殿様になったので、なんやかんややってみた

堀江ヒロ

若殿さま始めました


 ーー戦国の世も今は昔、泰平の時代となりました。とある領地では財政立て直しのため、若き殿様が藩主を継ぐことになりました。




「殿、それでは失礼いたします」

 決裁した書類を持った家老が出ていき、俺はほっと息をついた。

「若様、お疲れ様っす」

 傍らに控えていた近習の若者が労りの声を掛けてきた。若者と言っても、俺より二つ年上だ。


 あ~、疲れた。だらしなく、足を投げ出し寝転がる。

 幼い頃から仕えている此奴は俺の態度を気にすることなく、筆と墨一式を片付ける。


 俺は先日、若干十六歳でこの領地の藩主となった。

 というのも、前藩主である父上が幕府からの借入金の多さに叱責を受け、一部返却を求められたためだ。返せと言われても、先代、先々代から積もった借金は当然返す当てはない。その負債額は今年の年貢収入の十年分に相当する。

 親類を始め、持っている全ての伝手を使った。そして地元はもとより、西方の商人まで借金を申し込みかき集めたが、足りない。

 死罪の上、領地取り潰しの話も上がったが、親交のあった名家の取り成しもあって、取り潰しは免れた。しかし、父上は隠居の上、俺に家督を譲ることとなった。

 その名家というのが、俺の筒井筒の許嫁の実家だ。藩主就任と同時に許嫁と祝言を上げ、その実家を後ろ盾を得て改革に着手することになった。

 しかし、困るのは家督を譲られた俺だ。家督を譲られたからといって、借金が減るわけでもないし、責任の所在が親から子へ変わっただけだ。

 嫁の実家から援助の名目で監視者が派遣されてきたが、今のところ具体的な打つ手なしだ。




「お殿様になったんだから、家臣に任せて『良きに計らえ』では済まないっすか?」

「それで済めば楽なんだがな・・・」

 如何せん、昔からの家臣は脳筋武士ばっかりだ。

 言われずとも、武芸の修練は積むくせに、学問の方はおざなりな奴が多い。戦もなくなって久しい、こんな時世では武芸より学問の方こそ鍛えて欲しい。

 なんで、こんな役に立たない奴に高い俸禄をやり続けなければならないのだろうか。


 年々の年貢から返していくとして、・・・何十年かかるのだろうか?

 他の藩ではどうしているのだろうか? 遠い北の藩で成功を伝え聞いてこない。

 倹約と新田開発や特産品、そして新しい産業を興すのが一般的な道だが、この土地に何が適しているのか、どうやれば良いのかまだ始めたばかりで手探り状態にもなっていない。

 とりあえずは家臣たちに倹約を旨とするよう、通達したが、どこまで浸透するか、不明だ。


「家臣は馬鹿ばっかりで、役立たずだしな」

「それは大変っすね」

 他人事のように近習は答える。此奴は自分のことを指しているとは思わないのだろうか?

 目の前の近習は未来の電子戦略遊戯で云えば、武力七十、知力三十だ。ちなみに、俺は逆に武力三十、知力七十の文官寄りだ。こんな平和な時代では刀の腕なんてなくても問題ない。



 しばらくして、近習が満面の笑みで登城してきた。

 開口一番、

「徳政令を出せば、一挙解決っすよ!」

 何を言ってるんだ!?

「阿呆か。徳政令のことなんて匂わせたら、商人が二度と金を貸してくれなくなるわ。それに勝手に発布して経済を混乱させたら、今度こそ上様に取り潰されるわ」

「じゃあ、藩札をバンバン発行すれば、すぐに大金持ちっすよ」

 何で此奴はこんなに自信満々なんだろう?

「・・・お前の着想は、凄いな」

「いや~、それほどでもないっすよ~。そんなに褒められると、照れるっす」

「・・・」

 皮肉にも気づかないようだ。この阿呆は知力三十より低いかもしれん。


「それより、気分転換に城下町を散策するのはどうっすか?」

 最近、煮詰まっているのを見かねた近習が気晴らしに誘う。

 それはちょっと心惹かれる。最近ずっと城内にいて阿呆家臣の同じ顔ばかり見ている。

「しかし、家老に見つかったら、大目玉だぞ?」

 昔ならともかく、当主になった今は気軽に城下に出られない。

「大丈夫っす。誰も知らない、拙者だけが知る抜け道があるっすよ」

「いややいや、お前だけが知っているって・・・ それはそれで不味いだろ?」

 まあ、うん。 実際の現地を視察するのは必要だよな。誰にともなく、言い訳をして付いて行く。

 変な噂も聞かないし、危険なことはないだろう。



「あれは何だ?」

 若い娘がガラの悪い男たちに囲まれている。しかし、その父親と思われる中年男は顔を歪ませながらも、止めようとはしない。

「身売りっすよ。今年は景気も悪かったし、どこかに売られていくっす」

 貧乏な家では子供を売って、生活費の足しにするらしい。男より、若くて可愛い娘が高く売れるそうだ。娘の売られる先は言わずもがなだ。


 嫌な知識が付いたが、役には立たないな。

「女でもか買いあさって遊郭でも始めるか?」

「それは、楽しそうっすね。その暁には拙者に一枚かませて欲しいっす!」

 冗談だ。武士がそんなことできるか。金に困っても、最低限の見栄というものがある。


 試に、女の値段を聞いてみる。人一人の人生を買うにしては安すぎないか?

