第2話 行きつけのカフェへ

 □“始まりの都市”タルランタ


 晋——プレイヤーネーム『シン』がログインした地は“始まりの都市”タルランタだ。


 タルランタが“始まりの都市”と呼ばれる理由は、ゲームを始めたルーキーが最初に降り立つ地だからである。


「何回体感しても慣れないなぁ。ゲーム世界にフルダイブするのは」


 ブイモン世界は緻密なグラフィックによって、現実と違わぬリアリティに溢れている。


 タルランタに立つ家屋の1つ1つにはプレイヤーが住み――

 街路には装備やアイテムを売っているのだろう露天商の姿が――

 水路を流れる水は飲んでも大丈夫なのではないかと思えるほどに澄んでいる。


 ログインの度に、シンは自らがファンタジーの世界に迷い込んでしまった気分になるほどだ。

 自らが剣やアーマーを身に着けている光景も非現実感に拍車をかける要因だろう。


 だが、感動ばかりもしていられない。


「待たせちゃ悪いよな」


 シンは幼馴染の楓——プレイヤーネーム『メイク』との待ち合わせ場所へと向かう。



 ――シンとメイクとでログイン地点が異なる理由を説明しておこう。


 昨夜のことだ。

 シンとメイクはいつも通りブイモンを遊んでいた。


 しかし、シンだけがメイクの寝た後もブイモンを遊んでいたのだ。


 ログイン地点は『最終ログアウト地点』となるのが原則。

 昨日の2人のログアウト地点は別の場所だったため、今日のログイン地点までもが異なってしまったのである。


 だがログイン地点が異なっても問題はない。

 シンとメイクの待ち合わせ場所はいつも決まっているのだから。


「——ッ!」


 シンは足に力を込め、目的地に向けて走り出した。


 今のシンの移動速度は秒速およそ60メートルほど。

 100メートル走を2秒弱で走れる計算だ。


 リアルでこれだけ速く走れれば、世界陸上で断トツの1位を獲得できるだろう。


 さて、こんな芸当ができるのもというシステムのおかげである。

 ゲームではメジャーな概念のはずだ。

 

 ブイモンにおけるステータスは全6種。


 まずはHP体力——ヒットポイント。

 HPがなくなるとゲームオーバーだ。


 ゲームオーバー時には死亡時罰則デスペナルティが課される。

 HPを失わないように気を付けることが大切だ。


 次に、MP魔力——マジックポイント。

 スキルの発動や威力などに関わる。


 STR筋力——ストレングス。

 力の強さや物理攻撃力に関係する。


 VIT耐久——バイタリティ。

 身体の頑丈さに関係する。


 DEX技巧——デクステリティ。

 遠距離物理攻撃や生産系スキルに関係する。


 AGI敏捷——アジリティ。

 移動速度や体感時間に関係する。


 ステータスはブイモンをプレイする上で重要な概念なので覚えておこう。


 そしてプレイヤーはモンスターを倒してレベルを上げていく。

 レベルが上がるとSSPステータス&スキルポイントというポイントを獲得できる。


 プレイヤーは獲得したSSPを用いて、前述のステータスを強化していくのだ。

 ブイモンでは俗に言う『ステ振り制』が取られているのだ。


 SSPはレベルが1上がる毎に10獲得でき、特殊技能スキルの獲得にも用いられる。

 スキルはSSPを500消費することで獲得でき、同時に3つまで保有できる。



 ちなみに、シンのステータス構成ビルドはAGI特化となっている。


 詳細は以下だ。


 ――――――————

 PNプレイヤーネーム:シン

 ID:12189698

 討伐カウント:55


 レベル:278(SSP:0)

 HP:500

 MP:0

 STR:480(+200)

 VIT:300(+100)

 DEX:0

 AGI:1500(+300)


