革命前夜のモンスターハント ~オリジナル・スキル所持者の高1男子、そもそも基本スペックからしてチートすぎる~

黒猫ダブル

第1章 悪魔、無限を抱く

第1話 夏休みには冒険を

 夏休み直前のホームルームにて。


 生徒の大半が浮足立つ中、机に突っ伏している男子生徒が1人いた。


(ホームルーム長いなぁ……いつも通りだけど)


 生徒の名は天宮すすむ、高校1年生。

 人並みに伸びた黒髪に、どこか中性的な顔立ちをした少年である。


 晋は今、クラスメイトの浮かれ具合を見て辟易へきえきとしていた。

 というのも、晋は早く家に帰ってゲームがやりたいのだ。


「——ほれ、騒ぐな~お前ら」


 そこで夏休みを前に浮かれる生徒を宥めようと、担任の男性教師の声が響いた。

 担任としても早くホームルームを締めて、別の職務に当たりたいのだろう。


 ちなみに他のクラスは早々にホームルームを終えて、放課後を満喫している様子だ。

 廊下には他クラスの生徒の姿が多く見られる。


「いいか、ガキども~? 夏休みだからってハメ外し過ぎんなよ~」


 テンションの高い生徒達に、担任は半ばテンプレと化した注意喚起を行った。


 それにしても担任の声には覇気がない。

 これでは夏休みを前にテンションが振り切れている生徒が耳を貸すわけもなく……。


 と、そこで1人の生徒が担任に向かって元気よく手を上げた。


「ケンケンは夏休み何すんの? てか、教師に夏休みってあんの?」


 質問したのはクラスのムードメイカー、もとい悪ガキだった。

『悪ガキ』とは言うが、見た目がヤンチャというか、チャラいだけで素行不良はほとんど見られない。

 その見た目のせいで他校の生徒に絡まれ、何かと話題に上がる人物ではあるが……。


 ちなみに悪ガキの言う『ケンケン』とは担任のあだ名である。


(質問したらホームルームが長引くのに……)


 担任と悪ガキの間で行われたやり取りを聞きつつ、晋は心中でぼやいた。

 そして予想通り、教師は悪ガキに応対する。


「少しの休日はあるぞ~。あとケンケンって呼ぶな~。鉄拳で制裁するぞ~? 割とマジで」


 教師は悪ガキに、少々過激な発言を織り交ぜながら返した。


 過激な発言のみを切り取られれば、教育委員会が黙ってはいないだろう。

 しかし、この教師はのらりくらりと教師を続けている。

 それも生徒から慕われる人柄あってこそか。


 そして遅ればせながら、教師は悪ガキのもう1つの質問内容に答える。


「あと夏休みにやることだったか~? まあ、やることになるだろうな~」



 ――『VSブイエスモンスター100』通称ブイモン。


 発売から1年が経つ2035年現在、日本で最も遊ばれているVRMMOである。


 VRMMOとはVirtual仮想 Reality現実 Massively大規模 Multiplayer多人数 Online同時参加型オンラインの略だ。


 簡単に言えば、ゲーム世界に全感覚を没入フルダイブし、ゲーム世界を自らのアバターで体感できる最先端のゲームジャンルとなるだろうか。



「えー! 先生もブイモンやってるのー!?」

「ウチと一緒にパーティ組まない?」

「ずるーい! わたしもー!」


 教師の発言に色めき立つ女子たち。

 なぜ女子が色めき立っているかといえば、教師がイケメンだからだ。


 それも生半可なイケメンではない。

 イケメン俳優と並べても引けを取らないレベルの顔立ちの良さなのだ。


 体育祭や文化祭、授業の観覧など。

 学校を訪れる保護者——母親達のほとんどはイケメン教師に会うのを楽しみにしているらしい。


(担任と悪ガキに女子数名が合流か……)


 晋は前腕に頭を押し付けたまま溜め息をこぼす。

 ホームルームがまだまだ終わりそうもないことを直感したのである。


 教師含め、クラス仲がいいのは大いに結構だ。


 しかし、クラス仲が良すぎるためか、毎日のごとくホームルームがすんなり終わらない。

 それも夏休みを控え、テンションが上がっている生徒が騒いでいれば猶更だ。


(早く帰りたい。帰ってブイモンがやりたい……!)


