
「ッ!」
風斬撃を斬り払い、木の枝から思いきり飛び上がる。
そこで初めてシンとガルーダが空中で向かい合った。
『KYURAAA!』
至近戦へ移行したガルーダは巨大な爪で攻撃を仕掛けるも、風斬撃に比べれば脅威とは程遠い攻撃。
「——フッ!」
軽く息を吐き、シンは爪を躱しつつ一瞬のうちに数度剣を振るった。
その剣は正確にガルーダの翼に傷をつけ、その拍子に少なくない羽が舞う。
羽を失えば、飛行の安定性を失うのも自明。
『KYURA!?』
驚愕した様子のガルーダはそのまま地上へと急降下。
直前までの風斬撃の連発が裏目に出たか。
ガルーダは急降下を止めるだけの風を操ることもままならない。
「ナイスファイト、シン! 【ファイア・コントロール】!」
シンは近場の木の枝に着地し、メイクの打ち出した火球を見ていた。
メイクの残存している全てのMPが注ぎ込まれた火球が降下するガルーダを穿つ。
その後、猛スピードで地面に叩きつけられたガルーダは光の塵へと姿を変えたのだった。
――No.58 ガルーダの討伐を確認しました。
――討伐カウントが57に上昇。
――ゲームクリアまで残り討伐カウントは43です。
「よっ……と」
討伐カウントのアナウンスを聞き終えて、シンは木の枝から飛び降りた。
無事地面に着地し、メイクと合流する。
「やった……! 勝てたじゃん! シン!」
メイクは合流するなりシンに飛びついている。
顔面に感じる柔らかな感触は、シンに大いなる癒しと少しの苦しさを与える。
「むぐぐ、ちょっと苦しい……」
「あ、ごめん! つい嬉しかったから……」
そう言って自身の身体から離れたメイクへ、シンは左拳を突きだす。
「えっと……ありがとう。俺の無謀な戦いに付き合ってくれて」
思えばガルーダを前にして、シンはいつになくテンションが上がっていた。
いつもならメイクの作戦に従ってモンスターを攻略しようとするはずだ。
やはり自分らしくなかったと、シンは己を振り返る。
「全然いいよ~! めっちゃ楽しかったし! シンかっこよかったし!」
メイクは頬に手を当てて「むふふ」と笑っている。
メイクは顔に出やすい性格だ。
戦闘が楽しかったのは本当らしいと、シンにも伝わった。
その上でシンからも伝えたいことがあった。
「正直言うと、今回みたいな戦いはあまりしたくない……かも」
そういうと、メイクは一転して不安そうにシンの顔を覗き込む。
「どっ、どうして?」
「えっと、俺自身も戸惑ってるんだ。前まではメイクの指示に従って戦ってるだけで満足してたのにさ。
たまに自分じゃないような挑戦的な気持ちが出てくる」
「…………」
シンの発言を聞いてメイクは瞳を潤ませた。
シンにはメイクの涙ぐむ理由が分からない。
これ以上何か言ってメイクを泣かせるのは怖いと思いつつ、シンは自分の気持ちを伝えなければと口を開く。
「だから少し待ってほしいんだ。ごちゃごちゃした気持ちが整理できるまで」
気持ちを整理したところで、またガルーダのような強者に真っ向から挑戦していけるかは分からない。
それでもシンにはこう言うしかなかった。
自分に期待してくれているらしい優男や、自分の力を信じてくれているらしいメイクを悲しませないために。
それに対してメイクはゆっくりと首を縦に振った。
その拍子にメイクの瞳から涙が地面へと一粒落ちる。
「わかった……! シンが気持ちを整理できるまで待つことにする!」
「ありがとう。それと……なんで泣いてるの?」
シンが聞くと、メイクはサッと後ろを向く。
「なっ、泣いてないし~!」
「本当? 悲しませてたら謝りたくてさ」
「悲しんでないよ……! ホントだよ! マジで!」
そう言ってクルリとシンの方を振り返ったメイクの顔はいつも通りの笑顔だった。
「それじゃあ、トロールをメインにG3攻略していこっか!」
「了解、メイク」
そうして2人はG3エリアでの戦闘を続けるのだった。
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