 スキル:なし


 武器:G2〖冒険者の剣〗STR+100

 上半身:G2〖冒険者のアーマー〗VIT+100

 下半身:G2〖冒険者のレザーパンツ〗AGI+100

 籠手:G2〖冒険者の籠手〗STR+100

 靴:G2〖冒険者のブーツ〗AGI+100

 アクセサリー:G2〖敏捷の指輪〗AGI+100

 ――――――――――


 高AGIによる近接戦を主軸にしたプレイスタイルだ。


 装備は“冒険者シリーズ”と呼ばれる装備で固めている。

“冒険者シリーズ”はNPC商店でまとめ買いすると10%値引きしてもらえるのだ。



「——いつもより人が多い。夏休みに入った人が多いからかな?」


 シンが他プレイヤーにぶつからないよう高速移動できるのもステータスの恩恵によるものだ。

 高AGIにより体感時間が引き延ばされ、人との衝突を躱すだけの余裕が生まれているのだ。


「——フッ!」


 とはいえ、他プレイヤーをいちいち躱しながら走るのも面倒だと思ったシンは軽く息を吐いて跳躍。

 タルランタに立ち並ぶ建物の屋根に飛びあがり、屋根伝いに目的地を目指す。



 その後、制動と加速を繰り返して、3分ほど走れば目的の場所にたどり着いた。


 店先に立てられた看板には『カフェ・スカイ』の文字。

 その文字を一瞥いちべつして、シンは店の扉を引く。


 扉の先に広がったのは開放感のある木造りのカフェだった。


 このカフェは2階部分にある図書スペースと吹き抜けで繋がっている。

 図書スペースではブイモン内で売られている書物を読むことができるのだとか。


「いらっしゃいませ!」


 シンが店内を見渡していると快活な挨拶が響いた。

 一見、ピアノの音が緩やかに流れるカフェの雰囲気とはミスマッチな挨拶に思われるかもしれない。

 しかしカフェの店主曰く、この快活な挨拶を嫌がる客はいないらしい。


 かくいうシンも快活な挨拶をするプレイヤー『優男脳筋やさおのうきん』——優男に好印象を抱いている。


 燃えるような赤髪と神秘さを醸すエメラルドの瞳をした優男はニコニコと笑みを浮かべていた。


 それにしてもインパクトのある名前だ。

 優男は身長も185センチあり、ガッシリとした体格を見てもインパクトが大きい。


「こんにちは、優男さん」


「こんにちは、シンくん! 今日もメイクちゃんと待ち合わせかい?」


「はい。今日はGグレード3モンスターに挑戦しようと思いまして。あ、ブラックコーヒー1つお願いします」


 優男はカウンター奥の店主に向かって「ブラックコーヒー1つ!」とオーダーを伝えた。


 その隙にシンは手近な椅子に座りつつ、メイクとブラックコーヒーを待つ。


「それにしてもシンくんとメイクちゃんがG3モンスターに挑戦かぁ! 時の流れは速いなぁ」


 シンは失礼かもと思いつつ、優男の口ぶりが親戚の叔父さんぽいなと思った。

『もう高校入学かい? 時が経つのは早いもんだ! わっはっは!』的な感じだ。


「ブイモンを始めてから4カ月も経ちますし。暇さえあればブイモンやってましたから」


 高校受験が終わってからというもの、シンとメイクはブイモンばかりやってきた。


 新興ジャンルだったVRMMOの勢いを決定づけたと言われるほどの神ゲーがブイモンだ。

 ブイモンにはシンとメイクを釘付けにするだけの面白さがあった。


「いやいや、シンくんとメイクちゃんの攻略速度は早いさ! 今トップを走ってるプレイヤー達もG4モンスターをギリギリ攻略できるかってレベルだからね」


 G2を制覇したばかりの自分達がG4モンスターに挑戦するのはいつになるのやらと、シンは遠い目をした。


「そうなんですね。でも、俺たちの攻略速度が早いんだとしたら、それはメイクの力によるところが大きいと思います」


 優男の評価を受けて、シンは一部否定の意を述べた。

 対する優男は真っ直ぐに問いを投げかける。


「どうしてそう思うんだい?」


「メイクは頭が良いですから、モンスター攻略時には適切な策を講じてくれます。戦闘中も色々と考えて戦ってくれる。

 それに比べて、俺はメイクの作戦に従って剣を振るうことしかできません」


 そう言うと、優男は少し顔を曇らせた。

 

