第29話 翌日の病院

「はぁぁぁぁ」


 セラピア女医が僕とローズを見て、深い溜息を吐いた。天井を見上げ、こめかみを抑える。


「はぁぁぁ」


 もう一度溜息を吐く。そしてようやく僕とローズの方を見た。


「まず、そうね。うん、そうね……はぁ」

「……あの、何度も溜息を吐かれると流石に不快なんですけど」

「呆れてるのよ。だいたい、先月の私の言葉を無視した君が文句を言える立場とでも? あと、自分は関係ないと思ってるヴァレリアのお嬢さん。アナタもよ」

「え?」

「なにが、え? よ。あの時、言ったわよね? 霊管れいかん霊喞れいしょくが傷つくから、膨大な霊力を一気に消費しないでって。下手したら後遺症が残り、そうでなくとも神経系に少なからずのダメージが入るって」


 セラピア女医がギヌロと僕たちを見た。


「で? 君たち。その怪我はどういうつもりなのかしら?」

「……ごめんなさい」

「……申し訳ありません」


 体のいたるところに包帯を巻いた僕と車いすに座っているローズは目を伏せた。


 ショッピングモールを灰の明星とかいうテロリストに襲われた日。


 僕とローズはいつの間にか気を失っており、気がついたら病院のベッドに寝ていた。翌日だった。その前後の記憶が全くない。


「痛みで消えてるのよ!」


 ……そうらしい。無理をしたせいで、僕は肉体、特に右腕に大きなダメージを負い、またローズは霊管れいかんが多く存在している尻尾と両足の神経にダメージを負ってしまった。


「あの、僕はともかくとして、ローズの足は治らないんですか?」

「治るわよ。というか、君もお嬢さんもある程度治したわ。だから一週間くらいリハビリすれば退院できるわよ。あ、前回みたいに治癒術でそのリハビリすらすっとばしたら、分かってるわね?」

「「……はい」」


 何をされるかは分からないが、セラピア女医の目が本当に笑っていなかったため、僕とローズは粛々と頷いた。


「まだ言いたいことはあるけれども、この後もお説教は控えているだろうし、ここまでにしてあげるわ」

「……あの、お説教って?」

「そりゃあ、沢山の大人からのお説教よ。危険を犯した事を自覚しなさい。さぁ、こっちも忙しいからさっさと病室に戻って」


 診察室から追い出された。


「押そうか?」

「いいわよ。片手じゃ無理でしょ。腕は動くし、自分で移動するわ」


 ローズはハンドリムを回し、車いすを進める。


 朝八時くらいだけど、大学病院故か人はかなり多い。僕たちは邪魔にならないように、急いで入院棟へと移動した。


「あれ? ローズは向こうじゃ?」

「あんな広いところに一人でいてもつまらないのよ」

「それもそうだね」


 二人で僕の病室に戻る。


「待っていたぞ」

「お姉ちゃんっ?」


 病室には、ヴィクトリアさんと警察っぽい人たちがいた。


 

 Φ



「……私たちからの質問はこれまでだ。他に気が付いたことはあるか?」


 僕とローズは、ヴィクトリアさんと聖霊協会、警察の人に昨日の件で色々と質問をされた。


 僕は左手を挙げた。


「あの、アラムっていう丸耳ヒューマン族の女性は僕たちが運ばれた時も気絶してたんですよね」

「ああ」

「なら、テレポート系の特殊能力者がもう一人いるかもしれません。彼女が気絶していたのに、テレポート門が開いたので」

「……なるほど」

「それと、黒瘴獣こくしょうじゅうのことなんですけど、たぶん、生まれたばかりの頃に攫ってきて、飼育されたんじゃないかなと思います。戦っていて、飼いならされているというか、野生的な本能さがあまりなかったので。あくまで所感ですけど」

