第8話 ロシア人を雇った

「いやそういう意味じゃなく、それは君に気に入られように努力をしたさ」

「何を今さら、ともあれ縁あって一緒になったんだから力を合わせないとね」

「そうだな、みんな商売が上手く行ったら店だらけになってしまう。明日、俺はパン専門学校に挨拶がてら相談して見るよ」

「そうね、何もかっこつけている場合じゃないもの」

「ところで店は今日どうする? いくら客が少なくても来て下さる方に申し訳ないもの、いいわ、私一人でやるわ」

「悪いな、忙しくなったら電話してくれよ」

「そうなれば良いけど、行ってらっしゃい」


辰徳は専門学校に向かった。校長は笑って向かえ入れた。どうもこう言う状況に慣れている対応の仕方だ。案の定、辰徳と同じで開業したが壁に突き当たって相談に来る者も多いらしい。辰徳もその一人である。

「坂本さん、今日はどんなご相談で?」

「はぁ開業から二週間程度は順調でしたが、ここに来てパタㇼと客足が途絶えてしまって」

「分かります、それで今日、お店は休みですか」

「いいえ、例えお客さんが少なくても、来てくださるお客さんのために営業しております」

「おーそれは感心、お客様は神様と言いますからね。常に開けておくことが肝要です」

「そうですか、やはり妻は偉いな。赤字なら休もうかと思ったのですが」

「それは奥様が正しい。そうそう、うちの学校にロシア人がおりまして仕事を探しているらしいですが坂本さん使ってみませんか」


「えーそれは有難いですが、この有様で人を雇う余裕がありませんよ」

「それがね、彼の育ったロシアの実家はパン屋さんらしいです。で日本のパンを勉強しに来たのですが、学費もなく泊まる所もないらしく困っていて」

「そうですか、困った人が居るなら私の所に泊まる場所を提供しましょう。幸いロシア語は多少出来ますので」

「おーそれは有難い、そう言えば坂本さん商社にお勤めでしたね。ロシア語も使えるとは羨ましい。では早速ですが彼を紹介しましょう」

連れて来たのは年の頃は二十五才前後だろうか、彼は笑顔で握手を求めて来た。なかなかの好青年だ。見た目で判断する訳ではないが人柄は良さそうだ。

「初めまして、私マクシム・アンドレーです。宜しく」

「初めまして坂本辰徳です。なんだ日本語上手いね。私のロシア語必要なさそうだ」

校長は忙しいらしく殆ど相談出来なかったが(困った時の十か条)という冊子をくれて去って行った。おまけに置き土産ならぬロシア人が連れて来る羽目になった。店に返る前に理香子に電話した、そりゃあ驚いていた。それでも理香子は笑顔でアンドレーを迎え入れた。


つづく

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