第3話 ウォーミングアップを忘れるべからず
□棍棒巨人の集落近辺
カフェ・スカイを後にしたシンとメイクは〖転移の翼〗というアイテムを使って移動していた。
〖転移の翼〗は世界に点在する〖
広大なブイモン世界を冒険する上ではマストアイテムと言える。
「…………」
さて、〖転移の翼〗で移動したシンだったが、優男に言われたことが引っ掛かっていた。
優男の『自信を持った方がいい』というアドバイス。
誠実でブイモンに詳しい優男のことだ。
的外れなアドバイスである可能性は低い。
しかし、優男のアドバイスがシンの中で腑に落ちた感覚もない。
それならば、なぜ優男のアドバイスが腑に落ちないのか?
それは、シンが自らを誇れないことが原因なのは間違いないだろう。
シンもそれを薄っすらと自覚している。
(思えば、自分に自信を持ったことなんて1度も無いんじゃ――)
シンがそんなことを考えていると隣から聞き慣れた声が響いた。
「——トロール達に動きなし~」
その声によって意識が考え事から
G3モンスターとの初戦闘を控えている手前、ぼーっとしているのは危険だ。
集中せねば、とシンは気を引き締める。
「ぼーっとしてたでしょ? 考え事?」
しかしメイクには、ぼーっとしていたことがバレていたらしい。
メイクは他者をよく見ている。
メイクに隠し事をしようものなら、今のようにバレてしまうだろう。
「考え事ってほどでもないよ」
しかし、シンはぼーっとしていた理由をメイクに話さなかった。
なぜか悩みを言語化することが
友に弱みを見せることを無意識に嫌ったのか、はたまた――
「ホント~? 何かあったら相談してよ!」
メイクも深くは聞かず、シンを元気づけるようにニッと笑う。
それに対してシンも笑って応える。
「うん、相談するよ。それより動きがないね、トロール」
さて、シンとメイクが最初の標的とするG3モンスターはトロールだ。
スライムやゴブリンと同様、ゲームや創作物に登場する有名なモンスターではなかろうか。
トロールはG3モンスターの中では、オークと並んで弱い部類に属する。
それでは、なぜ2人はオークではなくトロールを狙うのか。
もちろんトロールがオークに比べて弱いからという理由ではない。
2人がオークを避ける理由はオークの厄介な特性にある。
豚の特徴を持つオークは鼻が利くのだ。
匂いからシン達の接近を気取るリスクがある。
接近を気取られれば奇襲を仕掛けることはおろか、オークの群れに
それに比べ、トロールにシン達の接近を感知する術はない。
トロールの特徴はオークとほぼ変わらないステータスを有すること。
人を容易く潰せそうな巨大棍棒を使うこと。
そしてオークを凌駕する個体数を活かした集団戦を武器とすることだ。
相手にするトロールの数が多いことにはシン達に勝ち目はない。
しかし、それを解決する策についてはメイクが考えている。
(——俺はメイクの策に従うだけだ)
ということで、シン達は茂みから集落で生活するトロールを観察している。
トロールには簡易な住居や棍棒を作る知能があるらしい。
トロール同士で会話をする姿も見られる。
人とは異なる言語で話しているため、どんな話をしているのかは分からないが。
「それにしてもトロールめっちゃ強そ~! 怖いけどワクワクするね!」
「そうだね。俺もワクワクする」
メイクの発言にシンも頷く。
トロールを遠目に『ワクワクする』と言う2人。
しかし、突然目の前にトロールが現れたら、2人とも全力で逃げるだろう。
ブイモンのリアリティは日本一。
当然、モンスターの怖さや威圧感もプレイヤーへダイレクトに伝わるのだ。
それでも戦闘が面白いのだから、シンとメイクはブイモンを辞められない。
むしろ2人は怖い敵や、強い敵を倒せた方が嬉しさを感じる性質だ。
達成感を感じれるからだろう。
そのためトロールを前にして、恐怖心より挑戦心が上回るというわけだ。
また、トロールに挑戦できるのはブイモンに痛覚が存在しないからこそ、という見方もできる。
ダメージを受けるたびに悶絶するほど痛かったらゲームなんてやってられない。
ブイモンにおいて痛覚は熱感に置換される。
手を軽く切っても、下半身が木っ端みじんに吹っ飛んでも、プレイヤーにフィードバックされる熱感は一律だ。
