第5話 ケンカするほど仲がいい(?)

 □“始まりの都市”タルランタ:カフェ・スカイ


「エスプレッソとダージリンお待たせしました!」


 シンとメイクの座るテーブルにカップを置くのは、カフェ・スカイの店員——優男だ。

 シンとはつい30分ぶりの再会である。


「ありがとうございます」

「ありがと~!」


 シンとメイクは共に感謝を伝えて、カップに口をつけた。

 ホッとする美味しさに2人とも目を細める。


「それでG3モンスターはどうだった? 強かったかい?」


 優男は興味津々と言った様子で質問した。


 対するシンとメイクは、自分たちの作戦では上手く行かなかったことを告げる。


「強かったです。トロールを倒そうと思ったんですけど、あと一歩のところでトロールの仲間が押し寄せちゃって……」

「優男達にアドバイスもらえたらと思って来たってわけ!」


 シンとメイクがそういうと、優男は顎に手をやってアドバイスを考え始めた。

 直感寄りの優男が考え込むような顔をするのは新鮮である。


「まず確認させてね。聡い2人のことだ。1体のトロールを集落の外に誘導して倒そうとしたんだろう?」


「はい」

「もち!」


 実際は偶然おびき寄せただけで、突然のエンカウントに2人ともテンパりまくっていたが……。


「シンくんとメイクちゃんの攻略法はオーソドックスなものだよ。

 トロールは目立ったスキルを所有しない分、戦闘にクセがない。群れの数が多いことが一番の強みだからね」


 単純なステータスの高さと、群れの数を武器とするトロール。

 

 討伐には、トロールを誘導する手腕が必要であり――

 同時に、トロールに対抗できる高いステータスを持つ必要がある。


 つまり優男が言いたいのはステータス――ということだろう。


 メイクも優男の言わんとしていることを理解してか、口を開いた。


「やっぱ、G2以下でレベル上げてからの方が安全に攻略できるよね~」


「うん。そうだと思うよ! 参考までに2人のステータスを確認させてもらっていいかい?」


 シンとメイクのビルドはこのカフェの面子——優男や空達の助言あってのものだ。

 そのため2人とも彼らにビルドを明かすことに抵抗がない。


 メニュー画面を呼び出し、そこからステータス画面を表示。

 それを優男に見せつつ説明をする。


 まずはシンのビルドからだ。


 ――――――————

 PN:シン

 ID:12189698

 討伐カウント:55


 レベル:278(SSP:0)

 HP:500

 MP:0

 STR:480(+200)

 VIT:300(+100)

 DEX:0

 AGI:1500(+300)

 スキル:なし


 武器:G2〖冒険者の剣〗STR+100

 上半身:G2〖冒険者のアーマー〗VIT+100

 下半身:G2〖冒険者のレザーパンツ〗AGI+100

 籠手:G2〖冒険者の籠手〗STR+100

 靴:G2〖冒険者のブーツ〗AGI+100

 アクセサリー:G2〖敏捷の指輪〗AGI+100

 ――――――――――


「俺はレベル278でAGI特化を継続中です。装備補正込みでAGIは1800ありますね。

 STRは700ほどまで上がりました。スキルはありません」


 シンが説明を終え、次にメイクのビルドへ移る。


 ――――――————

 PN:メイク

 ID:70095416

 討伐カウント:55


 レベル:276(SSP:0)

 HP:200

 MP:460(+400)

 STR:0

 VIT:200

 DEX:0

 AGI:400(+200)

