12

この興奮は久しぶりだ。


 ジュリとリングで対時した時、緊張もあったがワクワク感とやってやるという気合でアドレナリンが頭から放出されているのがわかる。試合前にもかかわらず汗ばむほどに身体が暑くなる。


 いい。この感覚。いい。これが求めていたもの。これだ。


 よく見れば、相手は綺麗で整った顔立ちの人だった。この人がこれから私の手でどんなふうになるか。もう妄想が止まらない。早く、早くやりたい。ゴングが待ち遠しい。


 レフリーによるボディチェックとルールの最終確認がいつもよりも長く感じる。


 待ちに待ったゴングが鳴る。


 ジュリは素早いステップで前回と同じように私との距離を縮めていく。私もそれに合わせてステップでリズムを作りながら相手との距離をうまく測って動いていく。


 ジュリが一気に距離を詰めてパンチを繰り出していくる。


 それを私は後ろへ仰け反るように避けると、続けて相手の右脛と右大腿部の外側にローキックをする。相手は表情こそ変えなかったが、後ろへ後退し少しばかりステップが鈍る。


 それを見て、相手の距離を少しずつ詰めて今度は反対側の同じ場所にローキックをする。相手は避けられずそれを正面からもらって少し受けた瞬間真横へよろける。


 効いている。


 連続して同じ箇所へ交互にキックをする。蹴られたジュリの足が青く変色していく。蹴られる度に後ろへ後退し、顔を歪め始める。動きも攻撃もほとんどなくなっていた。


 今だ。


 後ろへ回り相手の首に腕を巻き付けると一気に締め上げた。


ウッ


 ジュリも抵抗するがしっかりロックして離さないようにする。


 コトさんに教えられたのは、腹部への攻撃以外の攻撃技だった。習う前までは、見様見真似というか、自分のフェチもあって腹部しか狙ってこなかった。それではこの相手に勝てないと教えられた。


 しかし、肘で胃の辺りを数発撃ち抜かれ、たまらず腕を離して相手から離れる。


 打たれたお腹を少し抑えながら、ここで攻撃を止めてはダメだと一気に攻めかかる。


 ウッ


 ジュリのへそあたりに突き上げるようにボディアッパーをする。


 相手は先程までの攻撃のダメージが蓄積されている様子で、ほぼノーガードで腹筋も使えず私のパンチを腹部へ受けたように見えた。腹部が拳に負けて細い縦に割れたお腹にめり込んでいく。


 ジュリは腹部を押さえ蹲って舌を出してえずく。


 苦しそう。そうだ。その顔を待っていた。


 私の興奮は最高潮で連続してパンチを繰り出そうとする。その時だった。腹部に衝撃と激痛が走る。相手の前蹴りが決まってつま先が私の胃袋辺りにめり込んでいた。


 ウッ!!キツ、、、


 思わず声を上げると私も相手と同じように蹲り腹部を押さえる。


 身体をすぐに起こさないといけないのはわかっているけど起こせない。辛い。パンチを打つ体制になっていたからこそ、腹部のガードがノーガードな上に呼吸も最悪なタイミグで合ってダメージが増大させていた。


 それからは、打ち合いだった。


 お互いに同じくらいの体型で同じくらいの技術、同じくらいのダメージ。ほぼ、打っては打たれる。しかも互いのノーガードで弱りきった腹部のみを撃ち合う攻防が10分以上続いた。


 もはやそうなれば、体力技術というよりは気力の戦いになっていた。どちらかがゲロを吐くまで、どちらかが倒れるまで、どちらかが失神するまでやり続ける。


 なんて楽しいのだろう。


 パンチを打った腹部の感触も、それを受けた相手の表情も、それなのにまだ相手は強烈なパンチとキックを打ってきてそれを受けた時のとてつもない痛み、苦しみも全てが美しい。素晴らしい。


 きっと私は試合をしながら不気味に少し笑っていただろう。それくらい、快感で頭の中が満ちていた。 


 ヴェエエエ


 ジュリが私がパンチを腹部から抜いた瞬間にカエルが潰されたような声を発して嘔吐した。床に大量の薄黄色の水たまりができる。


 ジュリはくの字に蹲ったまま動かなくなる。


 もう終わりなの? 


 私は相手の髪の毛をつかもうとする。すると、一気にジュリの体が動いて私の身体に密着したと思うと腹部めがけて膝蹴りを繰り出してきた。


 ウウウ


 口が胃液で膨らむ。口を手で抑える。


 キツイよ。この疲れ切った身体でお腹に膝蹴りはないよ。


 でもまだ戦えることに嬉しさが込み上げ、振り絞って私も相手を手で突き放すとコトさん直伝の回し蹴りが相手の腹部に直撃する。


 踵が相手のおへその辺りにめり込み細くて厚みもないはずのお腹に深々とめり込み、内臓を確実におかしくさせているあの感触が伝わる。


 オエエエエ


 相手はさらに嘔吐し、とうとうマットに倒れ込んで動かなくなった。


 終わった。


 それがわかった途端に、切れた何かの反動で私も大量に嘔吐してしまい、それに反応して観客がどっと沸き立つ。


 笑っている客もいた。確かに私は勝ったこと、こんな素晴らしい体験ができたことに感動を覚えていた。


 ただ、もうそれも終わってしまった。


 同時にそんな虚無感も押し寄せる。


 こんなものかとまた何かを探し追い求めようとしている自分がいることにも気づいた。


 胃が気持ち悪い。


 その考えが脳をよぎると、殴られた胃が凹んでは戻そうと脈打つのが余計に感じて、今度はその痛みと苦しみが辛いものに変化しているようで、一気に嫌気が差していた。





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