フィードバックされる熱感だが、具体的には熱めの飲み物が入ったカップに触れた時に『あちっ……』となるくらいの熱さだ。
「さてと……集落に攻め入っても物量差で
茂みから顔を覗かせつつ、メイクが作戦内容の確認をする。
「うん。分かってる」
対してシンも頷き返す。
モンスターと戦う時はシンが実働部隊。
メイクが攻略計画の立案と支援を担うのが常だ。
複数のことを同時並行で処理できるメイクは戦闘の要。
メイクがいなければ、シン自身は未だG2を制覇できていないだろうと感じている。
「攻略始めるよ~! シン!」
「うん……ん?」
互いに膝立ちのまま、メイクの緋色の瞳とシンの視線が重なる。
瞬間、違和感がシンを襲った。
シンとメイクがいるのは森の中で、茂みに身を隠している状況。
つまり、メイクの頭上から落ちてくるものなど普通はない訳で。
「——フッ」
軽く息を吐く。
難しいことは考えず、シンは
シンの振るった剣はメイクの頭上から落ちてきたオレンジ色の物体を両断した。
「——っ! パラライズ・スライム!?」
そこでメイクも奇襲を受けたことに気づいたらしい。
シンが両断したパラライズ・スライムは宙で光の塵となり霧散。
しかし、問題はここからだ。
「多分囲まれてる」
そう言ってシンがメイクに手を差し出す。
メイクは「助かったよ。ありがとっ!」と言ってシンの手を取った。
続いてメイクが現状を分析する。
「パラライズ・スライムが奇襲できるほど知能高いとは思えないし。多分、近くにキング・スライムがいるね~」
グレードが上昇するほど、モンスターに搭載されるAIは高度化するというのが通説だ。
ゆえにG1に属するパラライズ・スライムが知恵を働かせ奇襲をかけることは考えにくい。
「俺もそう思う。メイク的にはどうする? 戦うか、逃げるか」
「そんなの分かってるっしょ?」
メイクは楽しげに笑いながら杖を構える。
それを見てシンも剣を構えた。
「トロールと戦う前の
「了解。メイク」
そうして敵の総数も分からぬまま、夏休みに入って最初の戦闘が始まった。
――スライムについて。
ブイモンには
なお5種がG1、2種がG2に属する。
まずはG1に属するスライムについてだ。
最もオーソドックスなのは水色のスライム。
続いて、接触対象に確率で毒を付与してくる紫色のポイズン・スライムに、麻痺を付与するオレンジ色のパラライズ・スライム。
接触時に爆発する赤色のエクスプロード・スライム。
G1スライム達を操り、強化するスキル【スライム・コマンダー】を持つリーダー・スライム。
この5種のG1スライム達はさして脅威ではない。
シンとメイクならばダメージをほぼ受けず、完勝できるだろう。
しかしG2スライムが問題だ。
まずはスライムを操り、全ステータスを4倍強化するスキル【スライム・モナーク】を持つキング・スライム。
大幅強化された数多のスライムをキング・スライムが操れば、かなりの脅威となりうる。
そしてキング・スライムにも操れない代わりに、高いステータスを誇るソリタリー・スライム。
ソリタリー・スライムは特殊なスキルを持たない分、キング・スライムよりは戦いやすいと言える。
両者、攻略適正レベルは100~120と言ったところだろう。
対するシンとメイクのレベルは270を超える。
本来は苦戦を強いられることはないが……。
今回、シン達の前に現れたのは100を超えるスライムを味方につけたキング・スライムだ。
配下のスライムをうまく使い、要所でキング・スライムが攻撃をヒットさせてくれば、シンもメイクも少なくないダメージを負うはず。
それに加え、スライム種は物理ダメージを25%カットする【物理ダメージ耐性】を保有している。
シンとメイクの基本戦法は、シンの近接攻撃が主軸だ。
つまり【物理ダメージ耐性】を持つスライム種はシン達と相性が悪い。
「ッ!」
シンは束になって襲いくるスライム達を斬り伏せつつ、キング・スライムを探す。
この戦い、キング・スライムを倒せば【スライム・モナーク】で統率・強化されていたスライム達は大幅弱体化される。
そうなればシン達の勝ちだ。
「【バフ・アジリティ】!」
メイクの声とともにシンのAGIにバフがかかる。
『バフ』とはプレイヤーを強化する意味合いで使用される言葉だ。
メイクのスキル【バフ・アジリティ】はメイク自身を除いたプレイヤーのAGIを2倍化する。