「俺の褌の方が高いぞ?」

「マジっすか?」

「腐っても、殿様だからな。身に着けるものは高級品だ」

「取引先にボラれていないっすか?」

 ・・・その発想はなかった。が、否定できないのが悲しい。だが、債権者のひとりなので強くは出られない。今度、こっそり確認しておこう。

 


「手前ら、何ガンつけてんだぁ?」

 近習と遠巻きに見ていると、いちゃもんつけてきた。


「ふんっ、ここは拙者に任せるっす」

 近習は腰の刀を抜くと、あっさりとゴロツキを打ちのめす。

「安心するっす。峰打ちっすよ。拙者の刀の錆になりたくなかったら、さっさと失せるっす」

「おぼえてろ~」と男らは何の捻りもない捨て台詞を履いて、娘も置いて逃げ出す。

「・・・ありがとうごさいます。お侍さま」

 娘の父親はお礼を言ってくるが、顔色は晴れない。生活が苦しくて、娘を売ろうとしていたというのなら、その話がつぶれてしまった。今後の生活を考えれば、頭を抱えざるをえない。

「いやいや、お礼を言われるほどのことでもないっす」

 阿呆は気づかずに、善行を成したと思っている。


「はぁ~、仕方ない」

 図らずも、関わってしまったし、見過ごすのも目覚めが悪い。

「その娘は幾らだ? 城で使ってやろう。あの男たちが何か言ってきたら、此奴の名前でも出しておけ」

 仕方ないから、下働きにでも使ってやろう。

「ありがとうごさいます。お侍さま」

「あれ? 拙者の時よりも喜んでないっすか?」



 ちなみに、街中で刀を抜いたのが周りにバレると、切腹だからな。ヘタすると、一家もろとも死罪だぞ。

「マジっすか? 正当防衛っすよ?」

 それでも、法的にはアウトだ。


 気分がそがれたので酒茶屋に寄る。町人に混じっていつもの清酒ではなく、安いどぶろくにつまみをかっ喰らっう。ちょっと楽しくなりほろ酔いになったところで、帰ることにする。

 もう、気分的に今日の政務は無しだ。他の家臣にも見つからずに戻ることが出来た。


 日暮れになり、奥座敷に通う。すると、薙刀を手にした奥方が俺を迎える。

 稽古でもしていたのだろうか。趣味が薙刀を振り回すことだ。

 姫としてどうなの?とも思うが、噂の大奥の姫君たちの様に高価な着物を買いあさるより、よっぽど健康的だし、懐にも優しい。


 彼女は文武両道で、電子遊戯なら武力・知力共に八十の姫武将として活躍できる実力を持っている。当然、俺より上だ。


「あらあら、お酒も召して、本日はとても楽しかったご様子」

 嫁の言葉にうなずく。

「ああ、今日は久々に楽しめた」


「なるほど。・・・町娘をお手付きにするなんて、さぞ楽しかったでしょ」

 ・・・はぁ? 言葉は静かだが、この怒り方の方が怖い。酔いが一気にさめる。

「いやいや、誤解だって! 誤解だぞ!?」

 薙刀の刃先が頬を撫でる。

「祝言を上げて、まだひと月も経っていないのに、もう側女置くなんて・・・」

 何故か、昼間の町娘が平伏して控えている。

「何で、此処にいるの!?」

「お殿様に身受けして頂きましたので」

 町娘は首をかしげる。

「大丈夫です。覚悟は決めましたので、どんなご無体なご要望でも受け止める所存です」

 いやいや、そんな覚悟無用だからな!?

「如何するおつもりで・・・?」

 嫁の視線が怖い。

 近習が気に入ってたし、あいつに下げ渡すのは如何かな~。

「・・・それが、宜しいかと」

 その言葉にホッとする。薙刀も引っ込めてくれた。どうやら、命拾いしたようだ。


「けれども、閨でじっくりと今後の上下関係をはっきりさせないと、いけないようですわね」

 町娘を見て、「貴方はもう、お下がりなさい。後のことは侍女にお聞きなさい」

 そして、肉食系の笑みを浮かべる。

「早くややこを授けてもらいませんと」

 所詮、武力三十では八十の腕力に太刀打ち出来るはずもない。腕をがっちり固定されて、床に引っ張り込まれる。



「いや~、あんな可愛い娘と祝言を上げられるなんて、幸運っす」

 げっそりした俺とは裏腹に、大喜びの近習の態度が癪に障る。


 先日の抜刀の件で、切腹させたろか?

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