 そして、かくいう晋も流行りのブイモンに熱中しているプレイヤーの一人だ。

 高校受験が終わったことを機に、幼馴染に誘われる形でブイモンを始めたのだ。



 ホームルームが終わるまでの時間。

 晋は時間を潰すため、机に突っ伏したままブイモンの魅力を思い浮かべるのだった。



 ――拡大を続けるVRゲーム市場。

 その巨大マーケットで、ブイモンは日本一の神ゲーとして君臨している。


 それではなぜブイモンが人気No.1を獲得しているのか?


 細かい理由まで挙げていてはキリがないので、3つの理由に絞って説明しよう。



 まず『ゲームクリアの条件が分かりやすい』ことが人気の要因だ。


 ブイモンは全100種のモンスターを倒したらゲームクリアとなる。


 ヘビーなゲーマーではないライト層もゲームの趣旨を理解しやすいのだ。

 気軽にプレイしやすいゲームと言える。


 もちろん、MMOお決まりの『ステータス』や『スキル』、『装備』といった要素で自由にビルドを構築していくことも可能だ。


 また必ずしもモンスターを倒す必要はなく、自分だけの家を持ったり、菜園や釣りをするなどスローライフを送ることもできる。


 敷居は低いが、できることは膨大にあるという満足感がブイモンの人気の要因だ。



 そして『五感の再現度の高さ』も人気の要因である。


 プレイヤーの中には、ブイモン世界に現実以上のリアリティを感じる人もいるという。

 例えば、喫煙者がブイモンにログインすると、爽風そうふうが肺を満たす感覚に心奪われるらしい。


 喫煙は味覚や嗅覚を鈍らせる。

 しかし、ブイモン世界で与えられるアバターは味覚も嗅覚も鈍っていない。


 そのため、喫煙者は肺を満たす新鮮な空気に感動するのだろう。


 また病や老衰で満足に体を動かせない人も、仮想世界でなら思い切り体を動かせる。

 これはブイモンに限った話ではないが……ともかく五感再現度はVRゲームの中でも群を抜いているということだ。



 そして『加速世界』という機能も人気の要因だ。


 これは世界中のVRMMOを探しても、未だブイモンにしかない機能である。


 加速世界によって、現実とゲーム内とで経過する時間に差異が生じるのだ。

 これは数字を使って説明した方が分かりやすい。


 例えば、ブイモンを3時間遊んだとしよう。

 しかし、現実にログアウトした時に1時間しか経っていないという現象が起こる。


 現実とブイモンの世界とでは3が生まれるのだ。

 

 結果、少ない時間で長くゲームを楽しめるようになっている。

 日常生活に時間的余裕のない人には嬉しい機能だろう。

 どのような技術が使われているのかは皆目見当もつかないが……。



 これらがブイモンの人気の理由として真っ先に挙げられるだろう。

 ブイモンの人気の理由というよりは、基本機能の説明に寄った感は否めないが……。

 しかし、基本機能を抜きにブイモンの細かな魅力は語れない。


 上記の機能を基盤に、ファンタジー世界を自由に冒険できることがブイモンの魅力ということで話を結ぼう。



 ――さて、晋がブイモンの魅力を思い浮かべている間も、教室では依然として騒々しいやり取りが行われていた。


「——なんか質問あるやついるか~? 俺のプレイヤーネームもIDも教えねぇから、質問はそれ以外な~」


 担任は生徒からのプレイヤーネームやIDの追及を躱し、場の収集に努めている。

 ただ、やはり声に覇気が足りず、夏休みという神イベントを前にした生徒の猛攻は止まらない。


「ケンケンのケチー!」

「「「ケチー!」」」


 担任に対するは、ここに来て団結を見せ始めた悪ガキと複数の女子生徒。

 および、それを楽しげに見守る周囲の生徒たち。


 これには『のらりくらり』を信条としていそうな担任も頭を抱えるしかない様子。


 そこで晋はブイモンについて考えることをやめて、密かに教師に同情した。


 教師の立場になった時、悪ガキと女子のタッグほど相手にしたくないものもないだろう。


 痺れを切らしたか、そこで担任が生徒たちへ言い放つ。


「それ以上騒ぐと生活指導のハg……先生呼んでくるぞ~」


 唐突に繰り出された教師の発言に、晋は思わず机から顔を上げた。

 教師の口から聞き捨てならない言葉が出るかと思ったからだ。


(今、ハゲって言おうとしなかったか……?)