 スキル:【クイック・リトリーブ】【ファイア・コントロール】【バフ・アジリティ】 


 武器:G2〖魔術師の杖〗MP+100

 上半身:G2〖魔術師のローブ〗MP+100

 下半身:G2〖魔術師のスカート〗AGI+100

 籠手:G2〖魔術師の籠手〗MP+100

 靴:G2〖魔術師のブーツ〗AGI+100

 アクセサリー:G2〖魔術師の指輪〗MP+100

 ―――――――――—


「ウチのレベルは276! MPが860、AGIが600ある感じ~。知っての通り紙装甲だよ~。

 スキルは【クイック・リトリーブ】【ファイア・コントロール】【バフ・アジリティ】の3つ!」


 おさらいだが、ステ振りとスキル獲得にはレベルアップによって得られるSSPステータス&スキルポイントが使用される。


 つまりスキルを3つ取得しているメイクは、シンよりもステータス合計値が低い。


 ステータスを上げて近接戦をメインとするシン。

 スキルによる後方支援と頭脳担当のメイク。


 シンとメイクのビルドは相互に補完する形で成り立っているのだ。


 ちなみにSSPを振り直す〖SSPスクロール〗というアイテムもあるので、ビルド決定について重く考える必要はない。



 シンとメイクの簡潔なビルド説明が終わる。


 少し考えた後、「ふむ」と頷いてから優男はアドバイスを口にした。


「2人とも280レベルくらいまで上がれば、集落から増援が来るまでにトロールを倒せると思うよ。

 トロールを倒すのに必要な最後の一押しをステータスで賄うんだ。

 シンくんはSTRを、メイクちゃんはMPを少し上げてみる……っていうのが俺の意見かな」


 『優男脳筋』という名前にも関わらず、言っていることは脳筋っぽくない。


 いつもはもう少し直感的で脳筋っぽいのだが……。

 シンとメイクの相手がG3モンスターだからか、いつにも増して真剣に考えてくれたらしい。


「それとトロールの討伐適正レベルは300だからね。2人で挑んだとはいえトロール討伐まであと一歩のところまで行けたなら凄いさ!」


 そうして励ましの言葉までかける優男なのだった。


 いつもながら優男は優しい。

 今度は名前通りな特徴である。


 ちなみに討伐適正レベルとは『5人パーティで挑む場合、1人当たり何レベルあれば安全に攻略できるか』を表す指標である。

 トロールの場合は『300レベルのプレイヤーが5人集まれば安全攻略することができる』ということになる。


 優男のアドバイスを受けて、シンもメイクも異を唱えるはずもなく――


「ありがとうございます。G2エリアでもう少しレベル上げてみます」

「アドバイスありがと~! 次トロールに挑戦する時は絶対倒してくんね!」


 シンとメイクが礼を述べると、優男はニコッと笑って「うん!」と答えた。


 アドバイスは貰った。

 これからの方針も決まった。

 あとは飲み物を飲んで退店するだけ……なのだが。


「——ちょっと待て。お前ら」


 先ほどまでカウンター席に突っ伏していたプレイヤーがシンとメイクを指差している。


 指差してくるのは、短めの金髪に血走ったような赤色の瞳をした長身の男。

 耳には複数のピアスをつけ、醸し出す雰囲気はガラが悪いの一言に尽きる。


 とはいえ、シンもメイクも彼と知り合いなのだが。


「こんにちは、乞食さん」

「ちわっす! 乞食~!」


「俺を乞食って呼ぶんじゃねえ!」


 (じゃあ、なんでそんな名前にしたんだ……)


 シンは心中で乞食に対してツッコミを入れた。


 そもそもブイモンにはプレイヤーネームを変えるアイテム〖名称変更のクリスタル〗がある。

 乞食という名前が嫌ならば、名前を変えればいいだけなのだが……。


 ちなみに〖名称変更のクリスタル〗は悪用できないようにオレンジ・プレイヤー殺人者レッド・プレイヤー大量殺人者は使用が禁止されている。

 

