第16話 出向いた傍から

「――Tくんさんっ、今日も素敵ですねっ♡」


 翌日の午前10時前。新宿ダンジョンの裂け目前には異世界調査隊のメンバーが現地集合していた。ここで出発式を行い、そのまま調査へと出発するためだ。もちろん僕と早坂さんは遅れずに訪れている。

 のはいいとして……、


「お、おはようセラフィムさん……」

「はいおはようございますっ♡」


 僕を推してくれているゴスロリS級冒険者黒髪美少女ライバーJKのセラフィムさんも、当然だけれど調査隊のメンバーとしてこの場を訪れていて、早速僕に絡んできているという状況である。

 こうなるともちろん……、


「ちょっと……ウチのTくんにちょっかい掛けないでよ」


 と、早坂さんがムッとし始める。

 しかし――、


「ちょっかい掛けているのはそちらじゃないですか。何せあなたはTくんさんをパシリ扱いしているんですから」


 ……そう。セラフィムさんからすると、早坂さんは僕をパシリ扱いしている不届き者として映っているため、そんな早坂さんの声には耳を貸さず、


「ねえTくんさん、異世界探索の際は私と一緒に行動しましょうね♡」


 と、お誘いを掛けてくる始末。

 この板挟み、どうすればいいんだ……。

 そんな風に思い悩んでいると、


「――では皆さん静粛に。これより出発式を執り行いたいと思います」


 探索庁の伊万里さんがそう切り出して、出発式が始まることになった。

 とりあえず早坂さんとセラフィムさんが落ち着いてくれるものの、視線をかち合わせて無言のいがみ合いを続けているのが、僕の胃を痛くしてくれる……。


 そのあいだに出発式は粛々と進行されていき――


「――では最後に、調査隊の現場指揮官を務めていただく探索庁所属S級冒険者・藤岡ふじおか布路史ふろし隊長から皆さんにご挨拶です」

「どうも、隊長の藤岡です」


 やたらと良い声を響かせる、ガタイの良い剛毛太眉の壮年ナイスガイが現れて、僕らに眩しい笑顔を向けてきた。


「えー、まぁね、みんなこれから、未知の土地に行くんだけども、当然ながら何が起こるかは分からない。だからこそ、我々が優先すべき目標はエネルギー資源の発見ではなく、自らの命だということを忘れないで欲しいね。すべては命あっての物種なんだ。命がなくなったら元も子もない。そうだろう?」


 お、良いことを言う人だな。

 こういう人が上だと付いていこうって気になるよね。


「なので僕から言いたいことはひとつ――探索中は決して無理をしない、ということだ。もうダメだと思ったら引き返すことを許可するし、なんなら今の段階で、ここまで来たはいいけど恐怖心や不安がまさっているな、と自覚している者は船を降りてくれて構わない。というか降りなさい。そういう者は正直足手まといだ。別に責めないから、今すぐ立ち去るといい。それがお互いのためだと思う」


 藤岡隊長がそう言うと、隊員たちが少しざわっとした。そりゃそうだ。船降りろ宣言をリアルで聞くことになるとは思わないしな。ていうか、何名かの隊員が実際に出口の方へと立ち去り始めている。うわ、せっかく選ばれたのにマジかよ……帰れって言われて本当に帰る新入社員みたいだな。


「ふむ、10名ほど居なくなったか。たがね、彼らは決して臆病ではないんだ。むしろ勇気ある者たちだ。身の程をわきまえるのは大体の人間にとって難しい。なぜなら見栄やプライドが邪魔をするからね。にもかかわらず、彼らは見栄やプライドに邪魔をされず、自身にとって最良の行動を選択出来た。それは非常に合理的で素晴らしいことだと思わないかい?」


 確かに……言われてみればそうかもしれない。


「一方で、ここに残った諸君もまた素晴らしいことを忘れてはいけない。彼らとは別種の勇気を背負い、国のために行動しようとしているのはあっぱれのひと言だ。見たところ、若い者も混じっているね。そうそう、若い隊員たちの中で特に僕が良い評判を聞き及んで気になっているのは君だよ――Tくん」


 !?

 ぼ、僕っ?

 S級のセラフィムさんじゃなくて……?


「予言とも称される占いの力は、いっそ恐ろしいほどだと聞いている。よかったら前に出て来て、願掛けをしてくれないだろうか」

「が、願掛けですか?」

「そうとも。君の言霊の力で調査隊の安全が保証されるとしたら、それ以上に心強いことはないと思うんだ。どうだろう?」


 確かに効果はあるだろうし、やっておくに越したことはないか……。


「ほら田沼、せっかくだし行ってきなよ」

「う、うん……」


 早坂さんにも促され、僕は藤岡隊長の隣に向かった。近くで見る藤岡隊長は僕より頭ひとつデカかった。前に出たけど、不思議と緊張感はない。Tくんの白い仮面を被っていることで、心理的なガードを1枚張っているからだろうか。


「さあ、素晴らしい願掛けをお願いするよ」


 藤岡隊長にそう言われ、僕は仲間たちを見渡す。

 大体30人くらい。

 この人たちが安全に、そして良い成果を得られるように、


「――僕らは必ず、ドデカいエネルギー資源を見つけて帰ることになります。なので臆せず調査に向かいましょう」


 と告げたところ、この場に温かな拍手が響いてホッとする。

 無反応だったら悲しいからね。


「うむ、ではこれより調査隊は裂け目に突入する。ひょっとしたら向こうに出た瞬間、君の予言通りにドデカいエネルギー資源が見つかったりしてな」


 藤岡隊長がそんなことを言うけれど、さすがにいきなりの発見はないはずだ。

 だって入った瞬間そんなのが見つかるんだったら、以前ここを通って異世界に行った斥候の人たちがそういう情報を持ち帰ってこなかったのはなぜ? って話になるし。


 そんなこんなで、僕らは隊列をなして裂け目をくぐることになった。

 そして――


「――こ、これは……!」


 異世界に出た瞬間、藤岡隊長がオーバーなリアクションを取っていた。

 けれど目の前の事象を鑑みれば、それは決してオーバー、とは言えなかった。


 裂け目の向こうには、見たこともない草木の生えた森があった。

 そして僕らの目の前には、その森を穿つ数キロ単位の……クレーター。

 その中心部にはとてつもない大きさの――早坂さんを億万長者たらしめたエネルギー資源――刻暁石が鎮座していて、ぷしゅうぷしゅうと蒸気を発しながら周囲に蜃気楼を生み出している。

 な、なんだこれ……。

 

「ね、ねえ田沼……これってひょっとしてさ……」

 

 そんな中、隣に佇む早坂さんが恐る恐るといった表情で推論を披露してくれた。


「……今しがた、田沼が『ドデカいエネルギー資源を見つけて帰る』って言ったから、たった今空から降ってきた感じだったりするんじゃないの? これ……」


 ……マジか。


   ◇

 

隠しスキル:【予言】……現実に限らない範囲において、言ったことが現実になる

現状レベル:14

言霊実現度:中+5


【レベルの上昇が発生しました(経験値ブーストによる補正込み)】

レベル:111⇒115

攻撃力:286⇒296 A

防御力:288⇒297 A

敏捷性:273⇒285 A

  運:297⇒308 A

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