 シンはその表情の変化を読みとり、気に障ることを言ってしまったかと心配した。

 ゆえに話題の転換に動く。


「最近のブイモン事情について知りたいんですけど、何かニュースはありませんか?」


 カフェをやってると色んな情報が入ってくるんだ、と以前に優男が言っていた。

 それを思い出し、シンは話題の転換を狙う。


「えっと……そうだね。どこどこのギルドが古竜と機械竜を初討伐したとか。

 イーオ海を渡る豪華客船で遊びまくったとか。レッドプレイヤーに拉致されて危うく〖誓約書〗にサインさせられるところだったとか」


 優男はONとOFFの切り替えが早いタイプだ。

 直前までの曇った表情は既に消えているように見える。


 ブイモンのニュースを聞いて、シンは興味を引かれた情報について追求した。


「レッドプレイヤーによる拉致だけ洒落にならない情報ですね」


「そうだね。シンくんも気を付けるんだよ!」


 レッドプレイヤーとは、プレイヤーをPKプレイヤーキルしまくった大量殺人者のことだ。

 そして〖誓約書〗とは、プレイヤーの行動を縛るアイテムと理解してもらえればと思う。


 レッドプレイヤーによって無理やり〖誓約書〗にサインさせられれば、ブイモンを楽しめなくなる可能性もあるのだ。


 ブイモンにはそういった怖い面もある。


 とはいえ、レッドプレイヤーを取り締まるギルドも数多く存在する。

 テロのようなことも基本的に起こらない。

 少なくとも、このタルランタという都市では。


「……G2を制覇したことだしさ! シンくんはもっと自信を持ってもいいんじゃないかな」


 優男が唐突にそう呟く。

 その声は心なしか、遠慮を含んでいるように感じられた。


 シンは話題を変えたことで、先ほどまでの雰囲気を変えられたと思っていたのだが。

 優男は先ほどの会話を引きずっていたらしい。


 しかし、シンはなぜ優男が遠慮した様子でアドバイスをしてくれるのかが分からなかった。


 いつも親身な対応をしてくれる優男のことだ。

 優男が善意でアドバイスしてくれているのは分かるのだが……。


「俺、自信ないように見えますか?」


「うーん、少なくとも自信があるようには見えない……かな。

 心技体って言葉があるくらいだからね。自信を持つだけでシンくんの動きはもっと良くなるんじゃないかなって思ってさ!」


 優男は自信たっぷりに『自信を持つことの重要性』を語る。

 優男とはシンとメイクがゲームを始めたその日からの付き合いだ。

 ゆえに優男はお節介かもしれないと思いつつ、助言をしてしまったのだろう。


「でも、自信を持てるほど優れた点なんてありませんし……」


 対するシンはそう返答するしかなかった。

 自分には自信を持てるものなど持ち併せていないと思っているからだ。


 頭が良いわけでもなし。

 とびきり運動ができるわけでもなし。

 普通の人には持ちえない、特別な才能だってありはしない。


 何をやっても平均以下の“Mr.凡人”というのがシンの自己評価である。


 しかし、優男はシンの返答に納得していないようだった。

 いつもの快活さはどこへやら、その顔からはいつにない真剣さが見て取れる。


「でも、シンくんは――」


 優男がシンの発言を否定しようとする。


 しかし、そのタイミングでカウンター奥に立つカフェの店主『空パイセン』——空から声がかかった。


 空は藍色髪に碧眼というアバターで、身長は170センチほどだ。

 眼鏡をかけており、言葉遣いや所作の端々から知的な印象を与える人である。


「優男くん。購入してきて頂きたいものがあるのですが、買い物を頼めますか?」


「あ、もちろん! 何を買ってくればいいかな?」


「それでは、このリストにあるものを」


 そう言って空はシンの座る席へと歩み寄り、優男に購入リストを手渡した。


「シンくん、お話の途中なのにごめんね! また今度話そう! G3モンスターの攻略も応援してるよ! それと何か困りごとがあったらいつでも頼ってね!」


「は、はい。ありがとうございます」


 結局、優男はまくしたてるように話して店を出て行ったのだった。


 優男がいなくなったカフェは一転して、ピアノの音色が漂う物静かな雰囲気に包まれていく。



「なんだったんだろう……」