 また、一度使えばゲーム内時間で1カ月の間は再使用できない。


 しかし、上記全てに該当しない乞食は〖名称変更のクリスタル〗を使えるはずなのだが。


「それで何でウチらを呼び止めたの~?」


 メイクの質問を受けて、乞食はカウンター席を立ちあがり、シン達のテーブルについた。


「シンとメイク、お前らそれでもゲーマーか?」


「というと?」


「G3モンスターに初挑戦したんだろ? たった1回勝てなかったくらいで弱気になりやがって……。

 どうせ、お前らは今後G3を攻略してどんどん強くなるんだ。

 それなら安全マージン取って余裕勝ちするより、死線を潜って初攻略するほうが楽しいんじゃねえのかってことだよ」


「「……!」」


 シンとメイクは揃って息をのんだ。

 乞食に言われてハッとしたのだ。


 そもそもシンとメイクはG2モンスターに余裕で勝ってしまうからG3モンスターに挑戦しようとした。

 まだ見ぬ強敵を倒すために。


 乞食の発言に、今度は優男が返答する。


「乞食の言うことも分かるけど、着実に強くなって安全に攻略するのもゲームの醍醐味だろう? 

 2人に危ない橋を渡らせる必要はないんじゃないかな?」


「何言ってやがるバカ脳筋。トロールの挙動に慣れればステータスなんぞ上げなくても、現状のシンとメイクで攻略できるはずなんだよ。

 そんなことお前が一番分かってんだろうが」


 刺々しい言葉遣いに優男がムッとした表情を浮かべる。


「シンくんとメイクちゃんの実力は俺も分かってる。でも、どうせならG3を負けなしで初攻略してほしいじゃないか。だから堅実なアドバイスを――」


 しかし優男が言い終えるのを待たず、乞食が優男に中指を立てる。

 その動作で空気はより険悪なものとなった。


 ――ただし安心してほしいのは、この2人は仲がいいことだ。


 仲がいいからこそ衝突しがちなだけである。


「だから堅実にいかなくても2人の実力なら勝てるって言ってんだろうが! 

 お前と空はいっつも堅実な策ばっか練りやがって、反吐が出んぜ。それでもゲーマーかよ? ああ!?」


「そ、そういう乞食は希望的観測で動き過ぎだろう! ギャンブルで今まで何ゴールド溶かしてきたんだい? 早く借金を返してほしいよ!」


「う、うっせえ! それとこれは今関係ねえだろ! バカ脳筋が!」


「説得力がないんだよ! 借金まみれのギャンブル中毒者!」


 優男と乞食の言い争いは既に掴み合いに発展している。

 とてもカフェ店内とは思えない騒々しさだ。


 シンとメイクはと言えば、ただオロオロするしかない。


「——そこまでにしてください、二人とも。他にもお客様はいらっしゃるんですよ」


 そこで仲裁に来てくれたのはカフェ・スカイの店主、空だった。


 空が来た安心感は尋常ではなく、シンとメイクはすぐにオロオロするのを辞めた。


「優男くんの言うことも乞食くんの言うことも分かります。その上でどうするかはシンさんとメイクさんが決めることです。

 シンさんとメイクさんが求めていたのはアドバイスであって指示ではないのですから、お二人の意思を第一に尊重せねばいけないでしょう?」


 空の言葉を聞き、優男と乞食は少し目を伏せた。

 傍目から見ても一瞬で反省モードに入ったのが分かる。


 そして飼い主に怒られた犬のように、2人ともシュンとしながら頭を下げた。


「……空パイセンの言う通りだね。ついカッとなってしまった。すまない、シンくん、メイクちゃん」


「チッ……悪かったなシン、メイク」


 優男と乞食の謝罪に対し、シンとメイクが慌てて手を振って応える。


「いえ、俺たちは大丈夫ですよ」

「ウチも気にしてないよ~!」


 シンとメイクの返答を聞いて、とりあえず優男と乞食の言い合いは終了。


「んで、お前らはどうするつもりだよ? G3攻略」


 乞食の質問に対し、シンとメイクは顔を見合わせる。

 直感だが、2人とも互いに抱いている気持ちは一緒だと感じた。


 そしてシンとメイクは今後の方針を伝えた。

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