第31話 神白カオリ

 退院した翌日。週明けの今日。


「なんか、いろんな人から注目されてた」


 放課後。薬用植物研究会の部室に向かいながら、僕はポツリと呟いた。今日一日中、色々な生徒がひそひそと話しながら僕に注目していた。


 そのひそひそ話の内容を聞く限り、先週のショッピングモールの件の事だった。


「僕たちが例の件に巻き込まれたのって秘匿されてるんだよね?」

「まぁな。だが、お前とローズが入院したし、あのクッキンキャットのニュースをみてピンと来たやつがいたんだろ。まぁ、所詮噂程度。ハッキリとした確証はないらしいが」


 ひそひそ話を聞く限り、どうにもその噂は悪いものではなさそである。


 信じられないよ、と言っている人もいるが、もしかしたらあり得るだろとか、そっちの方が面白いじゃんといった感じだ。


 僕とバーニーは雑談しながら、薬用植物研究会の部室に入った。


「あ」

「お」

「……きた」


 鼠人族の少女、カオリ先輩がいた。椅子に座り本を読んでいた。僕は慌ててカオリ先輩の前に移動して、頭を下げる。


「先週は黒瘴こくしょう狼から助けていただき、本当にありがとうございました!」

「……後輩を助ける。当然。間に合ってよかった」


 淡々とした表情と声音でカオリ先輩は頷いた。


「……それより君に会いたかった」

「え、僕に?」

「……ん」


 カオリ先輩は読んでいた本を閉じて机の上に置き、僕の右手を手に取りながら膝をついた。


「……敬愛と寿ことほぎを」

「え」


 右手の甲にキスされた。その柔らかな唇の感触に、僕の顔は自然と真っ赤になってしまう。


「なななな、何やってるのよ!!」

「ろ、ローズっ!?」


 いつの間にか、部室の入り口にローズとマチルダが立っていた。ローズが顔を真っ赤にしてずんずんと僕たちに近づき、僕の右手をカオリ先輩から引き離す。


「ホムラ君に何してるのよっ! というか、アナタ誰なの――」


 ローズはカオリ先輩の顔を睨んだ。そしてハッと気が付いたように息を飲む。


「神白カオリ、さん……?」

「……自己紹介はまだしてない?」

「て、テレビでお見かけして……あの、先日は黒瘴こくしょう狼から助けてきただきありがとうございます!」

「……ん。どういたしまして」


 慌てて頭を下げたローズは、「って、違うわよ!」と叫んだ。


「さっきホムラ君に何してたのよ! て、手にキスなんてっ!」

「……敬愛と寿ぎを示した」

「え、敬愛と寿ぎ?」


 ローズがきょとんと首を傾げる。


「……≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を覚醒させた。その覚悟に心からの敬愛を。そして生き延びた。その奇跡に溢れんばかりの寿ぎを」


 立ち上がったカオリ先輩は右手で左胸を二度叩き、僕に頭を垂れた。そして再度左胸を二度叩き頭を垂れた。


「それって、僕たちの……」

「……ん。旅行で訪れた時に教えてもらった」

「そうだったんですか」


 ローズが首を傾げる。


「ホムラ君。どういう事なのかしら?」

「ええっと、クイエム聖域では、≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を覚醒させて帰ってきた亡骸の手に口づけをする文化あるんだ。口づけする手は、刀を握った手だね」

「……それと聖霊騎士が黒瘴獣こくしょうじゅうの討伐に向かう時、その覚悟に家族や友人が左胸を二度叩き、帰ってきた時、その奇跡に再び左胸を二度叩く。今回は彼専用に口上を少し変えた」

「そう、なのね」


 ローズは表情を少し暗くしながら頷いた。バーニーとマチルダが眉をひそめる。


「あの、亡骸ってどういうことですの?」

「生きた人間じゃねぇのか?」


 そういえば、二人には≪刹那の栄光オーバー・クロック≫に関して、めっちゃ強い身体能力が手に入るくらいしか話してなかったっけ?


 僕はチラリとローズを見た後、≪刹那の栄光オーバー・クロック≫の呪いについて話した。


「そ、そんな、使えば死ぬって」

「使えば死ぬって……お前は大丈夫なのかっ? 体に異常とかっ」

「大丈夫、大丈夫。さっき言った通り全力は出せないし」

「けれど、右手を怪我したのも」

「まぁ、治ったし。大丈夫だよ」


 心配する二人を落ち着かせる。カオリ先輩が僕を見上げる。


「……その力、誰にも話してない?」

「ここにいる面々と教師の一部には話しましたよ。僕の目的は制御方法を習得する事なので」

「……多くの人に知られるのはまだ避けた方がいい」

「分かってます」


 ローズが「どういう事?」と、視線をよこしてきた。


「ほら、言った通り≪刹那の栄光オーバー・クロック≫って簡単に発動できちゃうでしょ? それってつまり、聖霊騎士に被害を出さずにCランクの以上の黒瘴獣こくしょうじゅうを倒したり、灰之宴スタンピード死之行進デスマーチを防いだりできちゃうんだよ」

「……鼠人族が使い捨てられるって事ね」

「かもしれないってだけだけどね。まぁ、だから、≪回癒≫の方の説明を少し変えて、≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を誤魔化してるんだ」