 シンが自信を持てるところがないと言った時、優男はそれを否定しようとした。


 それはつまり――シンには誇れるところがあるということになる。


 しかし、シン本人は自身の優れている点に見当がついていない。


 優男はシンのどんなところを高く評価したのか――


 シンが頭を悩ませていると、横合いから声がかかった。


「ご注文のブラックコーヒーです。シンさん」


 声の主はカフェ・スカイの店主、空だった。


 シンの前にコーヒーを置きつつ、柔らかな笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。空さん」


 そう言って一口。

 シンはいつも通りの美味しさにホッと息を吐いた。


「——優男くんのことで困らせてしまったのなら申し訳ありません」


「え?」


 シンがコーヒーに魅せられていると空が申し訳なさそうに告げた。


 しかし、シンにはなぜ謝られたのか分からない。


 シンが呆けているのを見てか、空はクスリと笑う。


「優男くんは真っ直ぐに何でも言ってしまうところがあるでしょう? 優男くんの発言でシンさんが気を悪くされていたら謝罪しなければと」


「そんな……謝られることじゃないですよ。俺のことを評価してくれる優男さんには感謝してて……!」


 シンは自身を特筆すべき点のない平凡な男だと思っている。

 

 そんなシンに自信を持っていいと言ってくれる優男に感謝こそすれ、シンが気を悪くすることはない。


 シンの返答を聞いて空はホッとしたように胸をなでおろした。


「そう言っていただけて良かったです。それではごゆっくりどうぞ。シンさん」


「はい。ありがとうございます、空さん」


 シンがそこまで言った時、カフェ・スカイの扉が引かれ、カランカランと来客用の鈴が鳴った。


 そうして入って来たのは金髪をなびかせる緋色の瞳をした美少女。

 暗い色のローブを見に纏い、杖を片手に持つ姿は魔法使い然とした印象を与えてくる。


「いらっしゃいませ、メイクさん」


「ちわっす、空パイセン! それと待たせてゴメンね、シン!」


 そうしてシンの幼馴染の楓、もといメイクは元気に挨拶した。


 リアルと違い、メイクの身体に男子特有の角張った感じはない。

 それどころか女子特有の柔らかさがある――特に胸の膨らみが印象的だ。


 そう、メイクはブイモン世界に女性アバターでログインしているのだ。


 女性に憧れるメイクにとって、現実と違わぬリアリティを持った世界で憧れた性別になれるのは本当に嬉しいことだろう。


「メイクさんは何か頼まれていきますか?」


「うーん、今日は大丈夫かな! 早くG3モンスターに挑戦したいし~!」


 それを聞いた空は「お二人のG3モンスターの攻略を僕も応援していますね」と言ってカウンター奥へと戻っていった。


 その後シンはメイクと話しつつ、コーヒーを早々に飲み終えて席を立つ。


「空さん、俺達行ってきます。優男さんと乞食さん、楽団さんにもよろしくお伝えください」


 『乞食』はカフェの常連でギャンブルが大好きな人物。

 よくギャンブルで大負けしゲーム内通貨ゴールドを失って、空に泣きついている。


『一人楽団』——楽団は今、店内に流れているピアノを演奏している。

 声をかけると演奏を中断してしまいそうなので、シンは直接の挨拶を避けた形だ。


 彼ら4人はいずれもシンとメイクを気に掛けてくれるお兄さん達といったところだ。


 シンとメイクが高校受験を終えてからの4カ月——ゲーム内時間では1年。

 その間に、シンとメイクは4人から様々なアドバイスを貰っている。


 シンとメイクがG2を制覇できたのも、4人の的確なアドバイスあってのもの。

 特に優男は装備の扱いやモンスターの攻略方法などを熱心に教えてくれたものだ。


 今後も世話になることは多いだろう。


「承りました。お二人ともまたのお越しをお待ちしております」


 最後に空が柔らかい笑みと共にシンとメイクを送り出す。

 

 そしてカフェ・スカイを出たシンとメイクはG3モンスターが出没するエリア――棍棒巨人の集落へと向かうのだった。

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