境界線のない掃除ロッカーに俺は全力で謝罪する
俺は、なんでもできるタイプだ。幼い頃から、勉強やスポーツ、音楽、と一通りすれば周りより、できてしまう。
コミュニケーション能力もあり、ずっとクラスや部活でも中心的な位置。両親や先生たちからの評価や信頼も高く、完璧超人なんて言われている。
だが、やっぱり俺も人間。悩むことや不安になることも多々ある。
だが、周りがそれを許さない。完璧超人を演じることを求められている。働きアリに一定の怠け者が必要なように、周りの人たちには、俺という完璧超人がいなきゃ、言い訳ができない、自尊心を保てない、物事を諦められない。
幼い頃から、そんな状況である為、本当の自分がどんなだったかも、忘れた。
そんなことを、演じ疲れた俺は、目の前の挨拶など以外で会話したことのない、クラスメートの社 琴に独白した。
「神城君、始めにいくつか質問があります。よろしいでしょうか?」
「うん。全然、質問していいよ!」
「はい。まずは、なぜその話を関わりが希薄な私にしたのか。
次に、聴いて欲しいだけなのか、私に何かしらの応えを聴きたいのか。
そして、最後になんで掃除ロッカーの中でこんな会話をしているのか、です。」
「OK、OK!1つずつ、答えていくね!まずは、なぜ、社さんだったのか。それは、社さんとほとんど会話したことがなく、社さん自身が俺に興味がないからだよ。
次に、俺的に聴いてもらえるだけでも、嬉しいけど、何かしらの応えがあると、より嬉しいな!
最後に、なぜ、掃除ロッカーの中なのかは、俺はめっちゃ目立つから、社さんと教室で話しているだけで、他の人が寄ってきちゃうから、廊下からは、見えないロッカーの中なんだよ!」
「確かに、私は、神城君に興味ないというか、簡単に言うと、神城君は陽キャで、私が陰キャだからですね。
次に、神城君の今の状況や立場は、ある程度は致し方ないかな、と思います。
クラスメートや先生にしても、やはり指標となる人、中心になる人は、求めてしまいます。
神城君は、なんでもできるから、皆、期待してしまうし、寄りかかってしまいます。
だけど、私の個人的な見解だと、神城君の今、私に話してくれたことを皆に伝えれば、皆、応えてくれると思います。
要するに、心に思うことは、他人には計り知れないってことです。心の内は、言わなきゃ伝わらないです。
神城君は、大抵のことは、察することができると思いますが皆は、なかなかできないです…。なので、皆にも伝えてみて下さい。家族や先生たちにも。
ちなみにロッカー内のこの状態は、納得できないです。」
「社さん、めちゃくちゃ、喋るじゃん!それに、喋る内容もすごく、わかりやすい!
確かに、心の内は、言わなきゃ伝わらないよな…だけど、皆の期待とかに応えられないようで、心苦しい。
ちなみにロッカー内のこの状態は、もう少し、がまんして欲しい!もっと、社さんと話したい!」
「別に私、無口なキャラじゃないですよ。ただ、話し相手があまりいないだけです。
心苦しいってことも伝えてください。他の人より、優れているからといって、神城君だけが苦しむ必要はないと思います。
あと、神城君自身が、無意識に優れている自分とそうじゃない人たちとで、境界線を自ら引いてしまっているのでは、ないですか?それは、失礼なことだと思います。」
「あ…確かに、その、上から目線だと思う。
だけど、皆を見下してるわけではないよ!」
「それは、そうだと思います。神城君の性格から、周りを見下してることは、ないでしょう。
優れている神城君が悩むように、言葉としてはあまり良くないですが、優れていない人も悩んでいるんですよね。」
「それは、わかっているよ!一人ひとり、悩んで、苦しんで、不安になって、それでも日々を暮らしているってことは。」
「ふふ、やっぱり神城君は、神城君ですね。
演じているって言ってましたが間違いなく、神城君は、周りが思うような人であり、物語の主人公ですよ。
だけど、物語に語り手や主人公の仲間や脇役や通行人がでてくるように、これからは、周りを巻き込んで、行けばいいと思います。
今は、主人公の神城君だけの物語です。それは、それで素敵な物語ですが、引いた境界線を取っ払って、もっと素敵で壮大な物語にしてください。
それに、どんな物語の主人公も悩んだり、葛藤はしていると思います。だから、神城君も人間臭い主人公になってくださいね。」
「…………ありがとう、社さん。また、悩んだり、不安になったりしたら、掃除ロッカーの中で、話してくれないかな?」
「あの…掃除ロッカーの中は、どうにかならないですか?」
「ならない!それに、ロッカーの中みたいに薄暗くないと、俺、どうにかなっちゃいそう!」
「え!?」
「違う違う!そのいやらしい話しに聞こえたかもしれないけど、違うからね!
