何度か戦っていくと、どこが女の子のいや、人間の腹部でトリガーポイントかがわかってくる。基本的にはおへその周り、右脇腹、胃、鳩尾、下腹部を狙っていく事になっていくわけだが、そこに呼吸やタイミングも絶妙に加わってくる。


 私は、狙う箇所よりもどちらかと言えば、タイミングを重視する方だった。相手が攻撃を仕掛けたタイミングで自分もパンチを繰り出す。そうすれば、大抵の相手は腹部に力が入らず、柔らかい状態でパンチがめり込んでいく。


 ウエエエエエエ


 今回の相手は、童顔で可愛い顔をしている割には攻撃的でどんどん攻めてくるタイプだった。だが、その攻撃はスピードと重さこそありそうだったが、大ぶりで雑な感じだった。私はそれを難なくギリギリで避けて、クロスカウンターで何発かボデイブローを相手に食らわせた。


 この子もスレンダーで腹筋も少し縦に筋が入っていたから嘸かし感触は硬さがあるのかなと思ったが、力の抜けたお腹は薄い毛布を殴っているように柔らかく薄っぺらい感じだった。


 そして相手が怯んでは攻撃を仕掛けてきてそれを交わしてボデイブローを打つを5回ほど繰り返すと、顔に似合わず、私の懐に倒れ込んで豪快に私の体に向けて嘔吐した。


「汚いな!!」


 もたれ掛かっている相手にもう一度ボデイブローを繰り出すと、勢いよく後ろに倒れ込んでそのまま大の字で動かなくなった。


「つまらない」


 そう吐き捨ててすぐにリングを降りてしまった。最近はいつもこうだ。デビュー戦で感じたような高揚感も興奮も感じられず、ただ、弱くて最後に吐瀉物を吐き散らす相手が面白くなくて汚くて苛立ちしか感じなかった。


「お疲れ」


 控室に入ると、コトさんが肩を叩く。


「どうも」と、それに軽く会釈して答える。


「何? 勝ったのにあまり嬉しそうじゃないね。はいこれ」


 封筒に入った札束を渡される。毎回勝つたびにそれが厚くなっているのがわかる。


「凄いよね。こんなに強い子久しぶり」


 軽く封筒の中身を見るとロッカーを開けてその封筒をバックに仕舞う。


「え? お金にも興味ないの?」


「いえ、そういうわけではないですけれども」


 本音はお金には興味がなかった。というより、このお金で釣り上げられてあんな野蛮な試合に出させて客はそれを観て喜ぶ。可愛い、綺麗な女の子が吐いて白目向いて倒れるのを見るのを喜ぶ。そんな演出の一部に利用されるために巻き上げられたお金には興味はない。


 別に、こちらも出たくて出ているし、欲望を満たすために出ているのだから、こちらこそ利用しているのかもしれない。ただ、試合を重ねる度にその欲望が薄らいでいて、そのお金をさらに見るのが嫌になっていた。


「ねえ、すずはどうしてこの試合に出ているの?」


「そうですね。少し戦うのが好きなのとやはりお金?」


 適当に答えたが、それしか言いようがなかった。違うとも言えないが合っているとも言えない。


「そう。なんか、うーん。ホントに?」


「え? どうしてですか?」


「まあいいや。こっちは出てくれるだけでいいし。今度さ、ちょっと面白い子とマッチングさせてあげるよ」


「面白い子?」


「そう。私の弟子でね。ちょっと変わっている子だけど」


「へえ。その子強いんですか?」


「うん」


「その子可愛いですか」


「うん。可愛いね」


「楽しみにしています」


 着替えを終えた私は控室を後にした。


 ここのクラブ、後何回通うんだろう。ただ、ここを辞めたところで他に私のそれを満たせてくれそうなところは見つかりそうもなくまた試合をするのだろうなと失望する。自分が何をやっているのかわからず、自分迷子になっている。


 せっかく見つけた場所なのに。


 コトさんの言っていた面白い相手。その子に期待するか。だが、期待すると期待はずれなだと嫌だから程々にするか。


 そんなことを一人で反芻させながら夜道を歩き家路と戻っていった。



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