第30話 ニュース
「……入っていいわよ」
扉が開き、仏頂面でありながら耳を真っ赤にしたローズが顔を見せた。
先ほどの光景は見なかったことにしよう、と思い僕は病室に足を踏み入れる。とはいえ、気まずいのには変わりない。
僕は空気を変えるためにヴィクトリアさんに尋ねた。
「と、ところで、世間的には今回の件はどう扱われてるんですか?」
「それは……いや、私の口で説明するよりニュースを見た方が早いだろう」
ヴィクトリアさんはテレビのリモコンを手に取り、電源をつける。VIP病室なので、テレビが備え付けられているのだ。
「……大々的に報道されていますね。それにしては悲壮感が少ないと言いますか」
「確かに異能保持者による犯罪はそれなりにあるが、今回のように
確かに、専門家とかがテロリストの規模などに対して被害がきわめて少ないなどと言っていた。
と、映像が切り替わり。
『さて、史上稀に見るテロリスト事件から一夜開けた今日。その現場におり、実際にテロリストや
「生徒会長さんに副生徒会長っ?」
「それに、あの時のっ」
アルクス聖霊騎士高校の生徒会長と副生徒会長、それに僕たちを助けてくれた鼠人族の少女が映った。
三人もショッピングモール内にいたらしい。僕たち以外に戦っていたのはどうやら彼女たちのようだった。
『それにしても流石はあの
『いや~それほどでもないよ! むしろ、カオリの方が凄かったんだからね! 私よりもバッタバッタと敵をなぎ倒してて!』
『……やめろ』
生徒会長さんが鼠人族の少女、カオリさんに抱きついていた。
『あの、そちらの方は……?』
『む。君、カオリを知らないとか不勉強じゃない?』
『は? いえ、鼠人族の少女を知らないのは当り前――』
『は? 何言ってるの? カオリだよ? 去年アルクス聖域を襲った
『……恋人じゃない。嘘言うな』
『ああ、酷い! 将来を誓い合ったじゃん!』
『……友人としてだし。っというか暑苦しい。引っ付くな』
『あびゃっ』
生徒会長さんが氷漬けにされてしまった。けれど、すぐに氷を粉砕して飛び出てくる。
『しかし、すぐ復活! カオリのそういう冷たいとこも大好きだよ! まぁ、物理的に冷たいのは困るけど。アハハ!』
『……お前のそういうところ、大っ嫌い』
『ありがとうございます!』
『……チッ。変態が』
『カオリもエマも生放送やから! いつものノリは控えてや! あ、うちのアホどもがほんますんまへん! どうにか、落ち着かせるので!』
『い、いえ、破天荒とお伺いはしておりましたので……。それより、もう一人姿が見えないようなんですが』
『え、ジョンならここ……ッ! あのバカ弟! 異能使って逃げよったな! 今すぐ追いかけにいくさかい、待っとってください!』
『え、あ、ちょっと。どこ行くんですかっ!?』
かなり放送事故っぽいのが流れていた。CMになった。
「「……」」
「まったく」
僕とローズは唖然とし、ヴィクトリアさんは頭を抑えていた。我に返った僕はヴィクトリアさんに尋ねる。
「ヴィクトリアさん。あのカオリって人は……」
「む、知らないのか?」
「あ、はい。今初めて学校に僕以外の鼠人族がいたと知りました。ローズは知ってた?」
「いえ。ゾーイさんとは以前お話したことはあるのだけれども、話題にも上らなかったわ。同級生からも聞いたことがないし、上級生からも。まぁ、上級生とはあまり関りがないのもあるけれども」
「……まぁ、隣にとても目立つ奴がいるし、本人も目立ちたがりではないからな。生徒会のメンバーとはいえ、新入生で知っている者は少ないだろう」
ヴィクトリアさんが説明する。
「彼女は
「あ、はい」
ヴィクトリアさんが腕時計を見た。
「もうこんな時間か」
「お姉ちゃん、もう帰るの?」
「ああ。これでも忙しい身だからな。事件の片付けが山ほど残っている」
ヴィクトリアさんは僕とローズを見た。
「二人とも、安静にしているんだぞ。また様子を見に来るからな。あ、それと、面倒くさいのに絡まれるかもしれないから、くれぐれも外には出るなよ」
ヴィクトリアさんは病室を出ていった。
「……面倒くさいのって?」
「さぁ?」
僕とローズは顔を見合わせた。すると、つけっぱなしだったテレビにクッキンキャットの四人が現れた。
『さて、同じく現場にいたクッキンキャットの皆さまにもいらしゃっていただいてます。昨日の件でお疲れかと思いますが、よろしくお願いします』
『『『『よろしくニャ~!』』』』
クッキンキャットは可愛く相槌をいれながら、的確に言葉を選び昨日の状況を話していた。
『そうなんですニャ~。アルクス聖霊騎士高校の学生さんが守ってくださったんですニャ』
『というと、
『んにゃあ、違いますにゃあ。他の学生さんですにゃあ。震える子供たちを励まし守って、逃がしてくれた知勇兼備な学生さんたちですにゃあ』
『なるほど。やっぱりその方々は例の救急車で運ばれた学生だったのですか?』
『それはちょっと分からないにゃん。暗かったし私たちもいっぱいいっぱいにゃったんで、顔はちょっと覚えてないにゃんもんで。でも、皆カッコよかったにゃん』
『特にあの黒コートの少年は凄かったにゃね。Dランクの
『それをいうなら、あの体の大きな少年も凄かったにゃん。身を
『それをいうなら、あの女の子も――』
皆、口々に話す。それでも、僕たちやセラムたちを具体的に特定る情報だけは話さない。そういった質問があると上手く話を逸らすのだ。
それに感心し、また画面越しとはいえ褒めちぎられて照れていると、ローズがポツリと呟く。
「彼女たちは私たちよりよっぽど知勇兼備よ。親御さんだって怖くて動けなかったのに、彼女たちだけはすぐに子供たちを励ましてた。数十分も子供たちが耐えられたのは彼女たちのおかげよ。それに逃げるときも、少しパニックになっていた子供たちを一瞬で落ち着かせて固有能力で運び出したのよ。だから彼女たちになら任せられると思って、ホムラ君のところに戻ったのよ」
「へぇ。やっぱり、アイドルって凄いんだね」
兄ちゃんがアイドルは最強とかよく言ってたし、やっぱり凄い人たちなんだな。
「……けど、こう、褒められるとちょっとこそばゆいね」
「そうね。特にホムラ君はヒーローだものね」
「やめてよ。今思い出すと本当に恥ずかしいんだから」
セラムたちの気を引くためとはいえ、あんな中二病のような言動を多くの人に見られたのが恥ずかしい。顔が赤くなる。
「恥ずかしいって、カッコよかったわよ」
「……ホント?」
「ホントよ。強くてカッコよくて、とても勇気を貰ったわ。ホムラ君と一緒なら、絶対に負けないって思えたもの」
「そう……ローズもカッコよかったよ。
ローズがポツリと呟いた。
「ねぇ、私たち、結構凄いことしたと思わない? Dランクの
「……そうだね。あの
「ええ。場所が場所なら英雄って呼ばれてるわよ」
「……英雄」
「……ええ、英雄よ」
僕とローズは笑い合った。
「プハハハハ、英雄って似合わないっというか、恥ずかしいや!」
「そうね。照れくさいわね! まだまだ未熟な学生だものね!」
そしてひとしきり笑い合った僕たちは、あの時の戦いの興奮を思い出し、感極まったようにぐっと拳を合わせた。
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