第8話 トラブルってのは重なるものだ

 □棍棒巨人の集落近辺


 トラブルにはトラブルが重なるものだ。


 ガルーダの襲来を受けたシンとメイクへ舞い込んだ新たなトラブル。


 そのトラブルを、シンはガルーダ以上に面倒だと感じた。


 夏休み終盤に課題が終わっておらず、嫌々ながらも着手せねばならない時の面倒くささに似ている。

 まあ、夏休みは始まったばかりなのだが……と呑気に構えていられる状況ではない。


「——だから、なんでウチらがトロールと戦うのを邪魔するわけ? 意味わかんないんだけど?」


 メイクが眉間に皺を刻みながら問う先には5人のプレイヤー。


 パーティを組んでいるのだろう彼らは、シン達に対し『このエリアから退け』と言ってきたのだ。


 一応、5人のプレイヤーの外見的特徴を挙げておこう。


 1人目は、パーティを率いているらしい大剣使いの緑オールバックの青年。

 2人目は、重厚な鎧に身を包んだ大盾使いの巨漢。

 3人目は、小柄で可愛らしい杖使いの青髪少年。

 4人目は、表情があんまり変わらないタイプの杖使いの金髪青年。

 5人目は、杖を片手にポーションを煽っている酔っ払いの青年だ。


 5人ともアバターは男性であるように思える。


 それにしても、5人目の酔っ払いはポーションに〖アルコル〗を混ぜて飲んでいるらしい。

〖アルコル〗とは疑似アルコールだ。


 ちなみに未成年が〖アルコル〗を飲むことは禁止されている。

 〖アルコル〗を飲むと酔った感覚を味わえるからだ。


 剣や斧、弓矢や魔法によって時には凄惨なPKが起こるブイモンだが、性的接触や未成年の飲酒体験などは禁止されている。

 ブイモンは戦闘を主軸に置いたゲームであり、性的な接触や未成年の飲酒を助長するものではないからだ。



 ともかく、シン達は5人パーティに絡まれている。


 いきなり『このエリアから退け』と言われたシン達は困り果てるしかない。


 そこでパーティのリーダーらしき緑オールバックの青年が溜め息交じりに口を開いた。


「こっちはをしててな。この辺にあるはずなんだよ」


 緑オールバックの言う探し物。

 それは自分達をこのエリアから退かさないと探せないものなのだろうかと、シン達は考えた。


 ゆえにメイクは当然の問いを口にする。


「探し物を探すだけなら、ウチらをわざわざ退かせる意味なくね? 納得できる説明しろよ」


 口調からも分かる通り、メイクは怒り心頭と言った様子だ。


 メイクは普段優しく、強敵を前にしても冷静だが、沸点は低い。

 今のように煽られてしまうと簡単に相手のペースに乗らされてしまう。


「まあまあ、メイクも落ち着いて」


 シンはとりあえずメイクを宥めて、緑オールバックに質問する。


「俺はあなた達と争いたくない」


 争ったところで勝ち目が薄そうだというのがシンの見解だ。

 そして、その推測は正しい。

 

 人数差もあるが、彼ら5人の装備はいずれもG3に類する。


 対して、シンとメイクの装備は未だG2だ。


 G3装備の購入には、相当額のゴールドが必要である。

 つまりG3装備を所持している時点で、5人パーティはシン達よりも強い可能性が高いわけで……。


「そこで1つ質問。棍棒巨人の集落は全周で1000キロ程ある訳だけど、俺達が他の場所でトロールを狩るのもダメなのかな?」


 1000キロと言っても、秒速1キロで移動する高AGIプレイヤーもいる。

 そうしたプレイヤーにとっては、お世辞にも広いとは言えないエリアなのだが。


 しかしシンの提案に対し、緑オールバックは下卑げびた笑みを向けるばかり。


「他の場所でトロールを狩ってもいいが、探し物の場所次第でまた鉢合わせることになる。

 そうなれば、話し合いに逆戻りだが?」


 その探し物とは一体何なのかと考えて、シンは一旦それを棚上げした。


 緑オールバックが言い方を濁している当たり、探し物の正体を聞いても教えてくれない可能性が高い。


「分かったよ。それじゃあ、俺たちはここをどれくらい離れればいい?

