曇りガラスの窓越しに星霜を越える

私の高校には、校舎から少し離れた位置に、古びた小屋がある。

昔は、資料保管室として使われていたようだが、今はただの荷物置き場になっている。

小屋は、出入口と曇りガラスの窓が1ヶ所という作り。私は、晴れていれば、昼食を曇りガラスの窓辺で食べる。


小屋の横には、大きな銀杏の木があり、暑い日でも、比較的涼しい。


ちなみに、私に友人は、ちゃんといる。多くはないが、人並みに交流している。


この小屋の窓辺で、食べるようになったのは、4月下旬、自宅に母親が作ってくれたお弁当を忘れ、校内のコンビニでパンを買い、教室に戻る途中の渡り廊下から、この小屋と立派な銀杏の木を見つけた日から。


友人たちには、雨の日と金曜日に一緒に食べてくれれば、全然いいよと言ってくれている。


この小屋の曇りガラスの窓辺で、昼食を取り始め、もう1ヶ月。今日も銀杏の木を見上げつつ、母親の作ってくれたおいしいお弁当を食べる。


もぐもぐし、飲み込んだ瞬間、急に曇りガラスの窓の内側から、物音と人の気配が。


私は、予期せぬ音に驚いて、けっこう大きな悲鳴をあげてしまう。


「わ!なになに!?人間?」


「うお!?え…外に人いんの?てか、人間ってなんだよ!」


小屋の中から、男子の声がする。その声は、私の耳にスッと入ってくる。懐かしい声、どこかで聴いた声、優しい声音の中に頼もしさがある声。


「すみません!めっちゃ、驚いてしまって…まさか室内に、しかも私が腰掛けてる窓のすぐ側に人がいると思わなくて…。」


「いやいや、俺の方こそ驚かせてごめんな。昨日、この小屋の鍵が手に入ってさ。試しに入ってみたんだよ。」


「そうなんですね。手に入ったって、どういうこと!?」


「ハハハ、めっちゃ元気な声だなあ。部活の顧問が社会科の先生で、資料保管室として、小屋を復活させたいらしくて、中の様子を見てきてって、頼まれれたのさ!」


「あ!そういうことか。中の様子は、どう?」


「ん〜、かなり埃っぽいけど、ちゃんと掃除すれば全然使えそうかな?棚やテーブル、椅子もあるし、部室とかにも、使えるっぽい。」


「へ〜、そうなんだ!この小屋、曇りガラスの窓だから、中、見えないから教えてくれてありがとう!」


「いえいえ!てか、この窓、窓自体か鍵、壊れてる…開かない。」


「無理やり、開けようとするとケガしちゃうから、やめなよー!」


「そうだね。顧問に窓のこと、言っとこ。明日から、部屋掃除するかな。」


「頑張ってね!雨の日と金曜日以外は、ここでお昼食べてるから、掃除の邪魔だったりしたら、遠慮なく言ってね!」


「りょーかい!まあ、そっちは、外だし大丈夫だよ!」


「ん!ありがとう!じゃあ、教室に戻るね。お話ししてくれてありがとう。」


「こちらこそ、またね?かな?」


「うん、またね!」


この日から、曇りガラスの窓越しに私と彼の奇妙な交流が始まる。



曇りガラスの窓の内側から、トントントンと三回のノックがした。


「わ!びっくりした…!こんにちは。」


「ごめんごめん、今度からはもう少し静かなノックするよ!」


「別に今日ぐらいでいいよ!合図ってことでしょ?」


「まあ、そんな感じ!ちなみに最初からタメ口ってことは、三年生ってことだよね?」


「私、一年生だよ。」


「え!?俺、三年生なんだけど!」


「あ~、だから聴いたことない、声だったんだ!」


「そこじゃない!まずは、一年のくせにタメ口だったことを謝罪と反省しなさい!」


「さーせん?」


「軽いな!まあ、今さら敬語で話されても、調子狂うから、タメ口でいいよ。俺、優しいな!」


「優しいって、自分で言うかなあ?ま、ありがとう!」


「敬う心もないな…!ま、優しいから許してやるよ!」


「お前、どこ中!?」


「うお、いきなりのヤンキー!?」


「アハハ、おもしろいね!」


「この馴れ馴れしい感じに既視感を覚えるのは、なんでだ!?」


「さあ、わからない!そろそろ、教室戻るね。ありがとう。」


「おう!俺は、もう少し片付けてからかな。ん〜…、埃っぽいけど、俺もここでお昼食べるか。そうしたら、楽だし!」


「楽なら、食べたら?また、お話ししようね。バイバイ。」


「うん、またな!」


こんな感じで、彼との交流は、進んでいく。会話は、自分の好きなことや学校のこと、勉強のこと、友人のおもしろかったこと、など様々な話題を。