そのさっき、社さんがふふ、って笑った顔が…ヤバかったからさ!」
「…醜い顔で、すみませんでした!」
「そういうことじゃないよ!ちょっと、社さん!」
掃除ロッカーの扉を開け、彼女は行ってしまった。俺は、掃除ロッカーから出て、頭を抱える。
教室内は、すっかりオレンジ色に染まっている。
彼女の笑った顔が、笑顔が、頭から離れない。
上から目線になってしまうが、周りの皆の笑顔は、俺という存在に、できる限り嫌われないようにする為の笑顔だ。営業スマイルみたいな、外側だけの笑顔みたいな感じだ。
もちろん、そこに打算的な部分はないとは言い切れないが、基本的には、集団生活をする中での防衛本能みたいなもの。周りの皆を全くもって、責めることはできない。
一方で、彼女の笑顔は、俺に向けられたものではなく、彼女の内側から溢れた笑顔だった。あの笑顔を、俺に向けて欲しい。
彼女の言った物語に、ヒロインという言葉なかった。
「神城、まだ残っていたのか。もう、帰りなさい。」
「あ、先生。すみません、もう帰ります。
えっと、あの…俺、悩んでいることがあります!」
俺の言葉に、先生が戸惑う。
やっぱり、困るよな、と思ったのと同時に、先生が2つの机をくっ付け、椅子を引いて座り、俺にも座るように促す。
「先生が解決できるかは、わからない。神城は、優秀だからな。だが、話しを聴こう。神城より、長生きしている経験を、教師としての役割を、果たそう。」
そう言って先生は、俺の悩みや不安を聴いてくれた。先生は、真っ先に謝ってくれた。
先生も、無意識に境界線を引いていたんだと思う。手のかからない生徒、手がかかる生徒、みたいに。
それから俺は、両親やクラスメートや友人たちにも悩んでいること、不安になっていることを伝えた。
両親からは、そういう相談をしてこない俺を心配していた、一方で信頼しきってしまっていた面もあったと謝られた。
クラスメートや友人たちから、やっと本物のクラスメートや友人になれたと喜んでくれた。どこか、俺には、壁があったと。壁とは、境界線であり、俺も周りの皆も、それぞれが境界線を引いていたんだと思う。あと、やっぱり謝ってくれた。
彼女に、あの日の誤解を解こうとするがなんだかんだで、避けられている。
そしてある日、やっとの思いでどうにか、彼女を捕まえて、掃除ロッカーの中へ。
「社さんのおかげで、やっと俺の物語は、幕を開けたって感じだよ!」
「お役に立てたのなら、良かったです。ちなみに、なんでまた、掃除ロッカーの中なんですか?」
「掃除ロッカーの中なら、境界線を引けないぐらい、社さんとの距離が近いからだよ!」
「でも、前に私の笑った顔がヤバかったって、言ってましたが?」
「えっと、あのときのヤバいは、醜いとか変とかじゃなくて、素敵で、可愛くて、綺麗でヤバいって意味だよ…!」
「ふ〜ん、苦しい言い訳にも聴こえなくもないですね。」
「社さん、本当に良い意味でだよ!なんで、そんな怪しむ顔なの!?」
「陽キャの、イケメンの、素敵や可愛いは、信じられないです!」
「心の内は、言わなきゃ伝わらないって言ったの社さんだよね!?」
「そうですが、あれはあれ、これは、これです。」
「言ってダメなら、行動に表さないといけないのか!?」
「え?それは、ちょっと困ります…。」
「社さんの笑顔に惚れたってこと、行動に表してもいいかな?」
「わ、わかりました。だけど、掃除ロッカーの中で、行動に表されるのはちょっと…。」
「なら…!」
俺は、彼女の手を握り、掃除ロッカーからでる。
「え!?なになに?神城君…と社ちゃん、なんで掃除ロッカーの中にいるの!?」
「うお!?びっくりした!神城に社さん!」
「あ…二人、今日、日直か…。」
「そうだよ!今、先生に日誌提出して、帰る所だよ。」
「そうそう、帰る所!」
日直の二人の視線が、二人の驚いた声で廊下に部活中の生徒が集まってきた人たちの視線が、握った手に。
彼女を握った手を解き、彼女の目の前に立つ。
「えっと俺、社さんの笑顔に一目惚れしました!めっちゃ好きです。俺の物語のヒロインになってください!」
俺は、いきなりの告白する。周りは、一瞬静寂に。次の瞬間、大歓声に。
公開告白なんて、このSNS時代にほとんどなく、周りのボルテージは最高潮に。
「私、神城君と話すようになったの本当に、つい最近です。
私は、神城君がどんな人か知ってますが、神城君は、私のことまだまだ知らないと思います…。
だけど、好きか、嫌いか、っていったら、好きだと思います。恋愛なのか、人としてなのか、わからないですが…。
それに、物語のヒロインにしては、私、物足りない気がします。だから神城君が、私をヒロインにしてください。」
彼女の丁寧な言葉に、周りの皆は、再び静寂になる。
彼女の笑顔に惚れたけど、それより前に、彼女の言葉に惚れていたんだと、認識する。
「うん!社さんのこと、ヒロインにする。俺の物語のページに刻めるようにしっかり支えるよ!」
「ありがとうございます。だけど、一方的に支えるのは、境界線をまた、引かれてる気がするので、私も、しっかり支えます。」
再びの大歓声。
彼女は、ヒロインに物足りないと言うがそんなことはない。彼女のクラスでの立ち位置や先生たち、周りの皆からの信頼はいつだって、彼女を彼女にしていた。
俺は、勢いで彼女をハグする。
「え!?それは、まだ早いです!」
彼女は、俺のハグから逃げる。その逃げ先は、
「ちょっと、社さん!?なんで、掃除ロッカーの中に逃げるの!?」
「恥ずかしいんです!神城君はバカです!」
大歓声がまたまたの静寂に。そして、大爆笑に。
俺は、このあと30分程、掃除ロッカーに全力で謝り続けるのだった!!!
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