7
平日の10時頃、大学の授業が一つ急遽休講となり一人で喫茶店に入り時間つぶしをしているときの事だった。
すず? と後ろから声をかけられた。
「あ、出澤?」
振り向くと少し太って容貌が変わってしまっていたが高校時代のクラスメイトの出澤が立っていた。
「久しぶりだな」
「う、うん」
人見知りする方ではないが、数年ぶりの再開にどう接して良いか戸惑う。そんな私をよそに、出澤はここに座っていい? と真正面に座ってコーヒーを注文した。
「何しているの今」
「今は喫茶店で暇つぶし」
「違うよ。そうじゃなくて、仕事とか。いや、大学生か?」
「そうだよね。ごめん。大学生している。今は授業が休講になったからここにいるんだ」
ふーん。と言って、出澤は運ばれてきたコーヒーを一口すする。彼は変わっていないなと思った。誰にでも気さくに話しかけられてそれは男女も時間も場所もお構いなし。それは良くも悪くも彼の魅力ではあった。
「そういう出澤も学生?」
「いや、俺はもう働いている。今日は偶然休みでさ」
働いているのか。高校三年の受験シーズンになってめっきり会わなくなったからその後どういう進路に進んだか知らずにいた。
「今楽しい?」
楽しい。
さり気なく投げられたその問いに答えられなかった。
「てか、彼氏いるの?」
続け様に訊いてくる。何故か苛立ちながらいないよと乱暴に返す。
「いないのか。もったいないな。お前ならすぐできるだろうに」
どうして、どうして瑠華も出澤も恋人がいないと言うとそんな切ない顔をするんだ。そんなに恋人というのはいないと不憫で可愛そうなのか。人生を損しているものなのか。
「そういう出澤はどうなのよ」
「どうって? 俺はもう結婚しているからさ」
「結婚?」
「ああ、来年子供も生まれる」
結婚、子供。早すぎるだろう。急に目の前の彼がさっきまでと違うように見えてくる。
「そうか。だから働いているのか」
「まあ、そうだな」
私には結婚も子供も魅力的で将来手に入れたいものではなかったので、それを手に入れてしまったことはハズレくじに当たったように悪いことでしか思えなかったが、彼はそんなことは思ってない素振りだった。
「何だ。もっと学生って恋とかたくさんして楽しそうなのかと思った」
「え?」
その偏見に満ちた価値観は何だ?
「だって、何の縛りもないんだろ? 遊べる時間も多いし」
「それは、そうかもね。でも、、、」
でも、私はいつだって何かを追い求めて掴んだと思ったらまたこれも違くていつも欲求不満で、それは掴んだと思った時は楽しいけど、それ以外殆どもどかしくて悶々としている。
「出澤はどうなの? 今」
彼は少し考え込んで
「大変だけど、まあまあじゃね?」
まあまあ? 彼らしいと言えば彼らしい。
「そういえばさ、俺ら、どうして付き合っていたんだっけ?」
付き合う? 私と出澤がいつ付き合っていたのか。
「え? 何その顔。すずは付き合っていない感じだったの?」
だって、あの頃、出澤が勝手に話しかけてきて一緒に登校したり帰ったりして、あとは一、二度買い物とか映画館に行ったっけ。そして受験シーズンになったら自然消滅。それだけで、私は特に付き合っているとか感じたことはなかった。
「そうか。そうだったんだ。俺はすずのこと好きだったけどなあ」
奥さんもいて子供も生まれるのによくそんなこと言えるなと呆れたが、一方、私も出澤のことが好きだったかといえばそうではなく、ただの男友達として付き合っていたくらいだった。
それなのに、本気で好きでいてくれる男と遊んだりするのも呆れるくらいな精神かもしれない。人のことは言えない。
「そっか、まあ、いいか」
まあ、いいか。
良くない。その言葉にまた苛立ちを覚えた。
「出澤は、色々あってもまあいいやなのだろうけど、私はそうじゃない」
呟くように、変なことを発したからか彼は何? と聞き返した。
「なんでもない。私、そろそろ行くわ」
「あ、ホント? すず、また会わない?」
席を立って去り際に誘われる。
「うん、また機会があったらね」
そんな機会は作るつもりはない。だからメアドも交換しなかった。
「あとさ、もうすずって下の名前で言うの止めて」
あ、うん。と空気を凍らすような言い方に、流石の彼もその言葉には動揺している様子だった。もとからハッキリ物を言うタイプだと言われてきたけど、クラブの試合を初めてからどことなく人との会話にも攻撃的というか棘を持つようになった気がする。
「じゃあね、す、、、」
すずと言いかけて止めた彼を他所に振り向かずに店を出た。外はいつの間にか小雨が降っていてうざったかった。
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