【バフ・アジリティ】の発動時に消費されるMPは10。
加えて、スキル発動中はMPを10秒間に1ずつ消費する。
メイクのMPは860だ。
MPを回復するアイテムも用意しており、メイクのMP切れを心配する必要はない。
しかし、キング・スライムとの戦闘はあくまでトロールとの戦いの前哨戦。
ゆえに短期決戦であればあるほどいい。
「——フッ!」
息を吐きつつ、手当たり次第にスライム達を蹴散らしていく。
強化されたシンのAGIは3600に至り、体感時間が伸長。
今、シンの眼にはスライム達の動きが止まっているように見えている。
片っ端から剣を振るい、色とりどりのスライム達を殲滅していく。
「キング・スライム特定完了っ! シンから見て右前方の木陰だよっ!」
メイクの声を聞き、すぐさま視線をそちらに移す。
そこには茂みと数多のスライムの陰に隠れるように、水色の巨大なスライムが鎮座していた。
さすがメイクだ、とシンは感嘆する。
キング・スライムの位置を特定するまでが早いのだ。
メイクはキング・スライムが身を隠しやすい木陰や茂みを瞬時にチェックし、スライム達の分布からキング・スライムの位置を逆算したのだ。
キング・スライムが自身を守るために、配下のスライム達を盾に使いたいだろうことは想像に難くない。
そうしたキング・スライム側の心理までもをメイクは読み切っている。
でなければ、数多のスライムがいる中からキング・スライムの位置を早期に発見することなどできまい。
『……!』
シンの視線からキング・スライム側も位置を特定されたことを悟ったらしい。
慌てて距離を取ろうとするが時すでに遅し。
【バフ・アジリティ】によって強化されたシンのAGIは秒速120メートルでの疾駆を可能とし、キング・スライムを守るスライム達を斬り刻む。
青空のごとき水色や夕焼けのようなオレンジ、毒々しい紫に、爆ぜる赤。
それら全てがキング・スライムを守っていたスライムたちの最後の姿であり――
「——ッッッ!」
シンはありったけのSTRを込めた剣をキング・スライムに突きこんだ。
『……!!!』
キング・スライムに発声器官はない。
しかし、一目でダメージを負っているのが分かるほどにキング・スライムは巨体をたゆませ、シンを振りほどこうとする。
だが、その動作までもが致命的に遅い。
「終わりだ」
剣を引き抜き、突き刺す。また引き抜き、突き刺す。
シンとキング・スライムの間に存在する圧倒的なAGIの差。
それゆえ、シンの単純な動きにさえキング・スライムは付いてこれなかった。
『…………!!! …………』
いくら【物理ダメージ耐性】を持つキング・スライムといえど、一瞬にして数度突き込まれた剣によるダメージは甚大だったのだろう。
やがてキング・スライムは抵抗虚しく地に沈んだ。
そして数瞬の後に光の塵となり霧散していく。
その後、キング・スライムの配下だったスライム達は連携を乱し、消化試合となったのだった。
「ふぅ……勝った」
キング・スライム達との戦闘は完勝という形で幕を閉じた。
当然と言えば当然だ。
今日、シン達はG3モンスターに挑戦しに来たのだから。
今さらG2以下のスライム達に負けるとは思っていなかった2人だが、如何せん敵の数が多すぎた。
ほんの少しだけ疲れた、というのが正直な感想だろうか。
「お疲れ~、シン!」
「うん。支援ありがとう、メイク」
そう言って2人は互いの拳をぶつけ合う――健闘を称え合う感じだ。
「さ、これで心置きなくトロールと戦えそうだね~!」
「うん……ん?」
――ここで本日2度目の違和感がシンを襲う。
楽しげに話しているメイクのすぐ後ろに壁があるのだ。
木でも茂みでもない。
(土褐色でやけに筋肉質な壁……ん? 筋肉質?」
シンが悟ると同時、メイクの後ろで爆音の咆哮が放たれる。
『GAAAAAA!』
その咆哮を聞いて、シンは咄嗟にメイクを庇う形で地面を転がった。
一瞬遅れて衝撃音と共に地面が震え――攻撃をされたのだと気づく。
そして転がった先でシンは見てしまった。
シンとメイクを見下ろす1体の巨人の姿を。
「トロール……!」
シン達を見下していたのは、人を容易く潰してしまいそうな棍棒を持つ巨人——トロールだった。
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