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 「いやあ、やり返されたって感じだね」


 出会って最初の一言はそれだった。


 コトさんらしいと言えばらしいし、変に気を使って慰められなくてむしろホッとした。


「そのまんま、いつもすずがやっていることだもんね。どうだった?」


「どうって、、、」


 悔しいという気持ちはなかった。完敗だった。油断したわけでもないし、調子が悪かったわけではない。弱いから負けた。


 あの試合から2週間後、体の調子ももとに戻りつつある時に、コトさんに一緒に飲まないかと誘われてここにいる。


「どうってことないよね。私も何度も経験したから」


「え? コトさんも選手だったんですか?」


「だった? どうして過去形なの?」


「え、いえ。その、、、、」


「試合はご無沙汰しているんだけど一応選手なのよ」


 コトさんが選手だった、いや現役の選手だったのは意外だった。


「あの人とまたリベンジしたい?」


「はい。それはもう」


 勝てる自信はなかった。ただ、わからないからこそそこに身を委ねたい。ワクワクする。またあの選手と戦えるのであればと考えると沸き立つ何かが抑えられない。それは、ヒカルの時とまた違うが、これはこれで私であるとしっかり言える。


「ふーん、そうなんだ」


「え?」


 それだけと言いたくなる。ヒカルのときのように組んでみるねとか言ってくれるのを何処か期待していた。


「ちなみに、あの人、ジュリって言うんだけど、戦ってみてわかっただろうけどホント強いよ」


「はい。そうでしょうね」


 コトさんは目の前にあったビールジョッキに半分くらい残っていたビールを一気に飲み干して、もう一杯ビールをお代わりしてどんどん食べなと微笑む。


「すずはさ、クラブの試合に出てどうしたいの?」


 言葉に詰まる。 


 どう答えていいか分からなかった。最初は可愛い女の子をこの手でお腹をボコボコにしてボロボロにしたい。そんな野蛮な事から始まって、今では自分もボロボロになるのを楽しむというか、苦戦して互いに朽ち果てていくのが好きというか、よくわからなくなっていた。


「って、前も聞いた気がするね。それはいいや。で、勝ちたい?」


「それは勿論」


 それは即答できた。勝てるかわからないけれどもそこに勝てる、ギリギリで勝てる自分を想像ができてしまっていた。


「そうか。まずさ、ハッキリ言うけど、すずはお腹激弱だよね」


 痛いところをズバリと突いてくる。その通りだから仕方ない。


「はい」


「そんなムクれた顔しないでよ。私だって強いほうじゃないし。てか、あのクラブの選手はほとんどお腹弱いし。でも、その中でもすずは飛び切り弱い方だね」


「そうですかね」


 飛び切りは余計だ。仮にもクラブの試合で何度か勝てているわけだし。私に負けた選手で私よりもお腹がフニフニな選手もいたはずだ。


「前回の試合、初めに食らった鳩尾のボデイストレートが効きすぎて一方的になったしね」


 でも、言い訳するわけではないがあのパンチは鳩尾と胃を適確に射抜いた重い一発だった。


「じゃあ、どうすれば私は勝てるんですか?」


 コトさんは少し唸って。


「やっぱり、打たれ強くなるしかないんじゃないかな」


「それは嫌です」


「は? 鍛えるのが嫌だってこと?」


 コトさんは飲みかけたビールを吹き出しそうになっていた。


「はい。私はこのお腹のまま戦ってどうにか勝ちたいです」


「え? それは努力したくないってこと?」


 そうじゃない。そうじゃなくて、このお腹で耐えながら勝つことに意味がある。そうでないと意味がない。その理屈は誰に言っても理解されないことだろう。


「なるほど。体型は維持したいってことね。そうか。うん、わかるけどね」


 コトさんが違うように解釈して苦笑いする。それに対して、私もとりあえずそうですねととりあえず頷く。


「しょうがないな。じゃあ、テクニックでどうにか勝てる方法を探すか。明日とか空いている? 一緒にトレーニングしようか」


「え? はい。是非。ありがとうございます」


 願ったりもないことだった。


「確か、格闘技は素人だったよね。だったら伸びしろがあるかもしれない」


 こんな変人でわけのわからない自分に力を貸してくれる。ヒカルと出会わせてくれたのも、ジュリと戦わせてくれたのもこの人だ。さらに、トレーニングまで一緒に付き合ってくれるという。


 コトさんは私の希望だ。せめて、この飲み会代くらいは奢らなくてはと思ったが、最後にはコトさんに私が奢られてしまった。この人は根がいい人だと心から出会いに感謝した。



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