第4話 逃げるが勝ちってよく言うじゃん
□棍棒巨人の集落近辺
「ッッッ!」
「きゃあああ!」
『GAAAAAAAAA!』
シンとメイク、そしてトロールはG3エリアを鬼ごっこしていた。
説明する必要はないと思うが、鬼役はトロールである。
ドスドスという音と共に追いかけられるのは生きた心地がしない。
かつてこんなに怖い鬼ごっこがあっただろうか、とシンは思った。
現実と遜色ないリアリティが、トロールの威圧感や怒りといった感情をダイレクトに伝えてくる。
「なんでトロールが!?」
先ほどまでシンとメイクはトロールの動向を遠方から確認していた。
2人の位置はバレていなかったはずなのだ。
シンが切羽詰まって聞けば、メイクが金髪を振り乱しながら早口に答える。
「きっとキング・スライム達との戦闘が激しすぎたんだよ!
特にエクスプロード・スライムの爆発音! あれがトロールの集落に聞こえ……きゃああああああああ! 死ぬうううううううう!」
メイクはシンと同様にテンパっているが、冷静に状況分析をしていた。
心配になるくらい絶叫しているが……。
(ん……? ちょっと待てよ)
しかし、シンがとある事実に気づく。
メイクの説明通りなら、シン達は集落周辺に異変を感じて偵察していたトロールの1体と鉢合わせてしまったのだろう。
しかし、それは――
「メイクの考えてくれたトロール攻略作戦が……奇跡的に成功してない?」
「あっ……!」
そこでメイクも気づいたらしい。
急に現れたトロールにテンパっていた2人だが、冷静になればメイクが考えたトロール攻略作戦が半ばまで成功していた。
メイクがトロールを攻略する為に立てた作戦はシンプルなものだ。
それは集落の外に1体のトロールをおびき寄せ、集落から引き離した上で戦闘をするというもの。
棍棒巨人の集落に踏み入れば、数多のトロールに囲まれることは必至。
となると敗北は免れないだろう。
トロールの群れを相手にしては勝ち目がなさすぎるので、トロール1体を2人で相手取る作戦だったのだ。
奇しくも、今の状況はトロール攻略作戦で想定した状況に合致している。
それを確認したシンとメイクは急制動をかけ、トロールの方を振り向く。
トロールはと言えば怒り狂った様子で、棍棒を振りかぶった。
『GAGAAAAA!!!』
「一度受けてみる」
「よろしく!」
そうと分かればトロール攻略だ。
咆哮を上げるトロールの前で、2人は短いやり取りを完了。
棍棒を振り下ろすトロールとシンの目が合う。
「ッッ……!」
逃げ出したい、と思う本能をシンは理性で抑え込む。
未だ体験したことのないG3モンスターの力——トロールのSTRがどれほどか体感しておきたいのだ。
前もってメイクに告げられている情報通りなら、トロールのSTRはおよそ2000程度。
一撃で殺されることはないはず、とシンも分かっている。
ちなみにシンのSTRはおよそ700、VITは400だ。
これは装備による補正込みの値である。
『GAAAAAAA!』
トロールの棍棒が振り下ろされ、シンの剣がそれを迎え撃つ。
「——くッッ!」
激突直後、初めて襲われる特大の衝撃はシンの身体を通じて大地をも揺るがした。
ブイモンにおける装備の耐久値はかなり高く設定されている。
そのため、剣が壊れる心配はほとんどない。
――しかし、シンの腕は別だ。
剣を握っている腕の骨が軋む感覚。
痛覚が熱感に代替され、シンは自身がダメージを受けたことを悟る。
しかし、骨が軋んだ程度で済めば
受けたダメージも少ない。
「……っし!」
トロールの攻撃を受け切れることは分かった。
しかし、完璧に攻撃を受け止めてもダメージを受けるとは……トロールのSTRはやはり凄まじいらしい。
「メイク――」
「【ファイア・コントロール】!」
メイクの動きに迷いはない。
シンが言うまでもなく行動を起こしていた。
メイクの握る杖の先端には、スキル発動に伴って出現した火球が浮かんでいる。
――トロール攻略作戦について。
トロールはSTRが高く、AGIが若干低い。
これは〖G3モンスター攻略本〗というアイテムから得ることのできる情報である。
このトロールのステータス特性を踏まえ、メイクは作戦を立案した。
