思い出

瑠華の第一印象は、可愛らしいけど気の弱い泣き虫な女の子だった。


 少し口のませた女の子に酷いことを言われたり、所謂悪ガキと言われる男の子にちょっかいを出されて、その度にワンワンと泣かされるような子で、気の強いところのある私にとってはあまり気の合わないタイプだった。


 それがある出来事をきっかけに、その関係が一変した。


 ある体育の授業後だった。授業が終わり、体育館から教室へ帰ろうとしていたときの事だった。前方を歩いている瑠華にクラスメイトの男子が一人小走りで近づいてきた。そして、彼女の肩に手を添えたかと思うと、腹部めがけて強烈なボディブローをした。


 3メートルほど離れた場所だったが殴られた瞬間に腹部が歪んで奥へ押し込まれていたのがよく見えた。


 殴られたあと、その場に瑠華は膝をついて蹲る。ほぼ同時にその場に1時間ほど前に食べた給食を吐き散らす。


 殴った男子は嘔吐した彼女に少し戸惑った様子だったが、何か罵声を浴びせて走り去って行った。


「大丈夫?」


 すぐさま彼女に近づく。彼女は苦しいのか痛いのか俯いたまま返事をせず涙を零して嗚咽していた。


 何か変な感情に襲われる。


 それを抑えて、それよりも先にどんな理由があれ女子を殴ってあんな姿にさせた男子を許せないと殴った男子を追いかけた。


 男子にはすぐに追いつき、さっきのあれは何? と問う。何やら言い分を並べていたがよく聞こえなかった。すぐさま手が出て、瑠華が殴られたと同じ場所を殴ってやった。彼は一度お腹を抑えて蹲ったがすぐさま怒りの表情とともに私に殴りかかってきた。


 人を殴ったことは後にも先にもあの時が最後だが、あの頃身長も高く、元から運動神経も良かった私は格闘技をしていなくても男子でも攻撃を交わしカウンター気味にもう一度同じ箇所へボデイブローをすることは容易にできてしまった。


 彼が蹲って動かなくなったのを確認すると、再び瑠華の元に掛けていく。


 彼女は同じ場所で動けず泣いていた。


「敵は打ったから」


 彼女の背中を擦るとオエとまた吐いてしまう。


 興奮。


 普通なら、正義感の強い私のことだから可哀想にとか思うのだろうが、いや、その気持がなかったわけではない。現に殴った男子にも仕返しをした。だがそれ以上にその彼女の今の姿、先程殴られた瞬間の映像が頭の中をグルグルと駆け巡り、高揚感とそれに付随する興味を引き立てていた。


 殴られた時にお腹にできた体操服の深いしわ。ウッという声とともに顔を歪ませた瑠華の顔。大事なお腹を抱えて蹲り、茶色の吐瀉物を床にばら撒いてしまう瑠華。その涙に濡れた顔。


 普通ではない。そんなことは幼い私にもわかっていた。だからこそ、自分の中で何とか処理しなければならない危険な感情だとも感じた。


 その後、何故か私だけが担任の教師に一方的にこっぴどく叱られ、親も呼び出され親にも叱られた。


 理不尽な思いをしたこともあり、このような光景を観ても二度と手を出さないし、あの感情はなかったものにしようと私の中で誓った。


 その後、瑠華は私に懐いて仲良くなったが、いつしかあの時のあの感情は忘れ去られてしまって普通の友達として付き合い、中学校まで親友として過ごした。

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