 しかし、晋はすぐに自分の勘違いだと思うことにした。


 担任は気だるげで人生を惰性で生きているような人物だが、人を傷つけるような人物ではない。

 それが1学期を通じて得た、晋の見解だったからだ。


 と、その時「あ!」と担任が廊下に向けて手を上げた。

 まるで知り合いでも見つけたかのように。

 事実、担任の視線の先には1人の教師の姿がある。


ちょうどいい所に~。こいつら俺の言うこと全然聞かないんで生徒指導よろしくお願いします~」


「え……」


 瞬間、晋は絶句した。

 いや、クラス中が一瞬で静まり返った。


 担任が呼び止めたのは、廊下を歩いていた生徒指導の教師。


 晋が絶句した理由は、担任教師が生徒指導の教師を呼んだ際に使った名前にある。


「……ハゲ先生とは何かな……つるぎ先生?」


「…………」


 生徒指導の教師からの冷たい返答。

 担任はと言えば、無言のまま体をガチガチに硬直させていた。


 それを見た悪ガキは呵々大笑かかたいしょう

 他の生徒は笑いをこらえているのか俯いている。


(嘘だろ……)


 晋はと言えば、担任教師の発言に引いていた。


 晋は担任のことを人をけなすような発言はしない人だと思っていたのだ。


 余談だが生徒指導の教師に頭髪はないので、ハゲであることに間違いはない。

 間違いはないからこそ、余計に性質たちが悪いが……。


 そこで生徒指導の教師が教室を見渡して言う。


「剣先生、生徒の皆さんへの連絡や配布物は?」


「抜かりなく……」


「それでは剣先生と大笑している常盤ときわくんは生徒指導室へ。

 他の生徒は節度を守り、高校最初の夏休みを満喫してください」


 生徒指導の教師の介入で呆気なくホームルームは終わった。


 一方で夏休みに出遅れそうな人物も2名いる。


「うぇぇえ!? オレも!? 勘弁してくれよー! ハゲ先生!」


「剣先生も常盤くんも……学校でその呼び名は不適切でしょう……?」


 生徒指導の教師は担任と悪ガキの首根っこを掴みながら、そう諭す。


 対して、首根っこを掴まれながらも、悪戯げな笑みを浮かべる悪ガキはこう返す。


「じゃあ、って呼べばいい?」


 悪ガキの意味深な発言に生徒指導の教師は大きな溜息を吐いた。


「……君という子は……どうも大人をからかうのが好きなようだ」


 生徒指導の教師はたくましい腕で担任と悪ガキを連行していく。


 1学期最後のホームルームは騒々しかったが終了。


 晋はカーテンを揺らしながら舞い込んできた風を吸いこみ、1つ伸びをした。

 長かったホームルームの終わりを噛みしめつつ、これから始まる1カ月ほどの休暇に胸を躍らす。


 ――高校最初の夏休みが始まる。


 ◇


「もうっ! 校長の話長すぎっしょ! 式の途中からお尻痛くて大変だったし~」


 放課後。

 夏休みへと突入した晋は幼馴染と下校していた。


「だよね。俺も長話に飽きて途中から寝てた」


「嘘だ~。式が始まってすぐ寝始めたの見てたんだから。この不真面目さんめ~」


「……バレたかぁ。さすが楓はよく見てる」


「えへへ! それほどでも~」


 晋を『シン』と呼ぶのは、晋の幼馴染である倉木かえでだ。


 道行く人の視線を自然と惹き付ける可愛いさ全開の白ギャルである。


 胸のあたりまで伸ばした金髪。

 ぱっちりと大きな瞳は横合いから晋を見つめ、瞬きのたびに長いまつげが上下する。


 夏の日差しに容易く焦がされそうな白肌がブレザーの袖から伸び、スカートが風に揺れる。


 楓が美少女に見えるのは、彼女が不断の努力をしてきたからに他ならない。

 初対面ならば、楓のであることを見抜ける人はほぼいないだろう。


 

