「ホントに優しいんだよ。あ、こんな話嫌だ?」


 いつしか、最近付き合い始めたという彼氏の惚気話が30分以上続いていた。


「いいよ。幸せそうだし。続けて」


 彼女は嬉しそうにまた彼氏の自慢話を続けた。


 本心から、こういう話を聞くのは嫌ではなかった。というより、可愛い瑠華が幸せそうなのは嬉しかった。ただ、可愛いからこそその顔が腹パンチで歪ませている姿が見たい。


「彼氏はいた方でいいよ。すずには彼氏いるの?」


「いないよ」


 素っ気なく返答する私に瑠華は少し寂しそうな顔をする。


「いいの? いなくて」


 生まれてこの方、まともに付き合ったことがない。でも、それで何か彼氏が欲しいとか、恋人がいる相手が羨ましいとか思うことはなかった。必要ないし、それに魅力やあこがれを持つことはなかった。


「すずの顔ならモテそうなのに」


 それよりも私は、瑠華のお腹にしか興味がなかった。


「ねえ、彼氏と喧嘩することはあるの?」


「ああ、まあね」


「え? どんな感じ? 殴り合い?」


 私は少し身を乗り出す。


 口論になり、髪の毛を引っ張られて振り回される瑠華。そこに強烈な腹パンチと膝蹴りがお腹を襲う。彼女は嘆き喚きながらその暴力に耐える。


「殴り合い? 彼はそんなこと絶対にしないよ」


 そんな妄想は、現実にならず妄想のまま消え去った。予想通りとは思いながらも、心の中でため息が漏れる。


「だいたい私が怒って、彼がそれを宥めて怒りが収まるまで抱きしめてくれるの」


 ナヨナヨした男だ。ここは一発お腹を殴り飛ばしてやればいいのに。そんな友達に思うようなことではない心にもないことを頭の中でふと思い浮かぶ。


「あ、でもね。ふざけて彼の後ろから近づこうとしたら、急に彼が振り向いて肘打ちされたことがある」


 急に大きなものをぶっ込んでくる。


「それでそれで? どこを打たれたの?」


 私が興奮を抑えながら聞くと彼女はお腹を擦ってお腹だよ。とニコッと笑う。これを持っていた。これが私の望む展開だ。


「それでそれで?」


「それでって、その後私が痛すぎてギャン泣きしたから、彼がものすごい勢いで謝ってきたよ」


「え? それでお腹は? しばらく痛かった?」


「それはそうよ。お腹だもん。ジンジンね。でも、必死で謝る彼にまた惚れちゃった」


 何だ。もっと欲しかった。もっともっとそういうエピソードがほしい。


 それにしても、もし瑠華の彼氏ならばもっとふざけてとか、彼女が悪いことをした時にお腹を責めるのにと、歯がゆさと彼女の彼に対する嫉妬と言うべきかそれが容易にできる環境にあることに羨ましい感情を抱く。


「私ってさ、お腹弱いんだよね」


「え?」


「朝牛乳飲んだだけでもお腹を壊しちゃうし、外の衝撃なんか受けたらもうひとたまりもないというか」


 瑠華は天才だと思った。


 生まれ持った転生の柔らかいお腹と、それをさらに増幅させるようなセリフを自然と言える。そして私を更に興奮の絶頂へと誘う。


「どうしたの?」


「え?」


「怖い顔しているよ。お腹でも痛いの?」


お腹。そのワードをここで使ってくるか。


彼女は何かを持っている。確実に私のフェテイシストを沸き立たせる何かを持っている。


しかし、私はそれ以上は何をするわけでもなく、なんでもないよ。と誤魔化して普通の一般人を装った。そんな自分が切なく、不自由だと少し辛く苦しさを覚えた。



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