第6話 燃やせ、ゲーマー魂

 □棍棒巨人の集落近辺


 カフェ・スカイを後にしたシンとメイクは、再び棍棒巨人の集落へと来ていた。


 2人は乞食の言うように、もう一度トロールに挑むことにしたのだ。


 大まかな作戦は今まで通り。

 集落からトロール1体を誘き寄せ、2人がかりで倒す。


 メイクによって示された少しの変更点は、シンが攻撃時に狙う部位だ。

 シンが狙う部位はトロールの足。


【バフ・アジリティ】のかかった状態でトロールに急接近。

 すぐさま足を斬り、トロールのバランスを崩す算段だ。


 シンのバフ込みのAGIはトロールのAGIを大幅に上回る。

 確実に足へダメージを入れることができるはずだ。


 そしてトロールのバランスを崩せれば、メイクの【ファイア・コントロール】で決着まで持っていけるはずだ。

 

 その際、メイクは【ファイア・コントロール】の威力を前回よりも上げる算段である。

 前回はトロールのタフさを体感していなかったこともあり、【ファイア・コントロール】に込めるMPを抑えていたのだ。

 MP切れのリスクを減らしたかったとも言える。


「よしっ! 始めよ~!」


「了解」


 シンが手短に応えると、メイクは杖を近くの木に向ける。


「【ファイア・コントロール】」


 杖の先端から打ち出された小さめの火球は木に命中。

 その際、爆発音にも似た音が鳴り響く。


 この音を聞きつけた数体のトロール達が、2人の方へと向かってくるはずだ。


 2人はすぐさま茂みから棍棒巨人の集落を観察する。


「トロールたちに動きあり。5体くらい集落の外に走ってる」


「そのうち一体がドンピシャでこっち方面に来てる感じだね~。とりあえず誘導は成功!」


 あとは短期決戦だ。


 トロールの隙をついて足に一撃を見舞えれば最善。


 正面からぶつかっても【バフ・アジリティ】のかかったシンが足に斬りかかる。

 以前のように攻撃を受けるという選択肢は取らない。


 そして数十秒が経った時——


『GAAAA!』


 トロールが雄たけびを上げながら、シン達のいる茂みの横を通過する。


 トロールはシン達の存在には気づいてない。

 奇襲を仕掛けるには絶好のタイミング。


「——ッ!」


 茂みから飛び出し、シンは剣を握る手に力を込める。

 狙うはトロールのふくらはぎ——人間でいうところのアキレス腱がある位置。

 シンは剣を真一文字に振りぬく。


『GUGAA……!』


 シンが確かな手ごたえを感じると共にトロールが呻く。


 トロールは走っていた勢いそのままにバランスを崩し、地面に転がった。


「【ファイア・コントロール】!」


 間髪入れず、メイクがスキルを使用——完璧な攻撃タイミングだ。


 前回トロールを攻撃した時よりもやや大きく……しかし確実に威力の増した火球が打ち出される。


 火球は地面に倒れているトロールの顔面へと迫り――


 防衛する間も与えず、トロールの顔を焼き飛ばした。

 顔面はトロールの急所ということもあり、火球の威力にトロールは耐えられなかったのだ。


 直後、トロールの死亡を表すように、その巨体が光の塵へと変じる。


 すぐさまシンとメイクの脳内にアナウンスが流れた。



 ――No.60 トロールの討伐を確認しました。


 ――討伐カウントが56に上昇。


 ――ゲームクリアまで残り討伐カウントは44です。



 討伐カウントとは、今までに倒してきたモンスターの種類を数値化したものだ。

 討伐カウントの増加はパーティ内で共有される。

 

 ちなみに討伐カウントが100になった時、晴れてゲームクリアとなる。


 現時点で討伐カウントを100に上げ、ゲームをクリアをした者はいない。

 ゲーム発売からゲーム内時間で3年が経つというのに、ただの一人もいないのだ。


 現時点での最高討伐カウントを誇るのは〈フロンティア・クロニクル〉——通称〈フロクロ〉と呼ばれるギルド。

 〈フロクロ〉の討伐カウントは脅威の90だ。


 〈フロクロ〉はG4制覇を成した唯一のギルドとしても知られている。


 討伐カウントに関する話はこれくらいにしておこう。



 討伐カウントのアナウンスを聞いたシンとメイクは同じことを考えていた。


 ――こんなに上手くいっていいのだろうか、と。


 トロール討伐が呆気なく果たされてしまったことで、トロールを倒したという実感が湧かない。


 しかし時間が経つごとに、2人の中で徐々に嬉しさが込み上げてくる。


 G3モンスターを初討伐したのだ。

 しかも作戦が完璧にハマっての完勝。


「っし……!」


 シンが柄にもなくガッツポーズをしたと同時に、嬉しさ余ったメイクがシンに飛びついた。

 シンの鼻孔を女子特有の甘い匂いがくすぐる。


 ついでにシンの腕に大きめの胸が当たっているが、シンは努めて意識しないようにしている。

 変に意識すればメイクに引かれかねないと思ってのことだ。


「完璧! もう完璧な勝ちだったっしょ!? ヤバくない!?」


 メイクはG3モンスター初攻略でテンションが上がっているのか、やけに早口で語る。

 はしゃいでいるメイクはいつも以上に可愛い、とシンは思った。


「うん! また作戦が通じなくて手こずると思ってたのに、あっさり勝てちゃったね」


「よ~っし! この調子でトロール倒しまくろ~ぜっ!」


 遅ればせながら、2人は拳をぶつけ合いつつ健闘を讃える。


 そしてシン達は2体目のトロール討伐へ動き出した。


「当面はさっきの作戦通りね! あとトロール以外のG3モンスター見かけたら逃げる方向で!