 余談だが、一昔前までは生物学的な性別で制服を分けるのが通例であった。


 しかし、ここ数年でかつての常識は瓦解。


 今では楓のように女性に憧れる人が人目を気にせず、好みの制服を着れるようになった。

 これは男性制服に憧れる人も同様だ。


 今時、性にコンプレックスを抱える人に奇異の視線を向ければ、その視線を向けた人こそ周囲に睨まれるだろう。



「シン~、今日は何倒す~?」


 隣を歩く晋を覗き込むように、楓がそう尋ねた。


 聞かれている内容を晋の方もすぐに理解する。


 晋と楓はこれから一緒にゲームをするのだ。

 日本一の神ゲーと名高いブイモンを。


 つまり楓は『ブイモン内で倒したいモンスターがいるか』と聞いてきたのである。


Gグレード2は制覇したし、G3モンスターに挑戦する?」


 Gグレードとは、モンスターや装備などの強さ・レア度を表す5段階の等級のことだ。

 G1が最も弱く、G5が最も強いといった具合である。


「賛成! G2以下のモンスターだと余裕で勝てちゃう時が多くなってきたしね~」


「そうだね。あまりにも簡単に倒せちゃうと張り合いないもんね」


「だね! じゃあ、シャワー浴びてからシンの部屋行っていい?」


「うん。このまま部屋に来てもらってもいいけど、そういう訳にもいかないんでしょ?」


「まあね~。ちゃんと汗流したいっていうか」


 楓は毎度、晋の部屋を尋ねる前に自宅でシャワーを浴び、メイク直しをする。


 2人の家は隣同士なので移動に時間はかからないものの、それなりに手間なはずだが。

 これもまたである。


 なお、楓が晋に抱く感情を、晋は微塵も感知していない。

 晋はいわゆる鈍感というやつなのだ。



 他愛のない会話をしていれば、10分ほどで自宅に着いた。


 晋は帰宅後、手洗いうがい、水分補給を済ませる。


 そして、楓の訪問を待っているとすぐに家のピンポンが鳴った。


「お邪魔しま~す」


「いらっしゃい」


 (うむ。私服姿の楓も可愛い)


 晋は心中で幼馴染の容姿を絶賛した。

『美人は三日で飽きる』などと言うが、楓は日に日に可愛くなるなぁ、と晋は思っている。


まどかちゃんは~? まだ帰って来てない感じ?」


「そうみたいだね。円も今日が終業式だけど、俺達の帰りの方が早かったみたい」


 『円』とは晋の2つ年下の妹だ。


「……よっし。2人っきり」


「ん? 何か言った?」


「な、何も言ってない!」


 ぼそりと呟いた楓の言葉は、晋には届かず。


 楓は『晋と2人っきり』という状況を喜んでいることを悟られまいと口を動かす。


「そ、それよりブイモンしよ~!」


 動揺している楓が晋めがけて顔を突きだす。

 対する晋は顔同士がぶつかるかと思ったのか驚いた様子だ。


「顔近くない?」


「はひゃあ! ごめん!」


「謝らなくていいんだけどさ」


 動揺している楓を他所に、晋は枕元に置いていた円環型のガジェットを手に取る。


「ほら、ブイモン始めよう」


「う、うん!」


 前もって敷いておいた来客用の布団に楓が寝ころび、晋はベッドに仰向けに寝る。


 目元を隠すようにガジェットを被れば、晋の眼前に様々なゲームタイトルが表示された。

 その中から既にダウンロード済みのタイトル――ブイモンを見つける。


「トイレとか水分補給とか準備いい?」


「オールOK!」


「それじゃあ、行こう」


 そうして2人同時に念じる。


(フルダイブ――VSモンスター100ブイモン)


 直後、2人はブイモンの世界へログインを果たしたのだった。

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