お互いに、名前は聴かなかった。お昼の10分15分の交流ってこともある。それに、名前なんて知らないでも、満足していた。


そう思っていた。だけど、夏休みが近づくと、私の思いは、少し変わる。


小屋の掃除等は、夏休み前に終わる様子。夏休み空けてからは、この小屋の曇りガラスの窓越しの交流はなくなる。


「あと、二週間ぐらいで、夏休みだね。」


「そうだな。この小屋の掃除や整理、もう少しだ!はあ、大変だったけど、話しながらだったから、楽だし、楽しかったよ!」


「私も楽しい。顔も名前も知らないけど、ここでの時間が楽しみだったし、雨の日や金曜がなんか憂鬱だった。」


「お?なんだなんだ?急に湿っぽくなって!」


「今さらだけど、なんで名前聴かないの?」


「なんでだろうな…。最初から、知り合いのような、懐かしいような、気がしてさ!名前なんか、聴かなくても、しっくりしてる!」


「私も、似たような気がする…。だけど、これ以上踏み込むことがなんか怖い。前みたいに、大切だった人の顔や名前を忘れてしまいそうで…。

あのね、私が最初からタメ口だったのは、私、一年生だけど年齢的には三年生なんだ。」


「そうだったんだ…、えっと…その辺りの理由とか、聴いてもいい?聴かなきゃ、いけないような気がする。」


「別に隠してることでもないけど、友達は年齢が違うことしか知らない。理由は、知らない…。」


「そっか。俺は、理由聴かせて欲しいな。なんか…失くしたものが見つかりそうなんだ。」


「うん…。私、中学一年生の夏に、交通事故にあって、そこから、二年間昏睡状態だったんだ。去年の夏に目覚めたんだけど、事故前の記憶がすごい曖昧でね。

事故の時に、好きだった男の子と一緒で、その男の子は、昏睡状態になってからも、病院に毎日のように通って、たくさん私に、話しかけてくれてたみたい。

両親は、その男の子の未来を考えて、一年後にもうこなくていいと伝えた。その男の子も、その頃引っ越す予定だったみたいでね。

両親から、とっても感謝しているし、申し訳ないことをしたって、教えてくれた。

その話を聴いても、私は、その男の子の顔や名前が思い出せないんだ。薄情だよね。」


「そんなこと、ないよ!きっと、その男の子は、君の両親の思いもわかってたと思うよ!」


「ありがとう。この小屋の曇りガラスの窓辺で、一人で食べるのは、どこかで、人との繋がりが怖かったんだと、思う…。

それに曇りガラスの窓で、顔が見えなくて、名前も互いに知らないからこそ、楽しかった。

だけど、やっぱり…やっぱり…。」


「大丈夫だよ。星ちゃん…!」


「なんで、私の名前知ってるの?え…?」


「だってさ、さっきの話しにでてきた男の子。俺だよ。」


そう言った彼は、曇りガラスの窓を開けた。


私と彼の目が合い、私が過去に置いてきた記憶が一気に、曇りガラスの窓越しに星霜を越える。


「あ…!え…?そ、霜君…?霜君だよね?私、思い出した…本当に霜君?」


「そうだよ。霜だよ!こんなこと、あるんだな。

あの事故の日、星ちゃんに告白するつもりだったんだ…。

人生、初めての告白で、とにかく緊張してて、なかなか言えなくて…。落ち着く為に、自販機で飲み物買いにいってた時に、星ちゃんが車に…。

あの日に、あの事故の前に、戻りたいって何回も思ってさ!だけど、当たり前だけど…そんなことは、無理でさ…」


「ううん、大丈夫…大丈夫だよ!霜君。

昏睡状態だった、私の、唯一の記憶は、霜君の優しく頼もしい声だったんだよ?霜君の名前は、覚えてなかったけど、あの声に私は、救われた!

そして、また、この曇りガラスの窓越しに、初めて聴いた声に、私は救われた!人と繋がりたいって!それに、楽しい気持ちなった!嬉しかった!また、聴きたい話したいって、思ったよ。」


「そっかそっか…!俺もここで、曇りガラスの窓越しに聴いた声に一目惚れした。一目では、ないけど…。

俺は、過去も現在も未来も、星ちゃんのことが大好きだよ!」


「めっちゃ、嬉しい!私も、思い出せないこともあるけど、霜君のこと、過去も現在も未来も大好きだよ…ちょっと、恥ずかしいんだけど!」


「俺も…恥ずかしい。」


バン、


「え!?ちょっと!?窓、閉めないでよ!霜君のバカー!」


















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