 探し物はどれくらいで見つかりそうなの?」


 シンが目指すのはあくまで平和的解決。


 このゲームにおけるデスぺナが1時間のログイン制限である以上、死にたくないのだ。

 デスぺナを受けることは、ゲームを楽しむ時間が減ってしまうのと同義なのだから。


 対する緑オールバックはまたも溜め息とともに告げる。


「探し物次第……としか言えないな。なにせ俺たちも探し物の位置が分からない」


 そう答えて緑オールバックはニヤつく。


 そこでシンは困り果てつつ、隣を見て慌てた。


 緑オールバックの今しがたの発言は分かりやすい挑発だ。

 シンはこうした挑発には乗らないがメイクは違う。


「おいクソ緑、ウチの言ったこと聞いてた? 納得できる説明しろっつったんだけど?」


 メイクは先ほどにも増してキレている。

 キレながらも可愛いとは何事かと思うのは流石に場違いか、とシンは頭を振った。


 シンが場の収拾策を考えている間にも、口論はヒートアップしていく。

 正しくは、メイクが相手の挑発に乗らされている。


「探し物について、これ以上の説明はできないな。MMOにおいて情報ってのは何よりの価値を持つ。

 だから話せないんだ、この場は退いてくれ。それとも実力行使で分からせてみるか?」


 目を細めてニヤける緑オールバック。


「まあ、できないよな? お姉さんの方は分からないけど、お兄さんの方は見るからにヘタレ――」


「【ファイア・コントロール】ッ!」


 緑オールバックが言い終える前に、ついに耐えきれなくなったメイクがスキルを発動した。

 高威力の火球が相手パーティに打ち出される。


 メイクは【ファイア・コントロール】にほとんど全てのMPを注ぎ込んだらしい。

 【クイック・リトリーブ】でインベントリから即座に〖特級MPポーション〗を引き出し、MPを回復している。


 ここで敵からの反撃があれば、シンとしてはメイクを守らねばならない。


 〖特級MPポーション〗は飲み終わるまで効果が発動されないという制約もある。

 そのため〖特級MPポーション〗を飲んでいる間、メイクは回避・迎撃行動を取りづらいのだ。


 シンが迎撃を考える間に、メイクが発した火球は豪快な音を立てて敵パーティに炸裂した。


 しかし、シンもメイクもこれで相手が倒されてくれるなどとは考えていない。

 

「いい火力してんじゃねえか。G2上がりにしちゃあよ!」


 予想通り、爆炎が晴れた先に立っていたのは、パーティを守ったのだろう大盾を持つ巨漢の姿。

 そして巨漢の横に並び出た緑オールバックがなおも挑発めいた発言をする。


「——先に手を出したのはそっちだからな」


 シンは『先にケンカを売って来たのはそっちだ』と返そうかと悩みつつ、口を閉ざす。


 喧嘩を売るのと、喧嘩を買って手を出すのとじゃ随分と違いがあるからだ。


 リアルは元より、このブイモンという世界では――


 ブイモン世界を統括するAIは各プレイヤーをその周辺環境まで含めて観察しているという。


 ――さて、今回の一件。


 探し物をしたい緑オールバック達の狙いは、シン達を挑発し、攻撃をさせてから正当防衛というていでPKすることなのだろう。


 その手順を踏めば、緑オールバック達はPKのペナルティであるオレンジ・プレイヤー殺人者にならない可能性が高い。


 正当防衛ゆえのPKならば、AIがPK行為に対し『悪意がなかった』もしくは『仕方なかった』と判断する可能性が高くなる。


 元より、ブイモンにおいてPK自体は禁じられていない。

 緑オールバック達はそのルールの隙をついただけだ。


「シン……」


 怒りのままに攻撃してしまったことを早くも後悔しているメイクは申し訳なさそうにシンを呼んだ。


 煽られて手を出してしまったとはいえ、メイクの頭脳は本物だ。

 メイク自身は挑発に乗せられたことを理解している。


 だからこそシンは問う。


「攻撃したこと後悔してる?」


「してない!」


「OK」


 最終的にメイクの攻撃の引き金となったのは、シンへの侮辱だった。


 シンもメイクを馬鹿にされれば、迷いなく敵を殺すために動き出しただろう。


 要するに、無視すべきではない煽りもあるということだ。


 無視すべきでない煽りを無視すれば、それは尊厳にかかわるというものだろう。


 もちろん、煽りに乗っかるとしてもTPOは弁えるべきだが。

 この世界はゲームゆえ、火球を一発見舞うくらいなら問題はない。


 ともかくやることがシンプル化した。


「作戦立てる時間ないから、俺は好きに動くよ」


「OK! 支援するよ~! 【バフ・アジリティ】!」


 メイクのMPも既に全回復している。


「——フッ」


 シンは軽く息を吐いて地を蹴った。

 

 小難しい策を立てながら動くのはシンに向かない。

 ゆえにシンの思考はシンプル――倒しやすそうなプレイヤーから狙い、殺すだけだ。


 その結果、一時期オレンジ・プレイヤーに堕ちたとしても、シンとしては痛くも痒くもない。

 オレンジ認定ならば時間経過で解消するのだから。


「油断するなよ、お前ら!」


 シンの接近に対し、緑オールバックがそう言い放つ。


 どうやら敵パーティも陣形を整えたらしい。

 支援系プレイヤー3人を守るように、緑オールバックと巨漢の前衛2人が立つ形だ。

 

