暗号レシート

「いらっしゃいませー。」


私は、いつもの呪文を唱える。バーコードをスキャンしながら、私は、ここ数年をなぜか、思い返す。


大学4年生の冬、風邪を悪化させ、1ヶ月以上入院。

日常に復帰しようとしたが、身体ではなく、心に負ったダメージにより、動悸や息切れや不安に苛まれるなどし、内定していた会社を辞退。


大学は、どうにか卒業したが、私は、自分自身の価値があるのかを疑う。

家族は、そんな私をゆっくりでいいんだ、と見守ってくれたが、それが余計に私を蝕む。


大学卒業してから2年間は、実家に近い、このスーパーで、レジ打ちを基本にバイトをして、社会復帰(この言葉が正しいかはわからない)を目指している。


最初は、接客もレジ打ちも心の問題もあり、かなり厳しかった。

それでも、社員の方や店長やバイトのみんなが、優しくサポートしてくれたおかげで、今は、問題なく仕事をできるようになった。


去年からは、社員の方から、正社員として採用したい、と言われているが、あの大学4年生の冬を思い出すと、なかなか踏み出せない。


自慢ではないが、あの大学4年生の冬までは、順調な歩みだった。

挫折もなく、大きな失敗もなく、普通に普通の人生を歩んでいた。

だからこそ、あのたった一度の挫折のような、失敗のような出来事がトラウマに。


「あの…?」


レジ打ち中に人生を振り返り、ぼーっとしていると、常連の25歳前後のスーツ姿の男性に声をかけられた。


「あ、はい、すみません。以上でよろしいでしょうか?」


「はい。」


「いつもありがとうございます。また、お越し下さい。」


この人、こんな声をしてたんだ、と思いながら、お決まりのセリフを言いつつ、おつりとレシートを渡す。


このスーパーでバイトを始めた頃から、彼は、だいたい20時過ぎに来店し、食材などを買っていく。

セルフレジなど、他にもあるがだいたい、私のレジに並ぶ。会話は、業務上でのやり取りぐらい。


長身で、がっしりした体格で、黒髪短髪。

何かスポーツをしていた雰囲気があり、スーツが少し小さく見えるが、似合ってはいる。


そんなことを思いながら、ふと荷物を袋に詰めるスペースの台を見ると、今の彼が忘れたっぽい財布が。


私は、品出ししている同僚にレジをお願いして、財布を握り、スーパーの外へ。

約50メートル先の信号に、見慣れた常連の彼のシルエットを見つけた。


てか、歩くの速くない!?信号赤だから、追いつけるかな?


私は、数年ぶりに全力に近いダッシュする。

思ったより、走れてる。そんな、どうでもよいことを思っていると、信号が青に。まだ、30メートルぐらいあるじゃん!間に合わない!、と焦り、また数年ぶりに大きな声で叫ぶ。


「お客さま!!お財布、お財布忘れてますよー!」


彼は、信号を渡り始める寸前で、私の方を振り向き、驚く。そして、猛ダッシュで、こちらに来る。


え?怖い…めっちゃ速い!?けど、少し、足を庇っているような。


あっという間に、私の目の前に。


「店員さん、すみません。助かりました。ありがとうございます。」


彼は、丁寧にお礼を言ってくれた。


「いえいえ、間に合って良かったです。」


「よく、私がわかりましたね。お店から、かなり離れていたのに。」


「それはわかりますよ。2年間ほぼ毎日、常連のお客さんの貴方を見てますから!」


当たり前だと思い、自然とこぼれた笑顔で、そう答えると、彼は、なぜか固まっている。


「お客さま…?」


「あ、すみません。営業スマイルは、見たことはありましたが、その、営業外?スマイルは、初めて見たので…。」


めっちゃ、早口だ!と、思いながら、


「営業外スマイルって、なんですか!はあ、数年ぶりにダッシュして、叫んだので、疲れましたが、なんかすっきりしました。では、またのご来店をお待ちしてます!」


と、言い、スーパーへ踵を返す。


「本当にありがとうございました。また、伺います。」


彼の言葉や姿勢に、とても丁寧な人だなあ、と思う。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


あれから、彼とは、世間話を少しずつ、するようになった。


彼は、とにかくピュアな人で、口数は少ないものの、一言一言に、私は照れたりしてしまう。


「今、キャッシュレス時代なのに、現金払いなんですね!」


と、話しかけると、


「貴女に、おつりとレシートを頂くのが1日の終わりのご褒美みたいなので。」


「そ、そうなんですね。ただ、おつりとレシート渡しているだけですけどね!」


「最初から、おつりとレシート渡すのとても綺麗で、なんか良いな、と思ってます。」


と、いう感じを自然と言ってくる。


彼から、話しかけてくることもある。


「カゴに商品揃えるの上手ですね。しかも、袋に移しかえやすいようにしてくれます。お心遣い、感謝してます。」


「スキャンしてカゴに、商品入れてるだけなんですが…!褒め過ぎです。」


スーパーでレジ打ちしていれば、自然と身につくスキル…この人、細かいことまでよく気づくなあ、と思う。


財布を届け、会話をするようになり、1ヶ月が過ぎた。彼の素性?も世間話から、だいたいわかった。


年齢は、私より二個上。職業は、スポーツ心理士。特にケガした選手やケガから復帰した選手、イップスに苦しむ選手のケアが中心とのこと。


彼が、細かいことまでよく気づくことや短い言葉で考えを伝えられること、とても丁寧なことが、納得できる職業である。

彼自身は、大学をスポーツ推薦で入学したサッカー選手だったが、1年生の夏に大ケガをして(だから足を庇って走っていた)、選手を引退。

その時、スポーツ心理士の方が丁寧にサポートしてくれたことやチームメイトや監督、コーチが最後まで支えてくれ、その、恩返しをしたいと思い、在学中に選手コースから、スポーツ心理士コースに変更し、今に至るとのこと。