「実際に戦った君の証言は有用だ。他にはあるか?」

黒瘴獣こくしょうじゅうに関しては……。あ、けど、あのセラムって人は、人をかなり恨んでいるようでした」

「……そうか」


 ヴィクトリアさんと警察の人が難しい顔しながら、僕たちには聞こえないほど小声でやり取りをする。


 ヴィクトリアさんがローズを見た。


「ローズは何かあるか?」

「……そういえば、セラムが先月の霊航機の件の真相を知っているようでした。私のことを偽りの称賛を浴びていると言っていまして」

「……やはりか」

「やはり?」

「いや、こっちの事だ。それより他にはあるか?」

「……ない、と思います。先ほどの質問で全て答えたので」

「そうか」


 ヴィクトリアさんたちが小声で話し合い、ヴィクトリアさん以外の人たちが帰り支度を始めた。


「調査の協力感謝する。では、ヴィクトリア様。我々は一度ここで失礼します。お説教をどうかよろしくお願いいたします」

「うむ」


 聖霊協会の人と警察の人が病室から出ていった。


「さて、二人とも。痛いぞ」

「「え」」


 ヴィクトリアさんから拳骨を貰った。


「「ッ~~~」」


 宣言通り痛かった。威力はそこまでないのに、凄く痛みがあった。涙が溢れてくる。


「お姉ちゃん、どうしてっ?」

「どうしても何もない。確かにホムラ君やローズたちのおかげで事件は早期解決した。だが、それは差し引いてもとても危ない事をしたと自覚しなさい」


 ヴィクトリアさんは厳しい目を僕たちに向けた。


「DランクやCランクの黒瘴獣こくしょうじゅうと戦ったのはもちろん、一歩間違えば人質を危険に晒したのだぞ。君たちは人質を全員助けたわけではないだろう。他のエリアにも人質はいたのだ」


 ヴィクトリアさんが僕を見た。


「特にホムラ君。君は自由に動ける立場だったのだろう。なら、何故すぐに私たちに連絡をしなかった」

「あ」

「すぐに大人を、しかるべき人を頼りなさい。そうであれば、もっと安全に、穏便に事が運んだ。二人とも大きな怪我をせずに済んだ」

「「……ごめんなさい」」


 思い返せば雑な行動をした。緊張と焦りで冷静じゃなかったんだ。どうにか、ローズたちを助けようと思って視野が狭まってたんだと思う。


「ローズもホムラ君もその歳の子にしては強い。力も技術もある。けれど、経験が足りない。特に、こういった事件に対しての経験が」


 地元じゃ、黒瘴獣こくしょうじゅうばっかと戦ってたからなぁ。人が絡む事件に巻き込まれたのは、これが初めてだ。


「改めて言う。君たちは自分たちだけでなく多くの人を危険に晒したのだ。今回はたまたま上手くいっただけだ。そのことをしっかりと自覚し反省しなさい」

「「……はい」」


 厳しい声音に僕たちは目を伏せた。


「……そう落ち込むな。ここだけの話、君たちはよくやった方だと思う。私の時はもっと手ひどい失敗をしたからな」

「ヴィクトリアさんが?」

「ああ。本当に手ひどい失敗だ」


 ヴィクトリアさんは遠い目をした。チラリとローズを見やるが、ローズは首を横に振った。どうやら、その手ひどい失敗の内容は知らないらしい。


 あの英雄の失敗だ。とても気になったのだけれども、ヴィクトリアさんは咳ばらいをして話を元に戻した。


「私からの説教は以上だ。どうせ、もっと怖い人たちから説教があるのだ。これくらいでよかろう」

「もっと怖い人って……」

「聖霊協会や警察の偉い人に、君たちの担任だ。特にヘーレン先生は怖いぞ」


 ……確かに怖そう。というか、以前、屋上から飛び降りた時の説教もとても怖かったし。


「あと、ホムラ君。ご家族が心配していた。すぐに連絡しなさい」

「あ、はい」


 僕は病室を出て、スマホで家に電話を掛けた。義母さんが出た。


「……はい。ごめんなさい」


 僕が右腕を粉砕骨折した事はバレていたらしく、それはもう、めっちゃ怒られた。先月の霊航機の件の時よりも怒られた。


『私もトウマさんもみんな心配しました。もう、無茶も無理もしないでください』

「……頑張るよ」

『ホムラさん?』

「……心配かけないほど強くなるよ」

『はぁぁぁあ。全くうちの男どもはどうしてこう……まぁ、いいです。ともかく無事な姿で帰省してください。死んだら、地獄まで追いかけて殺しますからね?』

「はい」


 ≪刹那の栄光オーバー・クロック≫を知っているからこそ、その言葉は冗談でも何でもない。というか、義母さんなら地獄まで追いかけてきそうだし。


 僕は真剣に頷いたのだった。


「そういえば、兄ちゃんたちは?」

『ユウマさんたちは黒瘴こくしょう鬼が出たので、朝早くに討伐に向かいました』

「そう。よろしく伝えといて」

『いいえ。アナタが後でまた電話して直接いいなさい』

「……はい」


 それから一言二言話し、電話を切った。


 そして病室に戻ると。


「お姉ちゃん!」

「全く。いつになっても甘えん坊だな」


 ローズがヴィクトリアさんに甘えるように抱きつき、頭を撫でられていた。


 僕とローズの目が合う。


「……ごめん」


 僕は扉を閉めたのだった。

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