 シンとしては、まず支援系から狙いたいところだ。

 回復系スキルを持ってるプレイヤーを最初に仕留められれば最良だろう。


「ッッ!」


 シンは足に力を込め地面を蹴り、無理やりに体を旋回させる。

 あっという間に緑オールバックと巨漢の隙間を縫い、敵パーティの懐に侵入。


「なんつーボディコントロールだ……!」


 緑オールバックが呟くも、シンは無視。


 シンは強化されたAGIにより伸長した体感時間——1秒にも満たない時間で剣を振るう。

 狙うは青髪の少年。


「はっや――」


 青髪少年はシンの攻撃に目を丸くしている。


 このシチュエーションで、このタイミング。

 シンの中で攻撃が完璧に決まる予感がした。


 初撃で殺すため狙うは首。


 青髪少年は避けれず――


「なッ……!」


 ――しかしシンの剣が青髪少年に届くことはなかった。


 青髪少年を守るように、緑オールバックがシンの前に立ち塞がったのだ。


 そしてシンの剣と緑オールバックの大剣が交錯する。


「確かに速いが、ギリギリ対応圏内……だッ!」


 緑オールバックは大剣でシンの剣を思いきり弾いた。

 瞬間、シンを襲ったのは抗いがたい力の奔流。


「ぐぅッ!」


 剣が弾かれると同時、シンの身体もまた後方に弾かれる。


 シンと緑オールバックの間には圧倒的なSTRの差があるのだ。

 でなければ剣を弾かれただけで、こんなにも容易く吹き飛ばされるはずがない。


 地面を転がる勢いは衰えぬまま、シンはそのまま木に激突した。


「……がはッ!」


 激突の衝撃がシンを襲う。


 体内が熱を帯びる。

 そこでシンは内臓が潰れたのだと直感した。


 口や腹のあたりから血が溢れる感覚もある。


 そこでシンは改めて思った。


 ――やっぱりか、と。


 想定はしていた。


 敵パーティは装備からして格上。


 メイクが【ファイア・コントロール】で攻撃してから、すぐに反撃が来なかったのも理由がある。

 緑オールバック達は全力で戦うために必要なを済ませていたのだ。


 今、緑オールバックの大剣に弾かれただけで、シンの身体は紙切れのように吹き飛ばされた。

 

 この圧倒的なSTRの差を生み出した理由は、敵パーティのスキルにある。


 緑オールバックは自身のSTRを強化する【エンハンス・ストレングス】を行使していた。

 このスキルにより緑オールバックのSTRは2倍に。


 加えて、パーティメンバーからSTR支援スキル【バフ・ストレングス】が施されていた。

【エンハンス・ストレングス】との掛け合わせで、緑オールバックのSTRは4倍となったのだ。


 緑オールバックのSTRが仮に2500だとするなら、STRは1万となる。

 このSTRはトロールの5倍にあたり、シンの約14倍に当たる。


 緑オールバックがシンよりも格上のプレイヤーで、G3装備の補正値込ならありえない数値じゃない。


 それに加え、緑オールバックにはSTR以外も支援系スキルが施されていると見て間違いない。


「シンっ!」


 メイクが名を呼んでくれるが、シンには返答ができない。

 肺が損傷し、満足に息ができないのだ。


 メイクはシンに駆け寄り、戦闘のことなど忘れているかのように泣いている。


 ブイモンのリアリティは凄まじい。

 メイクの泣いている顔を見て、さぞ自分の有り様はひどいのだろうとシンは思った。


 なお、シンもメイクも今までゲーム内で死ぬことは何度かあった。


 しかし、今回のようにアバター自身が損壊したことはほとんどなかった。

 HPを失って死ぬというケースがほとんどだったわけだ。


 メイクに抱えられて、シンが目線を何とか持ち上げれば、そこには緑オールバックが立っている。


「悪いな、お兄さん。探し物をするうえで他所のプレイヤーは消しときたいんだ。

 特に“期待のルーキー”はね」


 “期待のルーキー”という言葉に、シンが不思議そうな表情を浮かべる。

 シン自身、そのように呼ばれるのが初めてだったのだ。


 思えば、優男にもゲーム攻略速度が速いと言われたことをシンは思い出す。


 しかし、そのタイミングでシンがまともに思考できる限界が訪れる。


 (あぁ、ぼーっとしてきた。出血の影響……かな)


 口も動かせないまま、仮想的な死がゆっくりとシンに忍び寄る。


「シン……っ! 死な……ないでよぉ!」


 (大丈夫……これゲームだから。後、身体揺らし過ぎ……ガクガクする)


 最後、シンは暗転する視界の中でメイクの声と肌の温かさを感じた。


 (……ぁ……意識……落ち――)


 そうしてシンは号泣するメイクの腕の中で意識を失った。

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