 あとウチのAGI、シンに比べて弱弱よわよわだから、逃げる時はお姫様抱っこしてくれてもいいよ~?」


 木陰や茂みに身を潜めてながら移動していると、メイクが『お姫様抱っこ』の提案をする。


 無論、シンにそれを断る理由はない。

 シンが強化しているAGIは、自分を逃がすためのものじゃないのだから。


「了解。でも変なところ触ったらごめんね」


 メイクのアバターは女子だ。

 ゆえに女性特有の発達もメイク好みにメイキングされている。


 メイクに触れるという行為に下心がないとしても、ブイモン世界を監視・統制しているAIにセクハラ認定されないとは言えない。

 結果、シン宛てに警告が送られてくる可能性もあるのだ。


 とはいえ、ブイモン世界を管理するAIは超高スペックだ。


 ゆえに『シンがメイクに頼まれたうえでお姫様抱っこをしている』という状況を正確に判断してくれるはず。


「あぅ……」


 と、そこでメイクが何やらモジモジとした様子を見せる。


 それを見たシンはメイクがモジモジしている理由を考えた。


 シンの脳内に最初に出てきたのは『尿意』だった。

 VRMMOのプレイ中に、リアルの身体が異変を訴えるのは珍しくない。


 しかし、2人にリアルでの『尿意』や『脱水』などの通達は来ていない。


 ちなみにプレイ中に失禁してしまったり、栄養失調でプレイヤーが体調を崩さないよう、ゲームプレイ用のガジェットには警告機能がついている。


 身体異常はもちろん、長時間ログイン時には小休憩を促したり。

 配達物が来たときや、リアルの身体に他者からの接触があった場合もプレイヤーに連絡が入る様になっている。


 結局、メイクがモジモジしている理由が分からないシンは思い切って理由を聞いてみようと口を開く。

 なるべくデリカシーに気をつけて。


「メイク? 何かあった?」


 シンはデリカシーに気を付けつつ、しかし遠回りせずに質問した。

 対するメイクは、なおもモジモジした様子でシンに目配せする。


「あぅ……ホントに?」


「ホントに、とは?」


「えっと……お姫様抱っこ……」


 そこでシンの中で合点がいった。

 お姫様抱っこを快諾したことにメイクは驚いてしまったのだと。

 

 シンは『お姫様抱っこをしてほしい』というメイクの発言を真に受けて実行するつもりだった。


 しかし『お姫様抱っこ発言』はトロール攻略を成し遂げ、テンションの上がったメイクが言った冗談だったのだ――少なくともシンはそう考え直した。

 

 シンは自身をつくづく冗談の通じない奴だと思いつつ、口を開く。


「もしかしてお姫様抱っこしない方がいい?」


 ここでも遠回りせずに質問。

 メイク相手に今さら遠回しに聞くのも何か違う気がした。


「いや……してほしい」


「……?」


 返ってきたのは予想外の回答。

 シンは自身の推測が間違っていたのだと思いつつ、先ほど同様メイクの申し出を快諾する。


「じゃあ、今度危なくなった時は抱かせてもらうね」


 笑顔と共に送られる『抱かせてもらう』という言葉。

 それを聞いたメイクの顔が一瞬にして紅潮する。


「だっ……だ、だだっだだだっ抱か……!」


 メイクは『だ』を連呼しながら目を回している。


 シンはまたもメイクを動揺させてしまったのかと思い、メイクを落ち着かせようと試みる。


「あ……」


 そこでシンは数十メートル先を歩くトロールの姿を目にした。


「メイク集中して。トロールが一体歩いてる」


「はっ……!」


 我に返ったものの未だ頬を紅潮させているメイクと共に、シンはトロールの観察を続ける。


 先ほどトロールを倒した時のように、今回もスピーディに討伐したいところだ。


 そのためには2人から攻めるのではなく、トロールをこちらに誘導して奇襲するのがベストだ。


「メイクMPを――」


「今、回復中だよ~」


 トロールのベストな攻略法は既に2人とも分かっている。


 メイクはメニュー画面を呼び出しており、インベントリから取り出したアイテム〖低級MPポーション〗を飲み下す。


〖低級MPポーション〗は総MPの25%に当たるMPを回復できるアイテムだ。


 MPを全回復する〖特級MPポーション〗もあるが、それは緊急時のために取っておくのがベターである。

 

 〖特級MPポーション〗は高価だ。

 考えなしに使えば財布に少なくないダメージがいくというもの。


 急ぎでMPを回復する必要のない場合は〖低級MPポーション〗を4つ飲んで、MPを全回復したほうが財布に優しい。


 ――追記。


〖ポーション類〗は瓶内の飲料を飲み干さないと効力を発揮しない。


 それと転移アイテムの〖転移の翼〗も使用に際する注意事項がある。


 〖転移の翼〗は使用時に、転移先の〖輝光結晶〗を10秒間念じる必要がある。

 その間に邪魔が入ると〖転移の翼〗の効果は発揮されず、アイテムロストしてしまうのだ。


 そのためアイテム使用は基本、安全な場所で行うことが鉄則だ。



「ふぅ……ポーション甘くて美味しかった~。MP全快!」


 〖低級MPポーション〗を3つ飲んでメイクのMPが充分に回復したらしい。


 トロールも2人には気づいていない様子。

 これでトロール攻略の準備は整ったと言えるだろう。


「それじゃあ、トロール2体目も倒そう」


「よ~っし。まずは引き付けるよ~! 【ファイア・コントロール】」


 そうして2人はトロール狩りを続行するのだった。

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