受け持つ選手に、彼が卒業した大学の人もたくさんいて、ちょっとだけでも、恩返しできてれば、と微笑んだのに、私がドキッとしたのは、内緒。


それからも、いろんなことを話す。たまに、休憩中に長々、話すようにもなる。


そして、とある真実?に辿り着く。


彼が、私のレジに並ぶようになったのは、職業柄だということ。

スーパーで、働き始めた頃の私の表情や雰囲気が、ケガした選手が復帰した後に、またケガをするのではないか、と思い詰める姿に似ていたらしい。

だが、私と彼は、店員と客でしかない。彼は、私が悪化し続けるなら、どうにかしようと思っていたのだ。


だけど、私は、働く環境に恵まれ、少しずつ、歩き進むことができていた。

彼は、そんな私に、


「少しずつ、確実に、一歩一歩、進んでいたので安心しました。だけど、ずっと、貴女のレジに並んでいたので、今さら、他のレジに、とは思えなくてですね。」


「あはは、そうだったんですね!確かに、最初の頃は、荒んでましたね。けど、貴方が言うように、ゆっくりですが前向きに、本来の私に、戻れてきていると思います!」


「今は、自信や落ち着きもあると思います。むしろ、私が、元気や癒しを頂くこともあります。」


「ありがとうございます!今は、かなり良くなりました。

それに貴方と話してて、このスーパーの正社員になろうと、決心しました!今の私なら、貴方が太鼓判を押してくれた私なら、できると思います!」


「貴女なら、大丈夫です。えっと、それで、あの、やっぱりいいです。」


「大丈夫ですか?何か、言いたいことがあれば、遠慮なく言ってくださいね!」


そんな会話をした後は、正社員の採用試験対策やらで、忙しくなり、なかなか彼とは、ゆっくり話すことができなかった。


そして、採用試験に無事合格し、正社員になることができた。家族や友人も、社員の方や店長やバイトのみんなもすごく喜んでくれた。


私のあの止まった大学4年生の冬から、やっと、針は、動き出した。

家族や友人、社員の方や店長やバイトのみんなが針を動かす為にたくさん支えてくれた。


だけど、最後に私の背中を押してくれたのは、彼だ。

いつも、レジに並んでくれる彼が思い浮かぶ、会いたいと強く思う。

あ、これは、恋だ。まあ、けっこう前から、恋に落ちていた気は、する。


社員の名札を下げ、私は、レジ打ちをする。


いつもの彼が、レジへ。


「いらっしゃいませー!」


いつもの呪文を唱える。なぜか、彼は、目を合わせてくれない。しかも、いつもと違う品の数々…

それも、この順番でスキャンしてくれ、といった感じのカゴ内の置き方…

私は、違和感を感じつつも、商品をスキャンして、カゴへ。


「きゅうり、

みかん、

がんもどき、

大根、

スポーツドリンク、

きつねうどん、

デザートプリン

スルメイカ。以上でよろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です。」


そして、彼におつりとレシートを渡すと、彼はやっと言葉を紡ぎだした。


「えっと、このレシートが僕の気持ちです…。」


と、なぜか店員の私にレシートを差し出す彼。


「え!?」


私は、よくわからず、レシートを彼から受けとる。


「その…、レシートを縦読みしてください。では。」


彼は、そう言い残すと足早に立ち去る。


「縦読み…?ああ、印字された商品名を縦に読めばいいのかな?えーっと、

き・み・が・大・ス・き・デ・ス…!!

えーっと、うんうん……今時…、そんな告白があるんかーい!!!」


私は、仕事中にも関わらず、大笑いをする。

店長やバイトのみんなが大丈夫か、と伺っている。

私は、みんなに両手で大きな丸をつくり、仕事へ意識を戻す。


その後、彼とは、正式にお付き合いをし、結婚までする。


生まれたばかりの赤ちゃんに、私は、語りかける。


「パパは、どうやってママに、告白したでしょうか?ヒントは、このレシートだよ!」


「ちょっと、ママ。やめてください。恥ずかしい。告白なんてしたことなかったからさ…あの時の僕は、どうかしてたよ…。」


「あはは、可笑しかったけど、とっても嬉しかったよ!心理士で、いろんな人たちの心を支え、心にも詳しいパパでも、パパ自身の恋心には無頓着だったのかもね!」


私は、あの大学4年生の冬が、今でも、憎いし恨んでる。

だけど、普通に普通の人生を歩んでいたら、スーパーの優しいみんなや素敵な彼に、この可愛い赤ちゃんに、出逢えなかった。


彼の想いが詰まった暗号レシートと彼を、交互に眺めながら、私は、大切な存在を抱きしめ、この子も、私や彼みたいに素晴らしい出逢いに巡り会えることを祈る。












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