シンがトロールの攻撃を一撃耐えた場合、AGIの高くないトロールは次の動作までに時間がかかることになる。
その隙にメイクがカウンターの魔法系スキルを叩きこむ算段だったのだ。
メイクの使用したスキル【ファイア・コントロール】は読んで字のごとく炎操作スキル。
基本5属性の魔法系スキル――炎・雷・氷・風・土——のうち、最も威力を発揮しやすく、最も影響範囲が狭いのが炎操作スキルだ。
具体的には、消費MPの5倍の威力を発揮し、消費MP×0.02立方メートルにあたる炎を具現化・操作することができる。
「いっけえええ!」
メイクの声とともに打ち出された灼熱の火球。
トロールの動きよりも火球の飛翔速度の方が速い。
ゆえにトロールの防御は間に合わず、火球がトロールの胸に着弾する。
メイクが火球に込めたMPは500。
【ファイア・コントロール】により発揮されるダメージは5倍に当たる2500となる。
火球はトロールの胸の中央を焼き焦がし、貫通まではいかないもののトロールの胸を大きく抉った。
『GAAAA……!』
呻き、よろける巨人。
対して、シン達は畳みかける。
とはいえ【ファイア・コントロール】の連発はMPの消耗が激しい。
ゆえに――
「【バフ・アジリティ】!」
畳みかけるのはシンの仕事。
メイクがシンにAGIバフをかけ、シンは最高速度でトロールの懐に入りこむ。
やみくもに剣を振るうのではなく、シンが狙うべきは急所——火球によって抉れた胸部だ。
急所・弱点部位への攻撃は敵に与えるダメージを大きくする。
「——ッッッ!」
剣に速度を乗せるため、シンは足に力を込める。
ブーツによって踏みつけた地面が割れるのを自覚しながら、シンはトロールへと飛びあがった。
両手で握った剣の矛先は斜め上。
斬りつける動作は必要ない。
ただトロールとの激突時、剣を取りこぼさないようにするだけだ。
そして一瞬の後、秒速120メートルでシンの握った剣がトロールの胸部に激突。
激突の衝撃で周囲の風が舞い上がり、シンの顔にトロールの青黒い血が付着する。
『GAGAAA……AAAA……!』
剣はそのままトロールの胸部を貫通し、トロールが膝をつく。
しかし、さすがG3モンスターというべきか。
瀕死だろうにシンめがけて両腕を振り回してきた。
「チッ……」
舌打ちと共に剣を抜きトロールと距離を取るシン。
異常なタフさを発揮するトロール。
しかし、もう一押しで倒せるはずだとシンとメイクは直感していた。
シンは止めの一撃を見舞うために再び駆けだして――
「シン逃げるよ!」
「え――ッ!?」
だが追撃を行うことはなかった。
メイクの元へ飛び退くと同時、シンのいた地点に棍棒が振り下ろされたのだ。
『『『GAAAAA!』』』
見ればシンの死角だった場所に別のトロールが現れていた。
シンたちが相手をしていたトロールの咆哮を聞き、別のトロール達が駆けつけたのだ。
AGIの低さゆえ、集落から移動してくるのに時間がかかったようだが――数多のトロールが続々と集落の方向から現れる。
スライムの軍勢とは訳が違う。
トロールの軍勢と戦って勝てる見込みはない。
それに万が一HPを全て失えば、デスペナルティを受けてしまう。
デスぺナは『ブイモン世界への1時間のログイン制限』だ。
1時間というのはリアル時間であってゲーム内時間ではない。
つまり、デスぺナを受けている間にブイモン内では3時間が経過することになる。
夏休みが始まり、これから遊びまくりたい時に2人とも出鼻を挫かれたくなかった。
「とにかく安全な場所見つけてタルランタに戻ろう!」
並走しつつ、メイクはそう提案する。
「どうしてタルランタに?」
「優男とか空パイセンにアドバイス貰いたいなと思ってさ~。ウチらの作戦じゃトロールに仲間を呼ばれちゃうから攻略できないっしょ?」
そう言われて、優男がいつでも頼ってくれと言っていたのをシンも思い出した。
すぐさまメイクの指示に従う。
「分かった。タルランタに戻ろう」
「うん!」
その後、トロールたちの追走を振り切ったシン達は〖転移の翼〗を使ってタルランタに帰還したのだった。
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