 ≪回癒≫が持つ生命活動の代替部分を、身体強化の強化として周りに説明している。


 ローズは同じクラスじゃないから、その事を知らなかったのだ。


 そして同じクラスのバーニーとマチルダは。


「身体強化系の異能を二つ持ってたわけじゃねぇのか」

「てっきりかけ合わせだと思ってましたわ。いえ、そうですわよね。覚醒能力ですもの。単体であれくらいの力があってもおかしくないですわよね」


 普通に勘違いして気が付いていなかったらしい。


「ところで、カオリ先輩はどうしてここに?」

「……今までサボってたから」

「サボってた?」


 僕が首を傾げた瞬間。


「新学期になって部室にようやく顔を出しましたか。その重役出勤ぶりに一ヵ月間の世話係を命じます」


 ヘーレン先生が入ってきて、カオリ先輩を睨んだ。カオリ先輩は無感情な目で言い返す。


「……生徒会の仕事があったし、そのあとは実家に帰ってた。事情は説明した。一ヵ月も世話係、嫌」

「試験期間には帰っていたでしょう。それから二週間、顔すら出さなかった理由を聞いているのですよ」

「……生徒会の仕事があった」

「ならエマさんに確認をとりますよ。そしてもしそれが嘘であれば彼女と相部屋にします」

「……ごめん。謝る。だからそれはやめて。身の危険を感じる」

「なら、一ヵ月世話してください」

「……む」


 カオリ先輩は僕たちの方を見やった。


「……植物の世話って面倒だと思う。朝早く起きなきゃいけないし。でも、ちょっと押し付けてごめん。でも、一ヵ月一人で世話したくない。面倒だから庇って」

「「「「えぇ」」」」

 

 僕たちは微妙な表情をした。


 そしてヘーレン先生は大きく溜息を吐き。


「アホ抜かしている先輩に関してアナタたちに説教して貰いたいですが、その前に理事長室まで来てください。面倒な事が起こりました」


 嫌々そうに顔をしかめながら、そう言ったのだった。



 Φ



「はい、まずお手紙」


 理事長室に行くと、理事長先生が僕やローズ、バーニー、カオリ先輩に手紙をいくつも渡してきた。


「あの、これは……」

「読みなさい」


 僕は受け取った手紙の内、一つを開封する。


 中には手紙が入っており、「助けてくれてありがとう!」と大きく拙い字で書かれていた。


 他の手紙も同様に拙い字で書かれたものや、親が代筆しましたと一筆添えられたものだった。


 内容は全て同じで、感謝の言葉だった。……あと、ヒーローみたいでカッコいいという内容もあった。黒コートを着た僕と思われる絵も添えられたりしていた。


 僕は恐る恐る理事長先生に尋ねる。


「……これ、先週の子供たちからですか?」

「そうよ。助けてくれた人たちね。どうしてもお礼を言いたいって送ってきたの。よかったわね」

「……はい」


 熱いものが込み上げてきて、少し顔が赤くなる。それがどうにも恥ずかしく思えて、理事長先生から顔を背けた。


 背けた先で、ローズやバーニーも顔を赤くしていた。カオリ先輩は読んだ手紙を封筒にしまい、理事長先生に尋ねていた。


「……エマたちのは?」

「彼女たちにはまだ」

「……なら後で渡しとく」

「お願いします」


 カオリ先輩は生徒会長さんたちの分の手紙を受け取っていた。


 そして手紙をもらっていないマチルダは生暖かな目で僕たちを見ていた。


「あ、そっか。マチルダは一人で」

「気にしないでくださいまし。わたくしはお礼のために動いたわけではありませんし、そこまでの事はしていませんわ。第一わたくしは誰かに感謝されるほどの人間でもありませんし」


 マチルダは僕への罪悪感を映した目を伏せた。


「僕はもう気にしてないよ?」

「それでもですわ」


 強い光を宿す目でそういわれると、何も言えなくなる。と、手紙を可愛らしい封筒にしまったバーニーがマチルダの方を見やった。


「だが、あの件での一番の功労者はお前だ。お前が霊具を破壊したから、聖霊騎士団が突入できた」

「……私たちも異能を使えるようになった」


 カオリ先輩が補足する。


「だから、自分が為した事を自分で貶めるな。誰も知らなくても、俺たちだけはお前を褒めるぞ。ほら」

「……やめてくださいまし」


 バーニーがマチルダの頭を撫で、マチルダが顔を赤くしてバーニーの手を払いのけた。


 僕たちがニヤニヤと笑う。マチルダがそれに気が付きふんっとそっぽを向く。バーニーは首を傾げた。


 バーニーって意外とこういうのに鈍感というか頓着しないよね。


 僕がそう思っていると、ローズが理事長先生に尋ねた。


「それで面倒な事とはどういった内容なのでしょうか?」

「ああ、それね。まずはこれを見てちょうだい」


 理事長先生が執務机においてあったパソコンの画面を僕たちに見せた。


「ッ、これ!」

「僕たちが映ってるっ!?」


 僕とローズが黒瘴こくしょう狼や黒瘴こくしょう獅子と戦っている映像が流れていた。

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